どこかにある部屋
「さてと……」
ダンジョンに到着したところで、ランタンに火を点けて中に入る。思ったよりもランタンが明るく室内を照らしてくれた。結構いい買い物してるかもな。
床の模様を観察すると、いくつかの円が綺麗に同心円を作り、その間にいろいろな模様が描かれている。見た目は本当に、アニメやゲームで見かけるような魔法陣という感じ。
魔法陣の模様――もしかしたら文字なのかも知れないが――の意味はわからないが、その模様から『あるイメージ』が伝わってきていた。
上空三千メートルに移動させる
こんな強いイメージを発している魔法陣だ、魔力を注ぎ込んだらイメージが上書きされて、上空に飛ばされるのも無理はないな。
では奥の部屋はどうだろうかと奥へ向かう。ランタンで床の模様を確認すると最初の部屋とは明らかに違う模様が描かれている。ではその『イメージ』は何か。
地下研究所に移動させる
「……研究所?」
何度も模様を確認したが、そこから伝わってくるイメージは「地下の研究所」だった。
「どういうことだ?」
地下に研究所?気にするなという方が無理だろう。
「行くか……」
荷物を確認する。ランタンよし、バッグは背負っている。短剣は……そのままでいいか。
「よし」
水の魔法をイメージし、魔力を流し込む。グンッと魔力が引き出される感覚と共にふわっと宙に浮いた感覚。しかし、今度はすぐに着地した。
着いたところは真っ暗な部屋だった。ランタンがなかったら完全な闇だったと、自身の準備を自画自賛しておく。正面に通路がある他は何もない小さな部屋。足下には昨日送り込んだ枝が落ちている。そして床は石造りの床だが、リョータのいるところから数メートル離れたところの床には、魔法陣が刻まれているのが見える。魔法陣をランタンで照らし、全体を見たイメージは……
「外へ出る、か。戻る手段が無かったらどうしようかと思ったけど」
念のため、木の枝を魔法陣の上に置いて魔力を送り込むと、枝が消える。問題なく動作するようだ。
そして壁の中央から延びる通路を確認。ランタンの明かりで見える範囲は石で作られた通路で、左右に二つずつドアが見える。
人や魔物の気配はないが、慎重に歩き始める。
「イメージだと研究所だったよな……ここが?」
金属で出来たなかなか立派なドアの前で立ち止まる。まずは右側のドアノブに手を伸ばす。
「罠とかありませんように」
あの神に祈るのも癪だが、少しだけ祈ってノブを回す。
「重くて回らない……」
長いこと放置されていたせいだろうが、ここまで回らないとは。
「そうか、魔法だ」
魔法は物理現象に干渉する。つまり、この固まってしまったドアノブや蝶つがいに干渉し、摩擦を減らすとか出来ないだろうか。
中の構造はわからないので、とりあえずスプレー式の潤滑油を思い浮かべながら魔力をドアノブに流すと、ガチャリと言う音がしてドアが開いた。
「魔法って便利だな」
中をのぞくと、残念ながらほぼ空っぽの部屋だった。
続いて反対側の部屋も同じようにドアを開けて確認。同じく空っぽ。中央にテーブルがあり、壁に棚があるが、何も見当たらない。
さらに進み、次のドアへ。同じように右側左側。空っぽだった。
「何かの作業部屋とか保管庫とかそういう感じに使っていたのか?で、何らかの理由でここを去ることになって片付けていったとかそんな感じかな?」
そして、ランタンの明かりに照らされた正面には少し大きめのドアがあった。
「さて、ここはどうかな?」
ドアノブに手を伸ばし、ガチャリ、と開ける。
「お?」
ここは魔法を使わずにスッと開いた。そして、ここも空っぽかと思ったら、意外にもそうではなかった。
飾り気はなく、実用性重視の大きな机と椅子。それだけなら今までの部屋と大差ないのだが、壁の棚には何冊もの本が置かれている。埋め尽くす程ではないので、適当に置かれているだけだが。
