実は報酬が安かった
リョータとエリスが解体を続ける理由は簡単。斬ったところにエリスが水を生成し、リョータがすぐに凍らせるという流れが出来ているから。魔法で水を作るのにまだ少し時間のかかるポーレットは卵割り……と言うか、卵斬り?をやってもらおう。
「行きますよ」
「ホントに大丈夫か?」
「大丈夫です……多分」
やや不安の残る台詞の後に「とお」という気合いの入らないかけ声。そして、
「ぎゃああああ!」
「ひぃぃぃ!」
「火を!火を放て!」
「う、動いたぁっ!」
どうやら中のヒナはそこそこ体が出来上がっていたようで、ちょっとしたパニックが起きていたが、すぐに首を落として片付けたらしい。
そう言えば東南アジアの方で、孵化する少し前の卵を使った料理があったような気がするが……まあ、やめておこう。
巣の片付けが終わる頃に解体も完了し、少し遅めの昼食として、ワイバーンの肉を焼いた。ただ焼いただけでも滋味たっぷりで、過去にワイバーンの肉を食べたことがあるというAランク冒険者たちも「鮮度がいいとこんなにうまいのか」と驚くほどだが、猟師二人が、噂に聞いた話だが、と追加情報を投下した。
「熟成させるともっとうまいぞ」
「マジですか」
厳格な温度管理をしながら数ヶ月と言うから、なかなか食べられない逸品だそうだ。
食べ終えたら解体したワイバーンをまとめていき、それぞれが背負う。
「ぐう……重いな」
「はひ……おもいです」
リョータもエリスもここまで重い物を運ぶのに慣れていないので足元が怪しい。
「もうちょっと右へ……はい。そんな感じで」
そんな二人を余所に、あり得ないほどに積み上げた物を背負っているのがポーレットであるが、これはこれで目の錯覚にしか見えない絵面になっている。
「迎えはこっちの方から来る。足元に気をつけろ。木の根っこが多いからな」
「はい」
「何、ゆっくり行けば良い。明日の朝には合流出来るさ」
ちなみに夕食もワイバーンの焼き肉だった。
翌朝、歩き始めてすぐに麓の村から来た荷物運び応援と合流できた。
「こりゃ、大物だな」
「こんなのがいたんじゃ、獣はみんな逃げちまうわな」
原因がわかり、それも取り除かれたとなれば表情も明るくなる。
「おう、急いで運ぶぞ」
「そっち持て!」
「せーの!ほいっと」
ここまで背負ってきた荷物が半分以下になれば足取りも軽くなる。夕方には村につけるのでは?と言う話だった。
「私の荷物が減ってないんですが」
「下手に触って荷を崩すよりそのままの方がいいだろ」
「それはそうですが、か弱いレディを思いやる気持ちというのが……って、聞いてないし!」
いちいち聞いていたらキリがないのでスルーだ。
「ところでリョータたちはワイバーンの素材、どこをもらうんだ?」
「素材ですか」
「おう。なんせ討伐したのお前ら三人だけだからな。俺たちがしたのって荷物持ちくらいだし」
「ふむ」
視線を感じそちらを見ると、エリスが期待した目で……訴えている。肉を確保して欲しいという目だな。ポーレットは……いいか。
「尻尾と翼、あとは牙くらいかな」
「ほほう?尻尾か」
「エリスが尻尾の肉を気に入ったので」
「ああ、確かにうまいもんな」
そして、村に着いたら着いたでこれまた歓迎された。山の異変が落ち着いたというのは村にとって朗報だからだ。さすがにワイバーンの肉は振る舞われなかったが、山の幸をふんだんに使った料理は、街では食べられない味わいで、特にポーレットが気に入ったようだった。
「エルフって、山菜が好きなのかね?」
「どうなんでしょうね?」
仮にそうだとしても、アレは違うだろうなと言う表情で口いっぱいに頬張っている姿を見て思う。いい歳して口いっぱいに頬張るとかやめろよと言いたいが、うまいから仕方ないか。
