これからの行動方針
「ドラゴンの血を薄めて使いました」
「なるほど。で、その土下座は?」
「ドラゴンの血と言えば、僅かな量でも金貨の積まれるような素材です。それを奴隷の身でありながら勝手に使いました」
「ふむ」
「主の資産を勝手に使ったことに対しての謝罪です。罰は何なりと受けますので」
「リョータ!」
「うん?」
「ポーレットは悪くないの!だから!」
「ああ、うん」
エリスが必死にポーレットを弁護しようとしているのが、何とも微笑ましく思え、思わずリョータは笑みを浮かべ……脇腹の痛みで顔を引きつらせた。
「ってててて……」
「リョータ!」
顔を引きつらせたのを見たエリスが慌てた。これはすごい罰を与えるのではないかと勘違いしたのだろうな。バフッとベッドに倒れてから、一つ大きく息をする。
「エリス落ち着いて。あとポーレット」
「はい」
「土下座やめ。エリスもな」
「あ、はい」
二人ががよたよたと立ち上がるのを横目で確認して続ける。
「二人とも勘違いしすぎ」
「「え?」」
「ちょっと傷が痛くて顔が引きつった。ゴメンな、驚かせて」
「あ、はい」
「えっと?」
「二人のこと、責めたりしない。怒ってないから」
「え?」
「それじゃ……」
「一応確認だけど、残りのドラゴンの血、元の位置に戻した?」
「はい」
「なら問題なし」
「えっと」
「問題なし。以上」
「あ、ありがとうございました!」
「礼を言われることじゃないと言うか、礼を言うのは俺の方なんだけどな……まあいいか。ところで」
「はい」
「俺が撃たれてからどのくらい経った?」
「丸一日です」
「なるほど」
下手すりゃ即死しかねないような毒を中和し、傷の痛みこそ残っているもののここまで回復出来るとはねと、ドラゴンの血の効果に感心する。
「とりあえず……腹減った」
二人が吹き出す声でホッとしてから、エリスに食事の用意をさせ、ポーレットに支えられながら起き上がると腹ごしらえ。
いろいろなことが起きすぎているが、まずは回復に努めよう。
「なるほどね……」
魔道書に書かれていたドラゴンの血の効能は三つ。
一つ目、毒の無効化。二つ目、傷の治療、体力の活性化。三つ目、魔力を多く蓄えることにより様々な効果を持つ魔法薬の効果を向上。
飲んだり塗ったりという使い方の場合にはこのくらいだが、どれも薬草で得られる効果を軽く超えている。
直接そのままでは濃すぎるので水で薄めるのだが、僅か数滴を一リットル程度の水で薄めるくらいに薄めて使ったのに、はっきりと実感出来るレベルの効果。
改めてとんでもない素材だと思う。
矢が刺さり、引き抜くために切開された脇腹は、ドラゴンの血の効果もあるのだろうが、僅か二日でほぼ完全に塞がり、カサブタになっている。さすがに傷が大きいので、ちょっと引きつった感じがするが、カサブタが剥がれれば問題ないだろうという感じ。そしてもちろん無理に剥がしたりはしない。
いつまでも延々モタモタして良い旅ではないが、焦ってもロクなことにならないだろうからだ。
工房には色々と食料を運び込んでいるので、三ヶ月程度は滞在できるから焦る意味はない。それよりも考えなければならないことの方が多い。
まずは、あの馬車に乗っていた連中だ。襲撃していたのが何者で、何が目的かというのもあるが、襲われていたのが誰なのかによっては色々と面倒だ。幸いなことにあの場に三人の身許がわかるようなものは何も残していないが、リョータの姿はある程度見られているだろうし、村まで行ったエリスのことは当然村人たちに知られている。
リョータたちの組み合わせは目立つ。まだ少しあどけなさも残る少年に獣人とハーフエルフ。目立つなという方が無理があるから、身許が特定されるのは時間の問題だろう。
では、特定されたらどうなるか?
襲撃者の仲間と勘違いされるのが一番マズい。エリスが助けを呼びに行っているからそうならないだろうと願いたいが、相手は貴族だ。どんな難癖をつけて来てもおかしくない、というのがポーレットの言。
下手に王都に行ったりしたら、いきなり捕縛されて投獄、そのまま処刑という可能性も否定出来ない。
では王都に寄らずに進むというのは?可能だ。
工房に確保している物資は結構な量がある。このまま国境を越えることだって問題ないくらいはある。だが、この先の国境は荒野だ。馬車で一ヶ月かかるという、荒野。さすがにこれを超えるとなると、もう少し食料を補充しておきたいが、そうなるとどこかの街に立ち寄らなければならない。
転移魔法陣を使えば今までに設置してきたどの街にも行けるが、出入りのチェックでアウト。遙か大陸の北を東の方向へ進んでいったはずなのに、いきなり戻ってきたら不自然を通り越しておかしいと思われてしまう。
「二人とも、ちょっと来てくれ」
一人で悩まずに相談。三人寄ればなんとやら、だ。
リョータが懸念していたことはエリスとポーレットも既に話し合っていたことで、三人の認識は一致している。ではどうするか。
「このまま街に寄らずに荒野を越えるのは?」
「うーん……リョータの回復次第ですが、多分問題はないと思います」
素人判断ではあるが、あと二日も休めばリョータも普通に歩けるようになる。工房に保管してある食料を使いながらであれば、移動は問題ない。
荒野を越えるのに若干の不安が残るが、転移魔法陣を適宜使えば、快適空間で休める。それこそ三日歩いて一日休む、なんて移動をしてもいいだろう。
「ですが、懸念は残ります」
ポーレットの懸念、それは……あの襲撃された者たちがその後どうしたか、である。
エリスが近くの村に助けを呼びに行ったので、恐らくあの馬車に乗っていた者は助け出されているだろう。そして、「報せてくれた獣人の娘はどこに?」となるのは自然な流れだ。
犬の獣人自体は珍しいものでは無く、街でもよく見かけた。エリスと近い体格の者などいくらでもいるだろう。だが、普段からメイドの格好で駆け回るのは多分エリスだけ。
襲撃された者たちが、その情報を聞き、何らかの謝礼をしようと考える程度の義理堅さがあるとしたら……街には一度立ち寄ってギルドに顔を出した方がいいだろう。
だが、リョータたちはどうするか?冒険者ギルドの認識ではリョータたちは三人組。当然、助けを呼ぶためにエリスを走らせたのはリョータだというくらいの想像はするだろう。
では、なぜリョータたちがあの場にいなかったのかと追及されたら何と答えればいいのだろうか?
「毒矢を撃たれて倒れたので治療のために離れていました」
もっともらしく聞こえる理由だが、どこにいたのかと聞かれたら答えづらい。そして何よりも、勘違いとは言え毒を受けたのに、どうやって解毒したのかと聞かれたら。
「最悪のパターンは……襲われていた人たちがおかしな解釈をして、俺たちを襲撃者の仲間だって勘違いすることだな」
「その場合、いきなりお尋ね者なんですが」
「まあ……無いと思うけどな」
今までの実績から言って、いきなり貴族っぽい馬車を襲うと言うことは無い、何かの勘違いでは?と冒険者ギルドが……あ、ダメかも。
「ここ最近、あまりギルドに貢献していない気がする」




