また面倒事がやって来た
「私と会ってからだけでも結構色々と貢献してると思いますけど?」
「そうなのか?」
普通の冒険者は一年に一度でも大きな仕事、例えば突発的に強力な魔物を討伐するなどをこなせば相当な貢献していると評価される。ふた月近く移動だけで過ごしているから何もしていないと思っているリョータは、日本人の社畜根性が未だに抜けていないだけなのだ。
「一応、そこそこの貴族とのつながりもあるから大丈夫だと思いたい」
「他にも色々ありますから、ギルドへの貢献はかなりの物があると思いますが」
とりあえずリョータの回復を待って、王都まで行ってみることにした。
「とりあえず王都に向かうとして……海寄りのルートを行くというのはどうでしょう?」
「海寄り?」
「ええ。前回通ったのは魔の森との境界、山沿いでしたが、海の方にも街道がありまして、いくつか村があります」
「へえ」
「冒険者ギルドの支部はありませんが、商人の護衛なんかで冒険者もチラホラいますし、商人の情報というのも侮れません」
「なるほど」
他に妙案も無いことだしと言うことで海沿いの街道を進むことにした。一応定期馬車が行き来しているが、山沿いに比べて本数は少ないから徒歩になるが、途中の村に立ち寄って補給と休憩が取れるのは大きい。
と言っても、人の行き来が多い街道では無いため、めぼしい情報は集まらず。十五日かけて進んだ結果、今日の夕方に着く村がちょうど王都の真北の村、と言うところまで来ても街道で貴族が襲われた、と言うような話は聞かれなかった。
「もしかしたら、私たちが去ったあとに襲撃者が再びやって来て生き残りを片付けたとか」
「怖いなそれは」
エリスが呼びに行った村人たちが生き残りゼロの死体の回収をしたというのは、ごめんなさいと謝った方が良いのだろうか?
ただの情報隠蔽だと思いたいが、情報が足りなすぎて判断が出来ない。
そんな話をしていたら、エリスがピタリと足を止めた。
「リョータ……その……」
「え?嘘でしょ?」
エリスが再び、前方での戦闘音に気づいた。
「これ以上の面倒事はイヤなんだけどな」
うんざりした顔のリョータたちを見ながらエリスが補足する。
「これ……多分、盗賊です」
「へ?」
「この先……南北の道と合流した先です」
街道脇の木々で全く視界は通らないあたりを指さしたエリスにポーレットが続ける。
「多分、王都との定期馬車です。あんまりアレを襲う盗賊がいるとは思えないんですけど」
「何で?」
「金目のものは積んでませんから」
「なるほどね」
定期馬車が盗賊に襲われているというのなら、貴族が襲われているよりマシな状況。助けられるなら助けに入ることにしようと駆け出す。
「エリス、状況は?」
「定期馬車の護衛っぽい人が戦ってるみたいですけど……一人?」
「へ?」
定期馬車の規模にもよるが、護衛が一人というのはあり得ない。
「急ごう」
「えっと……」
「と言っても、エリスが先行する必要は無い」
「はい」
状況を見てからの判断として走り、王都からの道と合流。その先少し行ったところに馬車が止まっており、数人の盗賊らしき連中が馬車をどうにかしようとしている一方で、馬車の出入り口付近で誰かが戦っているようだ。
「エリス、馬車の中は?」
「んー、多分全員生きてます」
「了解。あの入り口の側、助けに入って。俺は反対側を片付ける。ポーレットは周囲を警戒」
「「わかりました!」」
返事と同時にエリスの姿が消え、盗賊が一人蹴り倒される。そしてリョータは魔法射程距離にまで駆けていき、イメージを固めていく。
「スタンガン!」
バチンという音と共に数人が倒れ、こちらに気づくが、追撃で数回。もしかしたら馬とか御者さんが巻き込まれてしまったかも知れないけど、そこはあとで謝ろう。
「たあっ!」
エリスが剣を振るえば、それだけで盗賊たちの手にしていた剣や斧が切り飛ばされていく。
そして一瞬うろたえたところに、馬車を守るべく戦っていた男が、自身の背丈ほどもあるハンマーを叩きつけると、数メートル先までもんどり打って転がっていく。そして転がった先へリョータが電撃を放ち……リョータたちが介入してすぐに、盗賊たちはすべて転がって痙攣するだけとなった。
「助かった、礼を言う」
「いえ。こういうのはお互い様ですし」
「ハハッ。それもそうだな」
背丈はリョータほどしか無いが、横幅は倍ほどあるドワーフはヘルマンと名乗った。
「失礼ながら……Sランクのヘルマンさん、ですよね?」
「ん?そう言うお前さんはポーレットか」
「はい」
まさかのSランク冒険者の出会いであった。
「とりあえず、盗賊は全部縛り上げますか?」
「そうだな。待ってろ、荷台にロープがある」
そう言って御者に声をかけ、馬車の上からロープを下ろし、エリスとポーレットが手分けして盗賊を縛り上げていく。
「お前さんが、最近話題のリョータか」
「え?」
「隠さんでもいい。悪いようにはしないさ」
「はは……どういう話題かわかりませんが、多分そのリョータです」
リョータも盗賊を縛り上げようとしたが、「それはあの二人に任せても良いだろう」と引き留められた。
「まず、こっちだな」
そう言って、倒れている三人の男たちのもとへ。
「あらかじめ言っておくが……俺はこの馬車の護衛じゃない。今回は客だ」
「え?」
「Sランクだからって定期馬車の客になってはならんという決まりは無いからな」
「それはそうですが、それじゃあ」
「コイツらが本来の護衛だ」
「ええ……」
盗賊は全部で十一人。三人で相手をするのは厳しかったと言うことか。
「やれやれ、面倒なことになったな」
「そうですね」
ヘルマンが言うには、王都とこの先の村を往復する定期馬車の護衛としてはこの三人は特に問題は無かったのだが、さすがに盗賊の規模が大きすぎ。どうしてこんな人数の盗賊がいたのかというのも気になるところだが、護衛三人が死亡し、Sランクのヘルマンがやむを得ず参戦と言うだけでもこのあとの事務処理が面倒になる。
「そしてそこに、現在話題のリョータたち三人。冒険者ギルドの職員は三日徹夜だろうな」
「そんなに大ごとに?」
「なるさ」
王都と村を結ぶこの街道はイーリッジにとって重要で、定期的に騎士団が巡回しているはず。ヘルマンによると前回の巡回は十日ほど前のハズなので、僅かな間に盗賊がやって来たと言うことになる。
「盗賊を締め上げた結果によっては、色々と起きるだろうな」
「えーと……俺たち、ここにいなかったことにして良いですか?」
「そうは行かん」
笑いながらもジロリと向けてくる視線は「絶対逃がさん」と物語っており、実際逃げられそうな雰囲気でも無い。
「リョータ、縛り終えたよ」
「おお、それじゃ馬車の後ろにくくりつけてくれ」
ヘルマンの指示に従ってエリスたちが馬車の後ろにつなぎに行く間、三人の護衛の遺体を大きな袋に入れていく。どこの生まれか知らないが、道ばたに埋葬するよりはと言う、せめてもの手向けである。
「ま、とりあえず乗ってくれ」
「いいんですか?」
「いいさ。このまま歩かせるのも忍びないし、今日は客が少ないから席も空いている」
御者も是非どうぞというのでお言葉に甘えると、馬車が動き出す。
後ろからザリザリと何かを削る音と、むさ苦しい男どもの悲鳴という、この世で聞きたくない音ランキング上位の音をさせながら、馬車は一時間ほどで村に到着した。




