ツインホーンラビットを観察しよう
ルプゼナから魔の森へ入り、南南西方向へ進むこと二時間弱。途中でダンジョンの入り口を通過してさらに進み、ちょっと開けた岩場を抜けていった先に草原が見えてきて、その先に森が見えてくる辺りが、ツインホーンラビットの生息域になる。
他にも数種類の魔物が棲息しているが、メインターゲットではないので可能な限り回避。
また、いくつか役に立ちそうな薬草類が採取出来るが、こちらもスルー。ここでしか採れない物でも無いから、無駄に時間を食う作業はしない。
「さて、この辺にいるとしても……広いんだよな」
「そうですね。かなり広いです」
ツインホーンラビットの生息域の広さは徒歩で二、三日程の範囲らしい。当たり前だがそんな広さを隅々まで探して回るなど出来るわけがない。ではどうするかというと、向こうからこちらに来てもらえばいいと考えた。
「ま、工夫はないけどな」
「こういう工夫をする冒険者は記憶にないのですが」
「でも、いつもやってるよね?」
「いつもって程じゃないけどな」
「お二人のいつも、は普通の冒険者のやり方と大分違うんですが……まあいいです、はい」
ポーレットの個人的な感想はさておき、早速用意した物を取り出す。
「今回は、鮮度と香りを重視!」
「ニンジンをそのまま、です!」
ポーレットが背負ったバッグから、ウサギ型の魔物を呼び出すならコレ、と定番になりつつあるニンジンを取り出す。いつもなら絞って持って来るのだが、今回はそのままだ。
「とりあえず周囲に他の魔物は見当たらず、と」
「風向きは……」
「ヨシ!」
「魔法の用意!」
「ヨシ!」
「じゃあ、投げるよ」
「おう!」
紐で束ねたニンジンをエリスがポーンと投げ、そちらに向けて風の魔法を放つ。切り刻むように、と。
魔法の狙いは正確で、あっという間にニンジンは空中でみじん切りとなり、鮮やかなニンジンの香りを風に乗せて周囲へばら撒いていく。
「次!」
「では、こっちへ!」
出来るだけ広範囲にばら撒けるよう、ニンジンを投げて切り刻んでいくのを数回繰り返す。
「こんな感じかな」
「うまく行くといいね」
「だな」
「……ホーンラビットなら大量に集まりそうな感じになってますよね」
もちろん、ホーンラビットが集まってしまった場合には、スタンガンで昏倒させる予定である。
ニンジンをばらまいて数分、そろそろ追加をした方がいいかと腰を上げようとしたとき、エリスがピク、と反応した。
「何か来ました」
「よし」
指さす方角へ数歩すすんで歩みを止める。風向きの関係で臭いはわからないが、そちらの木々の向こうでかすかに音がしたらしい。
「んー?ちょっと困ったことになるかも」
「困ったこと?」
「うん……その……音が大きいの」
「へ?大きい?」
「うん。これ……大きなものが動いている音」
お目当てのツインホーンラビットではないのかな?まあ、そういうこともあるか。
「何にしても相手をしないとな」
「はい」
それぞれ武器を構えて待つ。ポーレットは結構な荷物を背負ったままなので離れて待機だ。
ガサガサッとリョータにも聞こえるレベルの音がして、ソレが現れた。
「は?」
毛艶がいいのだろうか、日の光でキラキラと輝いて見える毛皮。ウサギであることを示す長い耳に赤い目。その名の通り、額に縦に並んだ二本の角。
「これが、ツインホーンラビット」
「ですね」
エリスの警戒度が最大になっている。もちろんリョータも。
そりゃそうだ。
後ろ足をたたみ、前足を伸ばした、いわゆるお座りのような姿勢で立ち止まったその姿勢で既に頭までの高さが五メートルはありそうだし、その口からはドラゴンの爪の方がかわいげがあったかなと思うほどの長さの牙がのぞいている。肉食か。
