魔剣を造ってみた
秘密工房(仮)を造ったと言っても、さすがに寝泊まりできるような環境ではないし、冒険者として活動している体にはしておきたいので、二日間は魔の森へ入り、ホーンラビットを狩った。と言っても、そのホーンラビット狩りが魔道具の材料集めにもなっているのだが。
そして、働いたので今日は休み、と言うことにして魔道書を数冊といくつかの道具、そして材料をバッグに詰めてヘルメスの街を出る。ある程度歩いたところで森に入り、魔法陣の場所へ。
念のため魔法陣には薄く土をかぶせておいたのだが、そもそもこんな所に人が来ること自体珍しいだろうから用心しすぎかな、と思いながら岩山へ転移する。
転移したところで周囲を確認。当たり前だが、誰かが来た痕跡はなく、そのまま工房へ転移し、まずは一番奥の部屋へ。
「お、成功だ」
床に置いていた薬草は乾燥したりすることもなく、置いたときのまま。魔法陣による保存はうまく機能しているようだ。
早速、バッグから魔道書を取り出して棚に置き、一冊だけ持って廊下へ出ると、一つの部屋に入る。作業のための台にいくつかの道具と材料を並べ、魔道書を開く。
「まずはインク作りから」
ホーンラビットの血と薬草の灰を陶製の鉢に入れて棒で軽くかき混ぜて魔法陣のためのインクを造る。
なぜホーンラビットの血なのか、という説明も魔道書には書かれていた。
基本的に見つけるとすぐに狩られてしまうので、あまり知られていないが、ホーンラビットは生まれて三日で大人になると言う、成長の早い魔物だ。この成長の早さについて魔道書では、魔力を非常に通しやすい性質の血によって成長が促進されるのではないかと推測している。そして、その性質が魔法陣のインクに適しているのだ、と。
「では続いてこれ」
神の短剣を取り出す。何だかんだで一ヶ月経ち、普通の短剣になって、少しだが切れ味が落ちてきている。研いで使うのもなんだか面倒なので、捨てようかと思っていたのだが、とりあえず実験材料として使うことに決めた。
街で買ってきた紙――そこそこの質の紙が普通に売られていた――に魔法陣用インクで剣の形をなぞる。そしてその内側にいくつかの図形を描き足しておく。
そしてもう一枚の紙を取り出し、大きく丸を描いて、いくつかの図形を描く。
インクが乾いたことを確認すると、丸を描いた紙の上にホーンラビットの角を置く。これは解体したときに捨てずに頭蓋骨から外して持ってきた。
そして、軽く図形――魔法陣――に触れて、魔力を流す。
一瞬、魔法陣が光る。そして、ホーンラビットの角がボロボロと崩れていく。紙を軽く持ち上げ、粉末になったことを確認。そのまま刃の形を描いた紙の上に半分だけ振りかけ、上に短剣を置き、さらに残りを振りかける。
魔法だから簡単にホーンラビットの角が砕けるわけではない。この魔法陣の魔法は分子結合を切ると言うものだった。科学が分子という概念まで至っていないこの世界で、小さな粒子の結びつきを解く、と言う記述には正直驚いた。アレックスという人物はどこまでこの世界の理を知っていたのだろうか。
「よし、やるぞ」
そっと魔法陣に触れて魔力を流す。ほんのりと魔法陣が光り、粉末がするすると、磁石に吸い寄せられる砂鉄のように動き、短剣の刃に吸い込まれていく。やがて、刃が鈍く光り始めると、魔法陣の光は収まった。
「これで完成か?」
そっと手に取る。重さは変わっていないように感じる。軽く振ってみるが、感触は特に変わっていない。
右手に短剣、左手に鞘を持ち、外へ出る。まずは試し切りだ。
少しだけ森に入り、適当な木を選ぶ。
「まずは枝で試し切り」
目の高さにある枝に短剣で斬りかかる。
