異変の源
さて、歩きながらもう少し確認しておくか。
「エリス、何の臭いだと思う?」
「うーん、さっきも言ったけど、肉の腐った臭い」
「肉、ねえ……何の肉かな」
「はっきりとはわからないけど、これは……猪?熊?狼?」
「山にいる動物の肉ってこと?」
「多分」
「ほう、そんなことまでわかるのかい?」
「スゲえな」
エリスは漂っている腐った肉の臭いからそう判断しているだけだが、それでも見えない位置にあるものをほぼ正確に言い当てる能力はすごいと、同行している九人も感心している。
「猪や熊だとして……なんで肉が腐ってんだ?」
「そうだよな」
「肉が腐るってことは……殺して放置している?」
「ちょっと考えられんな」
狼や熊は山の動物を捕まえて食べる。だが、狩るだけ狩って放置することはまずあり得ない。では何らかの事故で動物が負傷し、そのまま死んだ場合は?狼や熊、あるいは他の小型肉食動物がやって来て処理するだろう。それが処理されていないと言うことはどういうことだろうか?
「可能性その一、高くて険しい崖なんかがあって、他の動物が近寄れない」
「そう言う場所はこの辺にはないな」
「魔の森の方へ向かうとあるらしいけどな」
ベテラン猟師二人に否定されたな。
「可能性その二、仕留めた獲物を取られまいと護っている何かがいる」
「ありそうだけど」
「護っている何かって何だ?」
「そもそも、何故食わずに護るんだ?」
こちらはベテラン冒険者勢の疑問に答えられる材料がない。
「もうそろそろ着くぞ」
「少し声を抑えようか」
臭いの発生源らしい窪地まであと少し。何があるかわからないので会話は控える。まあ、既に気付かれている可能性もあるが、それはそれだ。
「近くだとより一層」
「臭いねえ」
小声で文句を言いながらベテラン冒険者勢から斥候が二人、窪地の中が見えるあと一歩まで近づき、身を隠せそうな岩の影から覗き込む。
「うわあ」
「何だありゃ」
とりあえずの危険はなさそうだという合図で全員が近づく。
「いや、ホントに何だよアレは」
全員の疑問を代表した誰かの台詞に、リョータたちは、ちょっとだけ困惑していた。
その窪地は直径五十メートルほど。猟師たちは「俺のじいさんがガキの頃にはあったらしい」と言うから、もともとこういう地形なのだろう。ゴツゴツとした岩が多く、所々に草が生えていて見通しは良い。大雨でも降ったら水没しそうだが、何カ所か穴があってそこから水が流れるらしく、大きな水たまり程度しか見たことがないらしい。
そんな窪地の真ん中に、たくさんの木が積み上げられており、その積み上げられた真ん中に大きな丸い物。その周囲に完全に腐っているとしか言いようのない動物の死体が置かれている。どちらかというと、積み上げた死体の上に丸い物が置かれていると言った方がいいだろうか。
「うえっ、ひでえ臭いだな」
「あの死体から臭ってんのか」
「あの辺、完全に腐ってるぞ」
「うえええ……」
臭いの元凶はわかったが、これは何だろうかと、近づき始めるのを見るリョータたち三人には思い当たる物があった。
「これ……アレか?」
「アレっぽいですね」
「リョータ」
「ん?」
「タワーマウンテンの時にあった、嗅いだことの無い臭いと同じ臭いがする」
「そうか」
タワーマウンテンに積み上げられていた木と見た目はほぼ同じ。そして、正体不明だが、同じ臭い。つまりこれはタワーマウンテンにあった物と同じ物がここにあると言うことか?