中へ入り、ランタンを机の上に置き、棚の本を一冊手に取り、ランタンの明かりの下、表紙の文字を読む。
「『魔法概論 火の魔法一』……魔法についての研究書?」
適当に開いて中を見る。手書きの紙をそろえて紐を通して作った、手作り感満載の本だが、その内容は……
「火の魔法の効果、基本的な呪文、効果を上げるための方法論……か?」
棚の本を数冊手に取りランタンの下へ。
「『魔法概論 基礎』」
中を見ると……
「魔法は……イメージで発動する。呪文はその補助であり、イメージを支えるという意味では呪文の内容は自由である……だと?」
魔法大全に書かれていた理論に近い内容。これを書いた人物は、『魔法の本当』にかなり近づいていたと言って良さそうだ。
本を一通り眺めてみると、基礎の他、火・水・風・土のいわゆる四属性の魔法について三冊ずつ、魔物についての記載の多い、いわば魔物図鑑のような本が四冊、そして魔道具の作り方について書かれた本が三冊の二十冊となっていた。
「結構昔からあるみたいだけど、本の保存状態が良いな……ん?」
床を見ると大きく魔法陣が描かれている。イメージは……
「品質保持?うーん、劣化を防ぐとかそういう感じの効果だな。それに空気中の魔素から魔力を作るような模様というか、そう言う効果、かな?」
正確なところはわからないが、そう言うイメージが伝わってくると言うことは、この魔法陣のおかげで本は保存されていたと言うことなのだろう。そして、ついでにドアも。
「で、魔道具の作り方、か……」
一番興味を引かれたのはこれ。早速開いてみる。
異世界ガイドブックには魔道具、つまり魔剣のような武器や見た目よりも物が多く入る袋なんかはダンジョンで手に入る、と書かれていた。ダンジョンで見つかる理由は単純で、志半ばで倒れた冒険者の装備や捨てざるを得なかった道具類が、濃厚な魔素に晒されることで魔力を帯びて魔道具になるのだという。ダンジョンの魔素は魔の森よりも濃いために、そう言うことが起きるのだそうだ。
だが、この本はそれを人工的に作り出す方法を書いてある。
「うーん……試したい!」
パラパラとめくったところでは「ドラゴンの皮」とか「コカトリスの爪」と言った冒険者が会いたくない魔物ランキングで上位にランクインしそうな魔物の素材を使う物もあるが、いくつかは今でも入手できる材料で作れそうだ。
だが、ここで作るのはちょっと避けたい。
そもそもここがどこかわからないし、換気がどうなっているかわからないので、正直なところランタンの火を点けっぱなしと言うのも危険だ。
つまり、これらの本を保管でき、さらに魔道具を作って試すための場所を用意したい。出来れば近場で。だが、どこにそんな場所があるだろうか?
冒険者ギルドで寝泊まりしている部屋は、いつ「部屋を変えてくれ」と言われてもおかしくないし、こんな本を大量に保管できるような棚もない。では、街でどこか部屋を借りるとしても、良さそうな物件探しにも時間がかかりそうだし、先立つものもそれほど多いわけではない。
となると、街の外にこっそり作るしかないか……?
とりあえず魔道具の本をパラパラとめくり、『ある物』の作り方がないか探し、材料を確認。見覚えのある物ばかりの上、作り方も簡単そうだ。さらに別の本をパラパラとめくり、『ある魔法』を探す。これも、多分大丈夫。
見つけた二冊だけをバッグに詰めて、部屋を出る。通路を抜けて最初の部屋へ行き、魔法陣の上に立ち、水の魔法を発動させる。
「……出られたな」
無事にダンジョンの外に出たところで改めて魔道具の本を確認。この辺にある物で今のリョータでも材料が集められることを確認すると、最初の材料、ホーンラビットを探して歩き始めた。




