また面倒くさそうな依頼
「面倒臭い状況だな」
「そうですね」
さっさとお礼とか言うのを聞くなり受け取るなりしてこの国を去りたい。
そんな話をしていたら、宿の人が来客を告げてきたので階下へ下りると、貴族家の使用人ですという格好の男性が待っていた。
「こちらを」
「あ、どうも」
しっかりと封をされた手紙には、今回の件でお礼をしたいので、という内容が書かれていた。
「明後日の昼に……わかりました」
「それでは当日、お迎えに上がりますのでよろしくお願いします」
「という事で明後日の昼に、第一王子の邸宅に招かれる事になった」
「昼という事は昼食を摂りながらという事でしょうか」
「多分な」
「おいしいご飯だといいですね」
「そうだな」
「お二人とも、もう少し緊張というものをですね」
「無理だな」
「です」
どちらかというと、こういう会話をしていないと心の平静が保てない感じだ。
「一応念のためだが……ここを出る準備、そして荒野を渡るための準備、始めておこう」
食料を始めとする各種物資を買い込み、工房へ運び込んでおけば、最悪いきなりこの国を出るという事になってもどうにかなる。
という事で、ポーレットの経験とリョータたちの今までの経験を合わせて何をどれだけ用意するかという相談を始めるのだった。
「それではこちらへどうぞ」
迎えの馬車を降り、同席する――というか、させた――ギルドマスターのウォルトンと共に屋敷の中へ。同席させた理由?変な難癖つけられた時にどうにかしてもらうつもりと言うだけ。
その狙いを隠す事無く同席を頼みつつ、「断ったらどうなるかわかってますよね?」という視線を送り、こうして無理矢理連れてきた、いや、ウォルトンから「同席したい」と言ってきた……いや、言わせた。
時折、「ハア」とため息をついていたり、顔色がやや優れなかったりしているが、緊張しているんだろうな。仮にも王族の屋敷に招待されるなんて、貴族だって緊張するだろうから、ギルドマスターというそれなりの地位にいる人物だって緊張する。ギルドマスターだって人の子だし。
「お前らはよく平気だな」
通された部屋で待つ間、ウォルトンがそうつぶやいたが、平気じゃないと答えておく。
「いざとなったら実力行使してでも逃げるつもりなので、逃走経路の確認に忙しいですよ」
「いや、逃げるなよ。つか、実力行使前提かよ」
「そりゃそうですよ。まだ死にたくないですから」
リョータたちのこれまでの実績で言えば、彼らが本気で逃げようと思えばすぐにでも国外へ逃げ、足取りを追うのも面倒になって追う気が無くなるのにひと月もかからないだろうというのは想像に難くない。
「出来れば穏便に頼みたいところだ。俺にも立場というのがあってな」
「相手の出方次第ですね」
迎えに来た執事っぽい方の態度的には、敵意とかそう言うのはあまり感じられなかったので、ここから逃げ出すという事態はそうそう起こらないと思うけど。
ウォルトンが少しだけ痛くなった胃の辺りをさすりだした頃、リョータたちを呼び出した本人たちがやって来た。
「お初にお目にかかります。ドゥーリフ家長男、デリックです。こちらは妹のヴェルナです」
「初めまして」
第一王子夫妻が亡くなったから当然と言えば当然だが、まだ幼い子供たちから丁寧な挨拶をもらい、こちらも自己紹介を兼ねた挨拶を返す。
その後はこの家の執事であるトマスが話を引き継いだ。
「ささやかではありますが、こちらを」
とてもささやかとは言えない金額が入っていそうな袋が渡された。色々とあったが、子供たち二人が生き残ったのはリョータたちの働きがあったからということ。そして、勘違いによる物とは言え、毒矢による攻撃をしてしまった事に対する謝罪も含めて。
見た感じで、結構な枚数の金貨が入っているであろう袋を前に、ポーレットの動きが止まっているが、それは気にしないでおこう。
そして、さらにその後ろに控えていた男女二人の使用人が一歩進み出る。
「このたびは、命の恩人であるリョータ様へ大変なご迷惑をおかけした事、深くお詫びいたします」
「ど、どうも」
なんて返せばいいのかわからん。
「リョータ様の事については、冒険者ギルドより詳細を聞かされております。幸い命に別状がなかったとは言え、一歩間違えば大変な事になった事は間違いありません」
どんな情報を流したのか、あとで聞きたいが、聞くのも怖いな。
「つきましてはいかなる処分も拒まぬ所存「ちょい待って」
慌てて止める。
「その、もういいですから。ほら、こんなふうに謝罪の印としていただいてますし」
慌てて袋を指し示すが、それに対してデリックが答えた。
「それは当家からの礼と謝罪です。本人からの謝罪は「これに含んでいいです」
「そうですか?」
く、こいつ……幼いくせにしっかりとした受け答えを……って、そういうふうに言うように教えられたんだろうけどね。
でもこれ、「それじゃあ」なんて言ったら、「この命を以て」って自害したり、「体で払います」とか言いかねない。この場合の「体」ってのは、今後一生仕えますって意味だけど。
「しかし、それでは」
「まあまあ、彼らがそう言っているのならそれでいいじゃないですか」
見かねたウォルトンが場を納めてくれたが、自分に飛び火するのを嫌がっただけ?じゃないよね?大人の対応だよね?
そして、「もう少し詳しい話があるのですが、その前に一緒に昼食でも」と誘われたら断れるわけも無く、なかなか豪勢な食事の並ぶ食堂へ移動。突然の事件で当主不在となったと言え、王の直系の家なのだから上位貴族であることに変わりは無く、こうして客人を招いて食事を振る舞うくらいどうと言うことはないというわけだ。
エリスが先に匂いで気付いていたのは予想通りだが、「こ、こんな物を食べられるなんて」と歓喜の涙を流すポーレットにドン引き。おかしいな、俺たちと一緒に行動する前のことは知らないが、少なくとも俺たちはちゃんとした物を食わせているというか、何か食べるときはだいたい一緒で、超高級とは行かないまでも結構いいものを食ってるハズなんだが。
「それはそれ、です」
「そうなのか?」
「見て下さいよ、これ。ギルドの常設依頼に出てる魔物の肉ですけど、捕まえるのが結構難しい物ばかりです」
「へえ」
そう言われても、ここの常設依頼をしっかり見てないからわからないんだが。
「そうですね、この一皿分だけで、冒険者への報酬は中銀貨三枚」
「マジで?」
「いや、違うな」
ウォルトンが口を挟む。
「一年くらい前にいくつか値が上がっている。中銀貨五枚だ」
「うわあ」
冒険者に支払われる報酬がそれと言うことは、実際にそれを買おうと思ったら倍どころか五倍以上してもおかしくない……とウォルトンを見たが、「業者とかへの売値は最高機密だぞ」と表情で返された。




