奴隷紋に関する簡易考察
「と言うことで、明日、準備をして明後日出発」
「また忙しいですね」
「……にしようと思ったけど、少しこの街でのんびりしようか」
急ぐ旅でもないし、この街はそれほど変なこともなさそうな事と、冒険者の活動が比較的活発なせいか、街が程良く活気づいていて食べる物もうまい。そしてもう一つ。
「そろそろ服を新調しようと思う」
「服ですか?」
「結構贅沢ですね。適当に繕えばまだ着れそうですよ?」
「そういう次元じゃないんだが」
あちこちすり切れたりほつれたり、というのは当然直しながら着ているのだが、リョータもエリスも成長期。単純に服のサイズが合わなくなってきている。ポーレット?ハーフエルフの成長期って何歳頃なんだろうね?
「で、ついでだからポーレットも服を新調しようか?」
「その費用はどこから出るのでしょうか……」
「安心しろ、借金の額には影響しないから」
「それなら、まあ……」
そんなわけで翌日は服屋を探すことに。一応、エリスに希望を聞いてみたのだが、今来ているようなタイプがいいという。どうせならポーレットも同系統のデザインにして、獣人とハーフエルフのなんちゃってメイドコスにしてしまおうか。
「とりあえず、冒険者が着るような服を仕立てる店をリサーチしておきました」
「え?マジ?何も言ってないのに?」
「ここもそこそこに大きな街ですからね。闇雲に探し歩いていたら見つかりませんよ。とりあえず、冒険者の間で評判のいい店がこれらになります」
「ポーレット……熱でもあるのか?」
「ありません!」
別人に入れ替わったという事もなさそうだな。
朝食後、探してきてくれた店を見て回る。と言っても、この街だって他の街同様、既製品の服を売っていることはほとんど無いが、店先に見本のように吊されている服を見ればその店の腕前はわかる。
「ここ、かな……」
「丈夫な生地を使って縫製も結構しっかりする店ですから、お薦めです。でも、結構高くなると思いますよ?」
ポーレットの言外には「連れ歩いている奴隷に着せるには高すぎる服では?」という意味が込められているのだが、リョータにとってエリスもポーレットも自分の所有する奴隷と言うよりも、共に旅をする仲間とか家族のような感覚が強い。そして、仲間や家族ならボロボロの、いかにも安物ですとひと目でわかる服より、多少なりともこぎれいな格好をしていて欲しいと思うのは贅沢だろうか?
「まあ、そうおっしゃるなら……ありがたく」
適当に並べ立てた言葉でポーレットは納得した。よし、言質は取ったぞ?
店に入り、店員に三人の服を仕立てて欲しいこと、三人とも冒険者なので丈夫な生地で作って欲しいことを伝える。
そして、採寸するわけだが、リョータの採寸など一分かからずに終わる一方で女性陣はもう少し時間がかかるので、その間にデザインを示しておく。
「それではこのデザインで……と、それからこのデザイン、と」
「どうですか?」
「全く問題ありません。お任せください」
二人が採寸を終えて戻ってきた頃には全ての注文が終わっており、「仕上がりは三日後です」という確認を終えると店を出る。
「一つ確認が」
「聞くだけなら聞こう」
「普通は採寸のあとにデザインを決めると思うのですが」
「伝えておいたぞ」
「え?」
「心配するな。問題ないから」
さて、服が仕上がるまで三日間。魔の森へ出掛けても良いのだが、工房で作業をしておこう。
「とりあえず、材料が全部揃ったから作るだけ作ってみるか」
「何か手伝える?」
「んー、そうだな」
薬草を刻んだり絞って汁を出したりといった細かい作業は多いので、エリスの申し出はありがたい。
「じゃあ、私も」
「ポーレットは魔法の練習、な」
「うぐ」
少しずつだが成果が出ていて、ここ最近の様子で言えば、今が伸びる時期では無いかと思う。つまり、ここでしっかり反復練習をしておくべきだ。