そして連絡が行き届いていたらしく、日付が変わる少し前の深夜にギルドが手配した馬車が到着。翌朝、日の出と共に出発してミスローへ向かう。
「リョータさんが氷魔法を使えて大助かりです」
「それはどうも……はい」
「その分は報酬に上乗せしますので!」
「はは……」
山を下りるときからずっと冷やし続けているお陰でワイバーンの状態は非常に良いらしく、間違いなく高値で取り引きされると太鼓判。そして、リョータたちが希望する素材も問題なくもらえる事になった。
「罪悪感がなあ……」
「ところでリョータ、大事な話が」
「何だ、ポーレット」
「今回の報酬は借金返済に充てられますよね?」
「そうするけど……実はそれほどもらえないぞ?」
「え?」
今回の依頼、Aランク冒険者まで集められた上に、原因がワイバーンだったので派手に聞こえるが、実のところミスローにいた冒険者である程度まとまった人数の冒険者がこの二組とリョータたちだけだったと言うだけで、ギルドの基準通りに報酬を計算して人数で割ると小銀貨二、三枚。ワイバーン討伐で色がつくようだが、たかが知れているだろう。
「ワイバーンの素材の買い取りが!」
「無いぞ」
「え?」
ホレ見てみろと、今回の依頼について書かれた依頼票を見せる。
「あ……」
この依頼で討伐した魔物等があった場合、素材はギルドで引き取り、村の原状回復のための費用に充てる物とし、報酬への上乗せはない。
「致命的ミス!」
「だな」
金にうるさいポーレットだが今回の依頼を受けるにあたり、「大したことは無いでしょうから」とこの条項に異を唱えなかった。この手の山や森の調査依頼は実のところ珍しい物ではなく、調べてみたら実は、というしょうもないものだったことが多いため、今回もそうだろうと高をくくっていたのだ。
「ま、ワイバーンの肉なんてのが食えたからいいと思うけどな」
「しかもまだ尻尾もあるなんて!楽しみ!」
「はう……」
「そんなポーレットに朗報だ」
「え?!」
表情がコロコロ変わって面白いな。
「あまり大っぴらにするつもりはないが、ワイバーンの血で色々作れる」
「色々、ですか」
「詳しくは工房に戻ってからだけどな」
「ふむふむ」
「尻尾を解凍して出てきた血だけでもそれなりの物は作れるはず」
「つまり!」
「それを売れば、収入的には何の問題も無いんだよ」
「良かった!」
うんうん、エルフの血の混じった整った顔が、笑顔になると絵になるな。だが甘いぞ。
「だが一つ問題が」
「大丈夫です。その程度の問題、どうって事無いですよ」
「聞けよ……その収入って、お前の返済に充てられないんだが」
「へ?」
「素材自体買い取るわけでもなく、そこから何を作るにしても俺が作るわけで」
「あ……あ……」
「それを売るのをポーレットがやったとしてもな……借金奴隷の業務の一環だからな……」
「はう……」
「あははは……」
「ぶう、エリスは良いですよ。借金がないですから」
「それはそうだけど……あはは」
なぜそこでエリスを引き合いに出すかね?
「まあ、それはそう言うことで仕方ない」
「仕方ない、で済ませるにはちょっと重い話ですけど」
「先は長いんだ、気にするな。それよりも」
「それよりも?」
「魔法、上手くなってきてるよな」
「え?あ、はい。何とか」
まだ少し溜めに時間がかかるが、それでもワイバーン戦で凍らせるための水をどうにか作り出せるとはずいぶん成長した物だ。
「ひと月前のお前からは信じられないだろ?」
「そうですね」
「私も頑張るから、一緒に頑張ろう?」
「はあ……はい」
苦手意識を持ったままで数十年生きてきたところに「つべこべ言わずにやれ」というのは酷かも知れないが……まあ、役に立つのだからいいだろう?