「タイミング的には俺たちが吹き飛ばしたあとにここに積まれたって感じか?」
「みたいですねえ」
「でも、誰がこんなところに積んだのかしら?」
「うーん……そこなんだよな。なあ、この木って、魔の森の木?」
「違いますね。この山のどこかから持ってきたと思います」
木の種類の見分けなんてリョータには出来ないが、エリスには出来るらしい。ホント、出来る子だよ。
「と言うことは、ここにこれを積んだ誰かさんは、手近にある木を根っこごと引き抜いてこんな高いところに積み上げるという変わった趣味を持っていると」
「オマケに動物を積んでその上に丸い物を置く……リョータ、一ついいですか?」
「ポーレット、却下する」
「酷いです!」
言われずともわかる。そんなことが出来るのは……魔物だ。それも当然だが空を飛べて、木を持ち上げるくらい造作のない……多分でかい魔物だ。
「そう言う魔物の心当たりは?」
「いくつかあります。魔の森の奥では見かけることもあると」
「フム」
「でも、歩いて三日とかかかる奥の方ですよ?ましてやここ、魔の森の外じゃないですか」
「あんな木を持ち上げて空を飛べる魔物に、距離とか関係あるか?」
ゆっくりと近づいていたら、不意にエリスが足を止めた。
「リョータ、あの臭いが来ます!」
「マジか?」
「あっち!」
見上げたそちらに……えー、マジですか。
「何かが来ている!あっちだ!」
「え?」
「何だ?」
「げ……マジか」
さすがベテラン冒険者。まだ小さな影しか見えないのに正体がわかったようだ。
「もしかしてこれ……ワイバーンの巣か?!」
「クソッ……おい!二頭いるぞ!」
「大きさが少し違うな……番か!」
ワイバーン。
ファンタジーの定番モンスターだな。
見た目としては、前足のないドラゴンと言った感じ。作品によって違いがあって、ドラゴンの一種という扱いの場合もあるし、ドラゴンに似てるけど別物という扱いの場合もある。そして、いずれの場合でも……結構強い。ドラゴンより強いかどうかはまた色々あるんだが……ドラゴンより弱いとしても、結構な強さのハズだよな。
「番?!」
「まさか、あの丸いのって」
「卵か!」
つまりアレか……あの二頭が交尾して産卵しようとしてタワーマウンテンに巣を作ったが……俺たちが執拗に吹き飛ばし続けたわけで。
「仕方なくここへ巣を作りに……」
「言うな!」
ポーレットを黙らせつつ、とにかくどうにかしなければ……情報が足りなすぎる。
「ポーレット、ワイバーンについて知ってることを」
「えっと……空を飛びます」
「見りゃわかる」
「小回り性能だけ見ればドラゴン以上」
「ほう」
「あと小規模ですがブレス。あと、尻尾の先のトゲに毒。知ってるのはそのくらいです」
「了解」
ドラゴンを相手取る想定で電撃を食らわせて……と言う流れか?多少は傷をつけてからにした方が良さそうだがと考え始めたところで、ベテラン勢からとんでもない意見が飛び出した。
「そっちの獣人、エリスだっけ?」
「はい?」
「今すぐ近くの村へ向かってくれ、そこから冒険者ギルドへ連絡が出来るはずだ!ワイバーン相手じゃ手が足りない!」
え?どう言う意味?
「エリスを向かわせるって?」
「この中で一番足が速いだろ」
「俺たちは?」
「可能な限り足止めだ!」
それ……死ぬこと前提だよな?
冗談じゃない。なんで死ぬこと前提で動くんだよ。そりゃ確かに、街から戦力を集めて対応すれば、という意見はわかる。だが……死ぬ以外の道がない選択は無しだ。
「エリス、やるぞ!」
「うん!」
「おい!待て!何をするつもりだ!」
ここでこれ以上の問答をするつもりはないので無視。
「とりあえず両方に電撃を撃ってみる。動きが鈍ったら翼を斬れ!」
「まかせて!」
トントンッと足場を作って数メートルの高さまで駆け上がっていった。あっちは任せても大丈夫だな。
「ポーレットは荷物を下ろせ」
「へ?」
「重くないと言っても荷物が無い方が動きやすいだろ」
「それはまあ……って、私も戦う前提?!」
「お前の短剣だって、ちゃんと狙えばドラゴンの皮も斬れるんだぞ」
「私の実戦経験、ホーンラビットから一気にワイバーン?!」
「そうか……」
「え?」
「俺も一気にドラゴンだったなー」
「一緒にしないで欲しいです!」