「じゃ、そんな感じで」
「はいっ」
「はーい」
気の抜けた返事をしている者がいるが、まあいいか。
「これで完成っと」
「これが……?」
「そう、らしい」
どうにか完成したのが奴隷紋を刻むインクというか、墨。これを決められた場所、決められた形で体に刻めばめでたく奴隷になるらしい。ちなみに別添されていた製造法で借金奴隷紋のインクも作ってみた。
「でも……なんか変なんだよな?」
「そうですね」
「え?どこか変なんですか?」
「ポーレット、よく見てくれ」
「ん?特にどうと言うことも無いというか、ちょっと変わった色のインクって感じですよね?」
「まあ、そうだな。お前が左手に刻まれたときに使われた物と同じハズだが」
「んー、見るなと言われていたので、はっきりとは見ていませんでしたし」
「そうか……で、コレを見ても何も感じないんだよな?」
「ええ」
じゃあ、とラビットソードをその隣に置く。
「こっちは?」
「ん?いつも使ってる短剣ですよね?切れ味抜群って感じがしますけど」
「そうなんだよな」
魔道書に従って作った物――魔道具とでも呼べばいいのだろうか――は、総じて見た目の時点で何らかのイメージを伝えてくる。ラビットソードならその切れ味の鋭さを。だが、このインクからはそういったイメージが伝わってこない。イメージが伝わってこないと言うことは魔素を消費して魔法が発動する形になっていないと言うことになる。
「試しにやってみるか。ポーレット、左手をここに」
「え……なんかひどいコトしようとしてません?」
「しないってば……って逃げるな!エリス、取り押さえろ!」
「はいっ」
「ふぎゃああああ!」
逃げるなと言う命令に抵抗したせいで、若干の痛みが左手に走ったらしく転げ回ったところをエリスが抱え上げて机の上に。
「別にお前にどうこうするわけじゃないから安心しろって」
「そう……ですか?」
「お前な……今まで俺たちがお前に酷い事をしたことがあったか?」
「う……」
酷い事をされたような気もするがよく考えたら自業自得だったかも知れないと、とりあえずポーレットは大人しくすることにした。
「この奴隷紋の形をこの紙に描き写す、と」
線の太さなんかもまねて、作りたてのインクで描いてみたが、特に何もなし。
「紙が奴隷になるわけでも無いから当然なんだが、でもこの図形からも特にイメージは伝わってこない」
「そうですね。ただの絵にしか見えませんね」
「だが、ポーレットの左手の奴からは、ポーレットが借金奴隷だというイメージが伝わってくるし、命令に抵抗すると痛みが走る、と」
「うう……それは申し訳なかったです」
「うん。お前はもう少し俺の奴隷だという自覚を持とう、な?」
もともとエリスにもポーレットにもあれやこれやと命令するつもりはない。ツインホーンラビットとの戦闘時のように切羽詰まった状況なら「○○しろ!」という指示を飛ばすことはあったとしても、通常時なら「○○しようか」という提案程度なので、二人が拒否しても何も起こらない。だからポーレットも油断したわけだ。
「やはり種族奴隷紋のインクだからか?」
一応借金奴隷紋のインクでも同じように描き写してみたが特に何もない。
「となると……肌に直接描かないと効果が無い?」
可能性はある。肌に描いたことによってインクと肌が妙な化学反応でも起こし、違う物質に変化、さらに染み込んで立体的な構成になるとイメージが変わるとかもあり得るだろう。だが、さすがに実験は出来ない。
「実際に奴隷にするときにさらに何かの工程を挟んでいる?」
奴隷にする場合、奴隷紋を刻んで何かをするのだろうが、その何かによって、この紋に何らかのイメージを付与することが出来るというのもありそうだ。
「精密に解析してくれる鑑定スキルとか欲しい」
無い物ねだりという奴である。