ついでに言うなら、赤い目というのも血走ったような、と言う表現の方がいいかもしれないと思える状態だし、角にいたっては根元の直径が五十センチ以上はありそうだし、長さは二メートル近くあるように見える。
ぶっちゃけ、化け物である。
「ガオォォォォッ!」
およそウサギとは思えない声で吠えると、こちらへ向けて駆けてきた。ズンズンという音の割に身のこなしが軽く、恐ろしく足が速い。
「エリス!」
「うんっ!」
エリスが素早く跳躍し、攻撃準備にかかると同時にリョータも魔法を放つ。
「雷撃!」
かなり強め――飛びエイをたたき落とせる程度――に放った魔法は、どういうわけか全く効かず、ツインホーンラビットはそのまま駆けてきた。
「クソッ!」
慌てて横へ跳んで逃げるが、正確にこちらを追尾してくる。猪突猛進というわけではないようだ。
「げ!」
「リョータ!」
エリスが素早く降りてきて、リョータを抱えると高く跳ぶ。だが、それに併せてツインホーンラビットも跳んでくる。
「うわっ!」
いくらエリスが空中で足場を作って方向転換できると言っても、回避できそうにない勢い。
「水!大量に!」
構築しかけていたさらに強い雷撃のイメージを捨てて、学校のプール程度の量の水を作ってぶつけると、さすがに勢いが削がれ、落ちていった。が、たたき落とせたわけでもなく、ただ単に濡れただけ、という感じか。
「リョータ、どうする?」
「ここから撃つ!雷撃!」
水に濡れているなら効きやすいだろうと放ったのだが、地面に降りたウサギがブルッと身を震わせて水を弾き飛ばしたのに飲まれて消えてしまう。
「もう一発、雷撃!」
続けざまに放ち、直撃させたのだが……効かない。不思議生物か。
「マジか」
「どうしよう?」
「一旦距離を取って下ろして」
「うん?」
「どうにか出来ないか考える」
「時間稼ぎすればいいのね?」
「頼む」
「任せて」
ウサギの背後に下ろしてもらうと、すぐに距離を取るべく走る。同時にエリスが近づいて、地面に短剣をたたきつけ、音で注意を引きつける。
「クソッ……何なんだよありゃ」
「大丈夫?」
「に見えるか?」
余裕があれば、ポーレットのこめかみをグリグリしてやるところだが、それどころではない。
「アレがツインホーンラビットかよ」
「みたいですね。私もまさかあんなのだとは」
「情報不足すぎだな」
情報が秘匿されていたとは考えづらい。
「多分、普通に常設依頼として挑んだ冒険者もいたはずです」
「だろうな」
「で、返り討ちに遭って誰も情報を持ち帰っていないってところでしょうね」
ダンジョンに潜るのに比べれば、日帰りできる分、手間がかからないし、そこそこの金額設定がされていたから、常設依頼にしてはおいしい仕事。
だが、アレが相手だ。挑んだ連中が全員返り討ちになっているとしたら、情報が無いのもうなずける。
「国が主導して騎士団とか動かしていたら、あの情報が冒険者に流れてくる可能性は低いな」
「そうですね」
角以外を素材として持ち帰っても、全部騎士団などで消費してしまえば、市場に出回ることはないから、コレまた情報が出てこない事になる。
「最悪、撤退することも考える。アレを用意しておいてくれ」
「わかりました」
アレと言っても、特に珍しいものでは無い。ただ単に臭いと辛さがひどい草を袋詰めしただけのもの。これをぶつければさすがに逃げるだろうと言う、実に安直な代物だが、臭いがひどすぎてエリスが使えないという欠点もある。
さて、それは最終手段、逃げるときに使うとして、さて。
「電撃魔法が効かなかった……なぜ?わからん」
何らかの方法で、魔法を防いでいる?ならば、ホーンラビットの意識の向いていない方向から撃てばいいハズで、実際二発目は完全に背後に電気を発生させたのだが、効かなかった。
「何かある……絶対に」




