人助けをしよう
「全部で何人くらいいたんだ?」
「二十人くらいいたようですね。全部数え切れた自信はありませんが」
「結構多いな」
「そうですね。護衛っぽい人、全員倒されてますし」
こちらと反対方向に去って行ったと言え、周囲に潜んでいる可能性もあるので警戒しながら近づいていく。
「エリス、どう?」
「近くにはいないようです」
「そうか」
襲われていたのは二頭立ての馬車が二台に、護衛と思われる騎士が八名。動いているのは横転した馬車の車輪くらいという惨状だった。
「この先の村までどのくらい?」
「徒歩で二時間ほどでだったと思います」
「エリス、先行して村へ行ってこのことを伝えて」
「はい。では伝えたら戻ってきますね」
「頼む」
この場にいる三人でこれをどうにか出来るわけもないので、近くの村から人やら荷馬車やらを持ってきてもらうべくエリスを走らせる。
「エリスってすごいですね」
「今さらその感想?」
「だって……走り出したときの音が、ドン!ですよ。普通はそんな音はしませんって」
「気にするな。慣れろ」
残った二人で非常にどうでもいい会話を交わしながら、状況確認にかかる。
護衛の騎士は……全員事切れている。一応襲撃者を三名倒しているが、人数差をひっくり返すには至らなかったと言うことだ。
御者四名も既に。馬車を止めさせるという意味では優先順位の高い標的だろうから当然か。馬が騎士達の乗っていた八頭に馬車の四頭。生きている馬もいるが、どれもひどい傷で、かろうじて生きているだけ。とどめを刺して楽にしてやった方がいいだろうか。
とりあえず襲撃者の死体を放り投げてから馬車の確認へ。
横転していない方は……ドアが外れており、中にいたのは四人。全員死んでいた。
「ポーレット、この紋章、わかる?」
「さすがに貴族の紋章は詳しくないので」
「そうか」
「ただ、このデザインだと結構有力な貴族のハズです」
「なるほど」
そして横転している方の馬車はと言うと、
「起こすのは無理だな」
「魔法を使えば?」
「出来るだろうけど、まだ誰か生きていた場合、危ないんだよ」
瀕死の重傷のところ、動かしたせいで傷が開いて、というのは避けたいと説明する。そして同様の理由で馬車を壊して、というのも見送る。一見なんともなさそうに見えて実は、と言う場合、穴を開けたと同時に崩壊することもあるからだ。
ゴンゴンと馬車の屋根を叩いてみたが応答は無く、生存者の有無の確認には至らず。だが、意識がない可能性もある。
「とりあえずドアを開けて中を確認するしかないか」
「そうですね」
近くに外されて転がっていたもう一台の馬車のドアを持ち上げようとしてみる。
「重っ」
高さ二メートル弱、幅一メートル程で、色々と装飾もついている分厚い木の板が軽いわけがない。コレは開けるのに苦労しそうだと嘆息する。
「とりあえず、頑張って開けてみるか」
「はい」
ポーレットも背負っていた荷物を下ろすと馬車の上によじ登り始めた。
「あのっ!」
「うわっと!嬢ちゃんすごいな」
「驚かせてすみません」
はるか遠くに見えていた姿があっという間に目の前に来たら誰でも驚くが、その村人が一番驚いたのはそんなとんでもない速さで走ってきたエリスの息が上がっている様子もないことである。
「えっと……あっちの方で、馬車が襲われていまして」
「何?!」
「手伝って欲しいんです!」
「手伝う?」
「イヤ俺たち、戦うのはちょっと」
「えっと……えっと、襲っている人たちはいなくなっているので、えっと……」
「怪我人か?」
「そう!そうです!あと、亡くなった方とか馬とか馬車とか!」
「おい!」
「ああ、村長に知らせてくる!」
エリスの拙い説明でもとりあえず内容は伝わったようで、何事かと集まってきていた者たちが方々へ散っていく。ある者は荷車を引き出し、ある者は馬や牛を引っ張ってきて、またある者は怪我の手当のためだろう布を両手に抱えて出てきた。
「私、先に戻ってます!」
「ああ、待ってくれ!」
「はい?」
「この道まっすぐでいいんだな?」
「はいっ」
ここに来るまでに分かれ道はあったが、ひたすら真っ直ぐだったことを思いだして答えると、踵を返して駆けていく。
「すげえな……」
「あ、ああ……」
早くも点にしか見えなくなったその姿を見送りながら村人たちは歩き始めた。
馬車が横転してしまい、外の状況を把握する術が無くなってしまった。幸いこちらの馬車に乗っていた者は自分も含めて三名ともに無事。馬車が倒れたときに少し怪我をしているが、この程度なら適切な処置をすれば問題はない。
だが、現状の一番の問題は襲撃者だ。
外での戦闘音が止み、妙に静かになったと言うことは……護衛の騎士は全滅か。そして恐らくもう一台の馬車の方は……ダメだろう。
そして、僅かに話し声が聞こえてきた。何を話しているかはわからないのだが、この馬車の中を窺っている様子。荒事はからきしだが出来ることはしようと、椅子の下にしまわれていた武器を取り出して構える。たとえ殺されるとしても、一矢報いてからだと自分に言い聞かせて。そうして見上げたドアの取っ手がガチャリと回された。
「よし、開けるか」
ドアノブにロープをくくりつけてからガチャリと回すとポーレットが「うーん!」と顔を真っ赤にしながら引っ張る。リョータも必死に持ち上げ、僅かに開いてきたところに木の棒を突っ込んでてこの原理で持ち上げ、中の様子を見ようと
シュッ
「か……」
ガタン、と体勢が崩れ、いきなり負荷の増えたポーレットが振り返る。
「リョー……タ……リョータ!」
ダダン!と駆け寄り、馬車から落ちていくリョータに飛びつき……特に意味が無かったなと後悔しながら落ちていく。せめて自分が下になればクッションになるだろうか。
「ぐえ……げほっ……げほっ」
高さは三メートル近くあったが、幸いなことに必死に伸ばした手が馬車のあちこちに引っかかって落下速度を低減できたことと、二人の体重がそれほどでも無かったおかげで、少し息が止まった程度で済んだ。
が、リョータの反応が……無い。
「リョータ!リョー……これ……は」
左脇腹あたりに革鎧を突き破って刺さっている金属の棒……いやこれは矢か。
思わず引き抜こうと手をのばし、違和感を覚えて止めた。
「何か塗ってある……まさか、毒?」
鈍い金属光沢の表面にはうっすらと何かが塗られているようで……どう考えても毒の類いだろう。
「ふぬぬっ」
とにかく今はこの馬車から距離を取るべきだと必死にリョータを引っ張って行く。大きさ的にあの中には三人か四人いて……生きている。多分全員。
そして、こうしたときに備えて用意していた武器で攻撃。リョータたちが襲撃者だろうと判断して。
うかつだった。こうした事態は何度か話に聞いたことはあったが、実際に体験したことが無かったので見落としていた。もっと慎重に行動すべきだった。
どうすればいい?どうすれば?!
背負っていた荷物の中にある程度の傷薬は入れてあるが、毒に対応するのは……工房だ。工房に戻ればいろいろな薬草を保管してある。あれなら……って、工房に行く方法が無い!転移魔法陣はリョータがいつも作っていたから作り方がわからない。
「うう……エリス!早く来て!リョータが!リョータが大変なの!」
「!」
その声は二人に合流すべく駆けていたエリスの耳に届いていた。
大変とは?何があった?
ポーレットの声しか聞こえず、リョータの声が聞こえないのなら、エリスがすべきことは一つ。
全速力で戻るだけだ。




