工房を造ろう
「おう、久しぶりだな」
「はい」
ヘルメスに来たときにいた衛兵だった。よく顔を覚えているものだと思ったが、それも仕事の内か。顔と名前を一致させるのに苦労するタイプのリョータには絶対に無理な仕事と言える。
「そうか、無事に冒険者になったんだな」
「はい」
「今日はどうしたんだ?」
「ちょっと街の外まで」
「そうか。冒険者証を見せてくれ」
「あ、ハイ、これです」
「ふむ……よし、いいぞ。戻って来るときも見せてくれ。通行料はかからない」
「わかりました」
ヘルメスで活動中、ということで毎回通行料を取ることはしないようだ。
「ああ、そうだ」
「はい?」
「例の賞金首、まだ捕まっていないからな。気をつけろよ」
「わかりました」
衛兵に見送られながら街の外へ。そうか、あの三人組はまだ捕まっていないのか。いきなり遭遇することはないだろうが、気をつけることにしよう。大丈夫、フラグじゃない、フラグじゃない。
街道を少し南に進んだところで西の森の中へ入る。少し進んだところに開けた場所があったので、すこし『作業』をしておく。
それから頭の中で周囲の地図を思い描いて歩き始める。まずは西に真っ直ぐ。森の中を歩くこと二時間。木々の間から大きな岩山が見えてきた。
さらに一時間で岩山に到着。そのまま岩山沿いに南へ向かう。
一時間程進んだところでようやく岩山の南端に到着。開けた場所があるので、そこで『作業』をする。さて、うまく行くだろうか……いや、大丈夫だろうとなぜか確信できている。
作業して出来た場所に立ち、魔力を流し込む。あるイメージが発生するが、そこにさらにイメージを追加すると……足下の『魔法陣』が輝き、視界が一瞬で切り替わり、ヘルメス近くの森の中――最初に作業した場所――に切り替わる。
「転移成功っと」
魔道具の本に書いてあったのは、『地面に設置する魔法陣を描くための塗料』の作り方。ホーンラビットの血といくつかの薬草を焼いて灰にした物を混ぜるだけ。あとは使うときに魔法陣を描いて魔力を流せばガラスのように固まる。そう、あのダンジョンの床のように。
では、魔法陣はどうやって描くのかというと、これもイメージである。どういう効果を持つか、ということをイメージしながら描き、そのイメージを込めて魔力を流せばよい。そこで、遠距離を転移する魔法陣を作ってみたのだが、思った通りうまく行った。ちなみに、『転移』する魔法ではあるが、遠距離を移動する魔法と言うことで土魔法に分類されていた。
この世界の魔法は火、水、風、土の四つに分類される。この全く知られていない転移魔法は『超高速&障害物を的確に回避する移動魔法』で、移動という位置を司る土魔法に分類されるらしい。では、ベテラン荷運び屋の持つような魔法袋はと言うと、重さという物を地面に引っ張る力――要するに重力だ――を低減するので土魔法。街と街の間でも通信できるという魔道具もあるが、こちらは遠くまで声を伝えると言うことで風魔法。分類の基準がイマイチわからないが。
それにしても誰もが捨てているホーンラビットの血を材料に使うとは。それに薬草も普段は捨てている部分も一緒に焼いて灰にしている。なかなかうまく行かなくて、インクを造るだけで十日かかってしまった。何となくだが、あの本は『魔法概論 基礎』を全部読んでからでないと理解がイマイチになる構成のようだ。
このインクの作り方を公開したら大変なことになるのは間違いない。いや、塗料程度ならいいのだが、他にも色々とやばいかも知れないものが多く書かれている。秘密を守るためにもこれからやることは重要だ。
魔法陣に乗り、もう一度魔力を流すと、岩山の麓へ転移。すぐそばにもう一つの魔法陣を描いておく。
「さて次は……」
岩山を見上げ、土の魔法の本を開く。イメージすれば大丈夫だが、『出来る』という確信を持つことも大事なので、その補助にする。
そう、確信だ。この本――魔道書――を書いたのがアレックス・ギルターと記されていたから出来る確信だ。
ラウアールは大陸の西岸にあり南北に長い国であるが、実は二百年程前まで王都ラウアールと最南端の街メレムの間には街は一つも無かった。正確に言うと魔の森を囲んでいる山脈がそのまま海岸まで続いているような山岳地帯だった。
その山岳地帯を二百年前に切り開いたのが当時の国王の三男ヘルメスとその妻ローザである。ヘルメスの名は言うまでも無く街の名として残っている。ちなみにローザの名はヘルメスよりも南にある街の名として残っている。山を切り開き、街を作り上げた功績を讃えてのものだが、実際にはヘルメスの街が出来上がる半年ほど前にヘルメス自身は病没し、妻のローザが引き継ぎ、二つの街を造ったという。
話がそれた。そして、その一大事業にて大きな役割を果たしたのが彼の部下の魔術師、アレックス・ギルターとその弟子達で、今でもラウアールの魔術師ギルドは彼の生涯について学ぶことが必須科目となっている、と言うことがガイドブックには書かれていた。
つまり、この魔道書は地形すら変えるほどの魔法を駆使した魔術師が書き残した物。それを手にしていればきっとこれからやることも『出来る』というイメージの補助になるだろう。
岩に手を当て、イメージを展開し、魔力を送り込む。しばらくすると頭の中に映像が浮かび上がってくる。ただの探知魔法で、この岩山が中までぎっしり隙間無く岩、と言うことがわかった。ま、スイカを叩いて中の具合を知るのと同じ原理だが。
登れそうな足場を探して登り始める。別に山頂まで登るわけじゃなく、十メートルも登ればよし。改めて岩に手をあててイメージを展開。魔力を送り込むと、イメージに合わせた形に岩がくりぬかれていく。くりぬかれた中に入り、さらに中を掘り進める。廊下を作り、海側の壁に窓を開けて通気口を確保。反対側にいくつかの部屋を作っていく。大まかに形が出来たところで、入り口を元の形に塞ぐ。これで、誰かが来てもここに気付くことはないだろう。それに、地面からも高いので簡単に見つかることもないだろう。
なお、くりぬいた部分がどこへ行ったのか、という疑問を持ってはいけない。魔道書にもそう書いてあったし。
ここまでに使った土魔法は『山を切り開いた魔法』を信じてイメージ化しているのだが、もう一つ、街と魔の森を隔てている壁もイメージの補助にしている。どう考えてもアレは魔法で造っているはずだ。
続いて、入り口に一番近い部屋に入ると、床に魔法陣を描く。出来上がったところで魔法陣に乗り、魔力を送り込むと……岩山の外――二つ目の魔法陣の上――に出た。
「とりあえず、出入り口はこんな所か」
あと少し作業をするので、もう一度中へ。一番奥に作った部屋に入ると、さらに奥に部屋を作る。そして、その部屋に魔法陣を展開。あの地下研究所にあったのと同じ、品質保持の魔法陣だ。水魔法らしいが……冷蔵庫?
壁に作った棚に二冊の魔道書を置き、さらに採ってきたばかりの薬草を数株置く。これで魔法陣がうまく機能することが確認できるはずだ。
外に出ると改めて岩山を見上げ、両手を上に突き上げて叫んでみる。
「俺の専用の秘密工房(仮)、完成!」
まだ色々と手を付けなければならないが、今日はこのくらい、と言うことで魔法陣に乗りヘルメスへ戻る。
さあ、これから忙しくなるぞ。




