返り討ち
「ではどうするので?」
「うん?」
「こちらが貴族を探っているというのがバレたら街を出る前にヘルマンや私たちが襲われませんか?」
「大丈夫だって」
ヘルマンはSランク冒険者だが戦いはイマイチと言っていた。その点に関してはポーレットも「その通り」と言っていたから、確かに戦うという点では飛び抜けたものは無いのだろう。そして、情報収集という点でも、いくらこの街で暮らしていると言えど短期間に何十人もの貴族を調べて回るなんてのは出来ないだろう。つまり、ヘルマンは個人的な伝手で誰かを動かす。では誰を動かすか?
「ヘルマンが声をかけて動いてくれるような……何人か心当たりがありますが」
「名前を聞いてもピンとこないと思うからそこは聞くつもりは無いけど」
「でしょうね。でも、Aランク冒険者ばかりだと思います。それも、かなり武闘派の」
「あ、そういうことなんですね!」
エリスが先に気付いたようだ。
「うまく行けば襲撃者の仲間が捕まえられる。そしてうまく行かなくても、王都にいる間は簡単に手出ししづらい」
「そう。少なくともヘルマンというSランク冒険者を筆頭にした冒険者のつながりは結構な戦力。襲撃を手引きした貴族がどれほどの物かはわからないけれど、俺たち三人を相手するよりも面倒な相手と思うはず。そして、そのヘルマンと親しげにしている様子を何度も見せれば」
「そううまく行きますかねえ」
「じゃあ、ポーレットは王都で出発の準備をしている間に襲われるのは平気か?」
「そう言われると……うーん」
うまく行ったら儲けもの、と言う程度の保険だが、何もしなければ常時警戒が必要になってしまう可能性もある。あちらは交替で見張って隙を見て襲えばいいだろうが、こちらは三人。交替しながら警戒するにも限度がある。
「さて、とりあえず……必要になりそうなもの、買いに行くぞ」
「頼まれていた傷薬だ。特別製だぞ」
「ありがとうございます!」
宿の一階にある食堂で、周りによく聞こえそうな大きさで言葉を交わす。端から見れば、リョータたちがヘルマンに特別製の傷薬を頼み、届けてもらったように見えるだろうが、本命はもちろん箱の底に敷いてある紙だ。
「それからこれが毒消しだ。朝と晩に飲め。十日もすれば痺れも取れるだろう」
「さすがヘルマンさんです」
「まだ毒が抜けきっていないのにお貴族様の護衛とは大変だな」
「何というか、断りづらい感じなので」
リョータにまだ毒の影響が残っているという偽情報を流しておくのも忘れない。こんな下手くそな芝居で、通じるか心配だが、少しでも引っかかってくれれば上出来。うまく行かなくても特に被害はないのがポイントだ。
荷物を抱えて部屋に戻って中身を確認。ダミーで入れているとは言え、傷薬は間違いなくヘルマンのお手製で、ポーレット曰く「効果は間違い無し」らしい。と言っても、塗ったらすぐに治るとかそういうゲームのアイテムみたいな効果があるわけでは無い。
「そして本命の調査結果」
「一晩で全部調べ上げたとか、すごいですね」
多分、調べた中にジェ○ンニという人がいたのかもしれないが、そのネタがわかる者はここにいないから口には出さず、中身を確認。
「まさか、あのリストの半分以上がクロとは」
「ざっと三十名が何らかの関わりをしていると」
「あの」
「はい、エリス」
「だから尾行しているのが四十名ほどだったのでしょうか?」
「そんなにいたの?!」
「はい。何度も交替していて数え間違ってるかも知れませんけど」
「はあ……」
「すみません。あまり近づいてくる様子も無かったので何も言わなかったのですが」
「いや、今のは……そんなに大勢でこんな三人をつけ回すその労力に呆れてただけ」
四十名以上なら、うまいこと包囲してしまえば、抵抗を許さないままにどこかに連れて行くことも出来るだろうに。もっとも、リョータたちの場合、リョータの魔法とエリスの高速戦闘、ポーレットは……役に立たないが、まあ、そういうわけなので四十名が一斉に襲いかかってきても切り抜ける自信はあるのだが、そこまで読んでいて襲ってこなかったのだとしたらそれはそれで慧眼だ。
「そしてこれが、そいつらの元で動いていると思われる者一覧。ポーレット、名前に見覚えは?」
「全部は知りませんが……半分くらいは」
「どんな連中か一言で」
「えーと、冒険者として数年頑張ったけどDランクにすらなれずに不貞腐れて色々と悪事に。致命的なほどの罪は犯していないので、ギルドからの除名処分でどうにか済んでいる者ばかりですね」
「一言で終わっていない件」
「リョータは私に厳しすぎませんか?!」
「冗談。経緯まで説明ありがとう。そして、簡単に言えば色々やらかしたゴロツキだな」
「はい」
「全部返り討ちにして衛兵に突き出せばどうなる?」
「無駄でしょう。えっと、これです」
ポーレットが貴族リストの数カ所を指さす。
「この辺、衛兵の運営に関わっている貴族です。捕まえて引っ張っていっても、翌日には解放されるでしょう」
「そして、俺たちに恨みをつのらせる、と。面倒臭い連中だな」
だからこそ、社会を転がり落ちてゴロツキになるのだろうが。
「少しでもいいから数を減らすか」
「「どうやって?」」
方法はとても簡単だよ。
「じゃ、俺はこっちへ行くから」
「では私たちはこちらへ」
買い出しに三人揃って行く必要はない。そして、ポーレットが借金奴隷と言うことは結構知られていること。だからその主人たるリョータが買い物を命じるのは不自然でないし、その買い物に同性のエリスがついていくのも自然な流れ……に見えるだろうか?少しだけ不安ではあったが、杞憂だとすぐに気付く。
「わかりやすく尾行が付いてきたな」
相手も獣人の五感は警戒しているのか、エリスが一緒にいると結構距離を開けているようだが、こうしてリョータだけになると一気に距離を詰めてくる。そして、何だかんだで経験を積んでいるリョータは何となく気付くくらいの距離なのだが、それをあちらは気付いていないようだ。
「あまりこの街の道はわからないんだが……この辺でいいかな?」
店なんか一軒もない、住宅の裏口ばかりが並んでいるような細い道へ入り足を速めると、後ろの足音も合わせて速くなる。建物に反響して聞こえやすくなってるし、馬鹿なのかな。
「何となくの音から距離を推測。周囲に人がいないのを確認して……スタンガン」
「「「ぎゃっ!」」」
振り返ると、総勢六人の男が痙攣しながら倒れていた。どいつもこいつもむさ苦しい以外の印象がないので、実に汚い絵になっているが、我慢して近づいてさらに数発。白目をむいて気絶したのを確認したところに、エリスが到着。やや遅れてポーレットも。
「わかりやすく捕まりましたね」
「そっちの尾行は?」
「いましたけど、振り切りました」
「そうか。とりあえずこいつら、縛り上げよう」
本来なら衛兵に突き出したいのだが、衛兵の元締めがお仲間という時点で意味がない。
「そしてこの辺に転がしておく、と」
住宅街を流れる水路に架かる橋の下へ転がせば簡単には見つからないだろう。願わくば、これに懲りてしばらく追い回すのをやめてもらえるといいんだが。
「結構場所食うから、足ぐらいは水につけておくか」
「水、かなり冷たいですけど、目を覚ましませんね」




