依頼の詳細を聞いてみた
食事のあとは焼き菓子と紅茶でゆるりと時間を過ごす。
「エリス」
「はい?」
こう言うとき、小声でも会話の成立するエリスはありがたい。
「あの子たち、エリスのことめっちゃ見てる。気に入られたのかもね」
「はい……その……ちょっと恥ずかしいです」
子供たちのキラキラした目と表情は、冒険者という荒っぽい社会でスレた身にはまぶしいな……視線はエリスの尻尾の動きを追っているが……まさかのモフリストか?今はいいけど、真っ当な大人に育ってほしいものだ。
そんな風に落ち着いたところで「ではそろそろ本題に」と執事が場の空気を引き締めた。そして「巻き込んでしまった立場ですが」と前置きして、襲撃の件についての状況を教えてくれた。
襲撃してきたのは、腕は確かだが何かと素行が悪く、犯罪すれすれの行為を繰り返した結果、冒険者ギルドから追い出されたはぐれ者で構成された集団。放っておけば一年もしないうちに立派な盗賊団になっていたであろう連中で、騎士団が動いてあらかた捕らえたが、リーダー格の数名が現在も逃亡中。無駄に規模が大きく、タテヨコの繋がりが曖昧な連中だけに素性がよくわからない者が多くて追い切れないらしい。
そしてそんな状況だから、誰の指示なのかも不明。
状況的に第二王子派もしくは第二王子本人かその周囲だろうが、証拠はゼロ。何も無いのに屋敷に踏み込んで調査というわけにはいかないので、これ以上できる事がない。
だが、今回の騒動で第二王子が王位継承権一位になったのは確かなので、これで収まる……とも言えない。
「え?何で収まらないの?」
「亡き奥様の出自に起因いたします」
亡くなった第一王子夫人は隣国ブレナクの第三王女。イーリッジの第一王子との結婚は、誰がどう見ても政略結婚で、二国間の友好関係を示すものだ。だが、それがこんな形になってしまったとなると、ブレナクがどう動くかが実にわかりづらい。
現時点で何かを言ってきているわけではないが、「黒幕は誰だ」「こちらに引き渡せ」なんてことを言ってきてもおかしくはない。
そしてもちろん、「子供たちをそんな危険なところには置いておけない」となる可能性もある。
「また、今回の件は国王もひどく心を痛めておりまして」
「そりゃそうでしょうね」
「それがまた新たな火種を生みかねないのです」
「はい?」
王位継承順位は法で決まっているが、その一方で「国王が在任中に次期国王を指名できる」ともある。国王は現在五十を過ぎた程度。あと十年は現役でいられるだろう。となると、デリックを指名する可能性がある。
「そりゃ大変ですね」
勝手にしてください。俺たちは帰りますよ、と言外に匂わせてみたが……ダメっぽい。
「そこで、冒険者ギルドを通じての正式な依頼を。二人をブレナクまで連れて行っていただきたいのです」
「お二人をブレナクまで?」
「はい」
出来るだけ感情を表に出さないようにしようとしていたリョータだが、さすがにこれは隠し通せなかった。
「無理……じゃないですか?」
襲撃の黒幕が不明な上に、襲撃者たちのトップが捕まっていないという事は、不用意に街の外に出たらまた襲われるかも知れないという事。そして、それだけでも厄介だが、それ以上に厄介なのが、馬車で進むにもひと月はかかるという荒野。リョータたち三人は旅慣れているし、十分な用意もするし、何なら工房で寝泊まりしたっていいというヌルゲーにもなる。
だが、幼い二人は水の確保も満足に出来ないような荒野を行けるほどに旅慣れているわけでも無いだろうし、リョータたちの工房の事を教えたくない。
「無理を承知でお願いしたいのです」
「うーん」
「既にブレナクには連絡を入れてあります」
「え」
「すぐにでも出発するようにとの返事もいただいております」
色々ダメじゃないか?既に外交問題に発展してる気がするんだけど。
「えっと……平民の素人考えで申し訳ないのですが、その件、王様には?」
「既に話を通してあります。今回の件、大変心を痛めており、幼い二人の事も心配しておられまして。「この国に残り続ける事で辛い事を思い出すくらいなら、いっそのこと」と」
とりあえずイーリッジ側は一番上の了承を取り付けたと。だけどブレナク側にしてみれば、友好とか信頼とかそう言う関係を深める意味もあった結婚が、権力争いと言う名の襲撃暗殺だ。
この二人には全く罪は無いが、連れて行ったあとにどうなるやら。
だが……ま、いいか。このあと、イーリッジとブレナクがどんな関係になったとしても、リョータたちには大して関係は無い。せいぜいそのまま進んでいって向こうの国に出るまでの間、ちょっと面倒かも、と言う程度で済むだろう。
と、気持ちを切り替えたとしても、やはりこの二人を連れて行くのは結構厳しい。平民の子なら、このくらいの歳でも一通り、自分の身の回りの事は出来るだろうが、王族の子となるとどうか。下手すりゃ着替えすら自分でした事が無いんじゃないかな?
さすがにイヤだぞ。毎度毎度着替えさせるなんて。
「懸念されている事は、荒野を越えるひと月がかりの旅をこの二人が、ということでしょう」
「ええ。正直、とても難しいと思います」
「その点はご安心を。我々も同行します」
「はい?」
この二人が国を出るという事はドゥーリフ家はこの国から消滅する事になる。そうなると、この家屋敷を残しておく必要も無いし、使用人だって要らなくなる。だが、この二人をいきなり新天地に連れて行くのは正直無理だと思う。
それは彼らも同じ考えだった。
そして、彼らの出した結論は、移動のための馬車に必要な物資の用意から、世話をするための人員まで含めてブレナクへ向かう、というもの。
「と言う事は、俺たち三人は純粋に護衛」
「左様でございます」
荒野に魔物が出る事は無い。だが、野生動物が生息しているし、盗賊団もいるらしく、数ヶ月に一度運行している定期馬車も護衛をつけていて、時折仕留める熊や猪が夕食に並ぶという。
「もちろん、皆様の食事の用意も致します」
「はあ……と言う事は結構いい条件という事になりますね」
チラとウォルトンを見ると頷いている。示された報酬額は定期馬車の護衛の比では無いどころか、商人が護衛を雇う時の額とも桁が違う。
そして、断るという選択肢は……ん、待てよ?
「あの、俺たちって指名依頼を受けられるんですか?」
一応ギルドマスターであるウォルトンに伺いを立ててみるが、
「確かにその通り。だからこれは通常の依頼として受理している」
「と言う事は?」
「条件さえ満たせば、この依頼を誰が受けてもいいんだ」
途端に緊張が走る。
そりゃそうだ。あちらにしてみれば、リョータたちに直接依頼したいところなのに、ギルドが「それは出来ない」と口を挟んできた上、この場にギルドマスターのウォルトンが同席していると言う状況ではゴリ押しも出来ない。指名依頼が出来ないのではと言うことにリョータが気付き、彼らの希望するリョータたち以外が依頼を受ける事も出来る可能性を本人に示唆されているのだから、その心中は穏やかではないだろう。
「だがなー、この条件が難しくてなー」
「え?」
「人数は上限三人まで。出来るだけ子供たちと年の近い、若いメンバー中心」
何を言い出した……
「十名程度の襲撃なら簡単に撃退できるほどの実力があって、荒野を越えるのを厭わない者限定かあ」
そんな条件があった……というか、かなり無理のある内容に聞こえる。




