街から逃げよう
「と言うことで、二、三日いるだけ。食いもんとか用意したら出て行くので」
「一つ!一つだけでもいいので!」
「ぐぎゃ」
「断る」
「話だけでも!」
「ぎゅぇっ」
「詐欺師みたいな話だな」
「詐欺じゃありません!ちゃんとした話です」
「ふぎゅぅ」
「騙そうとする奴はみんなそう言うんだ」
ポーレットを間に挟んで押しつぶし合いながらという、実りの無いやりとりを終えてギルドをあとにする。
本当にヤバイ、緊急の事案が発生したときに「街にいたと申告しなかった」とペナルティを科せられないようにするためだけに訪れたのにな。
「ま、待ってくださ……いぃぃぅ……」
「ポーレット、遅いぞ」
「身代わりにしておいてそれは無いんじゃ無いですか?」
「ははっ、お前ならなんとか脱出してくると信じてたぞ」
大して難しい話では無い。受付嬢に力一杯抱きすくめられたとしても、背負った荷物に触れた瞬間に荷物の重さが一気にのしかかる。当然バランスが崩れて倒れる。倒れれば、受付嬢は高い確率で荷物から離れるのでポーレットは起き上がれる。あとは逃げるだけ。うん、我ながら完璧な作戦がハマったな。
「塩漬けの依頼が溜まってるとか言ってたけど、そんなにここってひどいのか?」
「酒場にいた人たち、結構優秀そうでしたよね」
「まあ、それは……あの人達はユスナト派ですから」
「へ?」
「ああして昼間っから安い酒をあおって、場所を占有して、他の冒険者が依頼を受けようとすると睨みを効かせて妨害する、とまあ……どっちの支部でも起きてることですが」
睨む側睨まれる側、双方の実力はともかく、依頼を受けづらい空気を作り出せば、と言うわけか。
「不毛だな」
「そうですね。でも、ずっと続いてるんですよ」
「バカなのか?」
「利口だと思います?」
不幸中の幸いとでも言えばいいのか、何十年もの間、街が危機に陥るとか、人命に関わるような緊急の事案が無かったので、あまり大きな問題にはなっていないらしい。そして、商人の護衛とかそう言うのは、この街で受けることはほとんど無く、他の街で受けて往復の護衛契約になるものがほとんどで、依頼として出されることもほとんど無いのだそうだ。
「じゃ、塩漬けの依頼って何だよ」
「一応、魔の森の素材集めですね。ここでないと採れないってのはなかったと思いますが、鮮度が大事なものはありますから」
「ホーンラビットとか?」
「まあ、そうですね。ただ……」
「ただ?」
「この街の場合、魔の森の門の近くに素材の買い取り専門店が並んでますから、ギルドに頼らなくても困らないんです」
「ふーん」
特に何か用事があるわけでもないので、宿の部屋を確保したあとは魔の森の方へ行ってみる。路銀には困っていないが、ある程度の戦闘カンを鈍らせないためにもホーンラビット狩りでもしておこうと言うだけ。
「うーん……これはひどい」
「私もずいぶん久しぶりですが、ひどさに拍車がかかってますね」
魔の森で五羽ほど狩って戻ってきてみたら……飲み屋街の客引きを彷彿とさせるような光景が広がって……いや、降りかかってきた。
「イーリッジの方の店なんてダメだよ?あっちは買い取りで足下見るからな」
「おうおう!天下の往来で嘘を喧伝してるってのはお前か?」
「ああ?事実を言ってるだけだが?」
「そうだな。買取額は高めになってるよな?でもそのあとなぜか手数料を取る店があるって聞いたぜ?」
「それこそどこ情報だ?っての。そんなモグリみたいな店、ユスナト側にあるわけないだろ」
「あるんだよな、それが」
不毛。実に不毛な争いだな。
「ポーレット、どうにかしてくれ」
「ふふっ、やっぱり私は頼りになる女ですねっ!こっちです」
何か勘違い……ま、いいか。
「こちらの店なら!」
「ふーん」
魔の森からずいぶん歩いたが、まともに話が出来る店なら大丈夫だろう。
「いらっしゃいませ」
「ホーンラビットの買い取りを頼む」
「お、いいねぇ。こっちだ、ここに乗せてくれ」
「全部で五羽だが」
「ほう?中々いい感じじゃないか」
「それはどうも」
「ここも処理は完璧だな。あとは重さを量って……こんな感じだが」
「それでいいよ」
示された金額は特に何かということはなく、ごく普通の買い取り金額だった。
「ホイッと……名を聞いても?」
「リョータ、こっちはエリスで、こっちがポーレット」
「リョータにエリス、ポーレットか。腕のいい冒険者は大歓迎だ。何しろ独立派はまだまだ弱小で「失礼しました!」
慌てて店を出た。
「独立派の店じゃねえか!」
「いつの間にかそうなっていたなんて!」
「とりあえず、明日は買い物を済ませる!明後日には街を出よう!」
「「はいっ」」
全くひどい街だ。これ以上この街にいたらロクなことにならないと、出発の準備を急ぐことにする。
こういうときに限って定期馬車は出たばかりで次の出発は十日後。自分たちで歩いた方がいい。
「六日かかるって話だったけど途中の村にも寄るよね?一応三日分の食べ物は用意したよ」
「街道は特に問題なし。天気だけ少し心配ですが、長雨が続く季節でもないので特に心配は要らないかと」
二人とも優秀だな。荷物をまとめ、先に東側の門へ向かってもらい、冒険者ギルドへ出発の連絡だけ入れに行く。
「ええっ!この依頼をお願いしようと思っていたのに」
「お断りします。それでは」
「ちょっ!ちょっと待って!」
「イヤです」
「そこをなんとか」
「前にも言ったじゃないですか。ここは立ち寄っただけですって」
「うう……それはそうですけど」
「じゃ、そういうことで」
「いいんですか?」
「え?」
「こっちは強硬策に出ますよ?」
「……一応聞きますけど、どんな?」
「評価を下げて、ペナルティを科します」
「職権乱用だな」
「いいえ、これはギルドから冒険者への命令です」
さて、面倒なことを言い出したが……はあ。
「では早速「その前に」
「えっと……」
出鼻をくじき、流れをこっちに引き寄せよう。
「二つ、先に言わせてくれ」
「二つ……いいですよ。二つだけ」
「一つ目、俺たちがさっさと東へ進もうとしてるってのは言ったよな?あれ、某国の貴族からの直接依頼だから」
もちろん嘘である。が、貴族からの直接依頼など、ギルドが確認する術はない。
「本当に直接依頼なんですか?」
「疑うのは勝手ですけどね」
「……ここまでの記録、見せてもらいましたけど、結構長く滞在している街もありますよね?」
「依頼内容に関わるので詳細は言いたくないが、依頼内容の一部にその街でするべきことがあった。それだけ」
「むぐ」
「で、もう一つだが……あっちの冒険者にやらせろ!以上」
冒険者ギルドはどこもだいたい人手不足である。依頼に見合う実力の冒険者がいないというのは別に珍しいことではない。
そこそこ稼げる、つまり実力の伴っている冒険者は、色々と依頼を受けて飛び回っているのが普通。仲間が負傷してしばらく休むという事情があるときならともかく、依頼の手続き以外で冒険者ギルドにいることはないのが普通だろう。
つまり、ああしてたむろしている冒険者がどの程度のものか……お察し下さい、だな。
と言うことで、この街の冒険者ギルドが今後どういう運営をしていくか、と言うことに興味はないので放り出すどころか全力で投げ返してギルドをあとにする。