サクッと刃が刺さり、何度か繰り返すと枝を切り落とす……というつもりだったのだが、何の抵抗もなくスッと刃が通り、そのまま枝が落ちた。
「は?」
もう一度別の木で試す。結果は同じ。別の木で。同じ。もう一本。同じ。
「何だ、この切れ味は」
恐る恐る、地面にあった十センチほどの石の中央に刃を立てると……これまた抵抗なくスッと通り、石は綺麗に二つになった。
何となく拾い上げて、リズミカルにトントン、とやってみる。
綺麗な切断面を見せる、薄さ二~三ミリの石ができた。
「石って、薄切りに出来るんだな……って、そうじゃない。なんだこれ!?」
あり得ないレベルの切れ味の短剣が出来てしまった。石を豆腐のように切れるほどの刃物なんて石○五右衛門の刀くらいしか聞いたことが無い。
なんだかちょっととんでもないモノを造ってしまった事だけは確かだ。とりあえず鞘に収める。インクの時点でも充分だったが、この切れ味を見た今ならはっきりと言える。あの魔道書は本物だ。もっと色々調べる必要があるなと、工房へ向けて歩き出す。
トサッ
「ん?」
何かの音がしたので振り返ると、鞘が落ちていた。綺麗な開きになって。
「マジか」
そっと手にした短剣を手放すと、トスッと半分程まで地面に刺さった。
あの魔法陣で描いたのは、『魔力による切れ味の増加』なのだが、正確に言うならば『手に持つと柄から魔力を吸い上げて切れ味を増加させる』だ。だから手に持っている限りこの切れ味は維持され、手から離れるとその切れ味は普通より良く切れるという程度まで落ちる。地面に刺さったままの柄にそっと触れると、ススッと地面に沈んでいき、柄の所で引っかかって止まった。
「とんでもないモノ作っちまった」
この切れ味では気軽に持ち歩けない。腰に差しておいても体に触れる度に魔力が通ってしまう。刃の向きによっては自分の脚やすれ違う人をスパスパ切っていくことになる。
「魔剣は魔剣でも……『呪われた』という意味の魔剣が出来た」
上着を脱いで柄に巻いてみると、普通の切れ味の剣で収まった。何かで魔力を遮断すればなんとか持ち歩けるレベルになりそうだが、実際の戦闘でこれを振り回すのはかなり勇気がいる。
工房に戻り、魔道書を眺めながら対策を考える。魔力を常時吸い込むようになっているから悪いのであって、必要なときに吸い込むようにすればいいのだから、魔法陣を少し直せばいいはずだ。そう結論づけて、魔法陣を修正。今度はダルクの店で購入した短剣で試す。
「これならなんとかなるかな」
試し切りの感じとしては、少し切れ味が落ちるかなという程度。と言っても、石を簡単にスパスパ切るのは変わらない。だが、『切りたくないときは切れ味が普通の刃物レベルになる』というのは重要だ。ヘルメスで謎の通り魔事件が起きる前に気付いて良かったよ。
とりあえず、この魔法陣で残りの短剣を強化。同じ要領で解体用のナイフも強化する。最初の短剣は死蔵することにした。いずれどこかのダンジョンの奥にでも捨てておけば、誰かの手に渡りうまく活用してくれるだろう。
ナイフの切れ味を確認し終えた頃には日が傾き始めていたので、作業を切り上げてヘルメスへ戻る。明日からこの短剣でホーンラビットを狩ってみようと、ワクワクしながらリョータは眠りについた。
そして、魔の森でホーンラビットを狩った結果はというと……あの最終試験を除けば一日の最高記録、八羽となった。狩るときもスッとなでる程度で綺麗に切れる。そして解体するときも紙をカッターで切るよりも軽く切れる。しかも力をかけずにスッと切れるので、切り口も綺麗。試しに一羽だけ普通の買い取りに持ち込んでみたら、大銅貨を二枚追加してくれた。
とりあえず短剣をラビットソード、ナイフをラビットナイフと命名した。
さらに翌日、ホーンラビットの角や血といった捨てる素材と薬草をそろえ、魔道書を数冊回収しておき、二日ぶりに工房へ入る。
念のため、一番奥の部屋で薬草の保存状況を確認するが、全く問題なく、新鮮そのものだったので、まずはこれを色々応用する。
袋にインクで保存の魔法陣を描く。これで魔の森で採取した物の鮮度を保持しながら持って帰れるだろう。先人達の収納能力の一部を自力で再現である。鮮度保持が限度というのが何とも残念。容量アップは今後の課題だ。
そして、一旦作業を中断して外に出ると、崖の方へ。いい感じに殺人犯が犯行を自供しそうな崖に土魔法で道を造りながら下へ降りていく。
降りたところはそこそこの広さの砂浜になっていたので、早速魔法の実験を開始する。何だかんだで試す機会を逃していた火の魔法の他、「こういうことも出来るんじゃないか?」と考えたものの、結構な威力になりそうなので試す場所がなかった魔法の数々。海の上だし、人もいないなら少々の大爆発があっても大丈夫だろうと実験。結果は上々で、魔法剣士とかそう言うのになれるかも、と妄想が止まらない。
やっと俺の時代が来たな。
午後からはまた工房で作業を続ける。今度は魔力を流すだけで、魔法を発動できる魔法陣を描いた紙作り。要は呪文のスクロールとかそう言うのである。何枚か造ると海岸へ降りて実験を繰り返す。いくつかはしょぼい結果になった物もあるが、うまく使えば実戦でも使えそうな物もあったが、持ち運びに悩み……木の札でも同じ効果が出ることを確認すると、作り直して数枚バッグの中に入れた。これなら取り出しやすい。
まあ、使うとしても、どうしてそんな物を持っているという理由をどう説明するか、考えておかないとならないな。
「ふう」
結構な量を用意しておいた材料を使い切ったところで、既に日が落ち始めていたことに気付く。根を詰めすぎた。あれこれ焦る必要なんて無いのに、どんどん作業を進めてしまうのは社畜時代の習性が抜けていないのだろう。
とりあえずあれこれ造った物を整理すると、工房をあとにした。続きはまた三日後くらいに。時間はたっぷりあるのだからと自分に言い聞かせながら。
とりあえず明日からはまた素材を集めて、アレを試してみようか、それともアレにしようかと考えながら冒険者ギルドへ入るとカウンターへ向かう。いつものように鍵を受け取って……と思ったのだが、なんだか様子がおかしい。
この時間、いつもならば魔の森から帰ってきた冒険者達がカウンターに並び、酒場にはちらほらと飲み食いする者達が集い始めている頃なのだが、カウンターには誰も並んでおらず、酒場には大勢の冒険者が集まり、支部長の話を聞いている。
「あ、リョータさん」
「ん?」
カウンターからケイトが声をかけてきた。
「えーと……これは一体?」
「少し待っていてください」
「はい?」
「支部長から大事な話があります。最終的な返事は各自に任されてますが、話だけは全員聞くように、と」
「わかりました……あの、部屋の鍵をもらっても?」
「はい。少しお待ちください」
ケイトから鍵を受け取ると、荷物を置いたらすぐ降りてくると伝えて部屋へ向かう。
「それにしても、アレは何だろうな」
ただならぬ雰囲気に少しだけ不安を感じながら階下に降りると、ちょうど支部長の話が終わったらしく、酒場の冒険者達がぞろぞろと出てきていた。
「リョータさん、入れ替わりですぐに説明がありますので」
「わかりました」
酒場に入り、適当な椅子に腰掛けると水をグイッと飲み干した支部長と目が合った。
「リョータ」
「はい?」
「これも一つの経験だ」
意味深なことを言うと、酒場に集まってきた冒険者に向けて背筋を伸ばし、一段高い段の上に立つ。
「よし、じゃあ話を始める」




