気力を奮い立たせよう
八日目。順調に登ってきたのだが、昼過ぎに面倒な事が起きた。
「これ……何?」
「私も見たことありませんよ」
「ここが頂上ってことは?」
「ありませんね」
道全体を覆い隠すかのようにたくさんの木が積み上げられているのはポーレットも予想していなかったようだ。思わず上を見上げてみたが、上から木が枯れて落ちてきたようには見えない。
「うーん。根っこがついた木もあれば、途中で折れてるような木もあるな」
「下の方は太い木が多いですね」
「エリス、なんか変な臭いとかは?」
「んー、変な臭いと言われても」
「だよなあ」
エリスがわかるのは嗅いだことのある臭いだけ。嗅いだことの無い臭いがあったとしてもそれがなんなのかはわからない。
「でも、ちょっと変と言えば」
「ん?」
「ホーンラビットの臭いがするよ」
「え?そんな……だって、この高さですよ?」
「うん……だけど、この辺とかこの辺とか」
ポーレットがまさかそんなことはと言うが、エリスはあちこちから臭いがすると主張する。
「ポーレット、ホーンラビットはこんな高いところには?」
「いません」
「すると可能性としては……一、誰かがホーンラビットを低いところで狩り、肉やら毛皮を持ってきてこの近くで捨てた。臭いは残ったが、捨てたものは風にでも吹かれて真っ逆さま」
「ちょっとそれはないかな」
「どうして?」
「血の臭いはしないので」
「なるほど。可能性二、鳥の魔物がホーンラビットを捕まえてここまで運んできた」
「その場合も血の臭いがするはずですよね」
「だな。じゃあ、あとは何が考えられる?」
リョータの問いに二人とも首を傾げる。
「何も思いつかないか」
「はい」
「すみません」
謝られても困るな。
「じゃあ、ちょっとだけ意見を聞きたいが……このフチギリギリのところ、安全に歩く自信あるか?」
「ちょっと危ないかも」
「間違いなく荷車と一緒に落ちる自信があります!」
「よしわかった」
安全のため、積み上がった木々から距離を取り、魔法の構築にかかる。
イメージするのはこの木を吹き飛ばす強風。幸いなことに超大型台風だとかアメリカ各地で住宅を吹き飛ばすような竜巻と言ったような、強風のイメージには事欠かない。あとはその通りに発動させればいいだけ。
「暴風!」
ズドンと言う破裂音と共に風が吹き荒れ、木々を吹き飛ばす。
「もう一発!さらにもう一発!」
魔法三回でほぼすべて吹き飛び、安全に歩けるようになった。念のため吹き飛ばした木々の方を見たが、街の方向とはズレており、ポーレットによると「そっちへ行くようなもの好きは多分いない」と言うことなので、気にしないことにした。同じ木が密集している、文字通り森の方角だから、いきなり空から木が降ってきても、森の木に引っかかるだろう。
「よーし、行くぞ」
「はいっ」
エリスが元気よく先頭を進み、そのあとにポーレットが続く。
「相変わらず非常識な魔法ですね」
「そうか?」
「風の魔法……うーん、あんな突風を起こすような魔法、見たことがないんですけどね」
「まあ、そういうものだと思ってくれ」
九日目。昼過ぎ頃から明らかに三人の足取りが重くなってきた。疲れを残さないように日が沈むより前に休憩に入り、たっぷり休めるようにしているので、体は疲れていないが、精神的な疲労が蓄積してきているといった感じ。理由はとてもわかりやすい。
ずっと地面が斜めだから。
歩いているときはともかく、休んでいるときも地面が斜めというのが結構キツい。ポーレットによると、冒険者の中には木で組んだハンモックのような物を持ち込んで擬似的に平らなところに寝られるような寝台を作り、交代で休む者もいるそうだ。しかしこれがまた、かなり大がかりになるので三人で持ち運ぶには嵩張りすぎる。
そしてもう一つの理由が、食事。どうしても食事のバリエーションが保存食オンリーになりがちで、長旅の経験が少ないリョータとエリスはもとより、ここ最近はほとんど街を動いていなかったポーレットも堪えている。いくらトカゲや鳥を捕まえて食べていると言っても、ずっと同じだと飽きが来るというか……結構捌くのが面倒なのだ。
「ふう……さてと、これだとマズいよな」
「……」
リョータの呟きに二人とも視線をチラと向ける以上の返事がないが、仕方ない。なんとか気力を振り絞って、荷車の中をゴソゴソと漁る。
「これはどうだ……お、いいな。こっちは……いけそうだ」
「リョータ?」
「休んでていいぞ」
「うん……」
鼻の良いエリスはすぐに気付いたようだ。ほぼ新鮮なままの状態の肉の匂いと、どこか甘酸っぱい香りに。
登る前に工房にこもって作ったのが、保存の魔法陣をつけた保存箱。今までも袋版は何かと便利に使っていたのだが、どうしてもクリア出来ないのが温度・湿度の変化。つまり、短時間なら良いが、数日間外を歩き回るときに生肉を運ぶのはちとマズいということで改良版を作ってみたわけだ。苦労したのは箱の密閉性と断熱性。加工精度をギリギリまで求めるのは、素人のリョータには厳しいし、明確に断熱材と呼ばれるような素材もこの世界にはない。結局、温度維持の魔法陣と空気の移動を可能な限り阻害する魔法陣を組み合わせてみたのだが、魔法陣の影響範囲が小さすぎて、ランドセルくらいの大きさ一個を用意するのが精々だった。
「これに香辛料を振りかけて、味が染み込むのを待つ……間に!」
もう一つ、これまた色々と魔法陣を書き込んだガラス瓶を出して蓋を開けると酸っぱい香りと白い泡。
「やってみると意外に出来るもんだな」
「リョータ、それは何?」
「パン酵母」
「酵母?」
「エリス、やってみる?」
「うん!」
気晴らしにもなるだろうからやらせてみるか。小麦粉を出して水と混ぜて酵母も混ぜてこねこね。あとは熟成発酵だな。
「続きは明日の晩にしよう」
「これでパンが出来るの?」
「多分……そして、その間に肉を!」
「うん!」
「適当に切って串に刺して……焼く!」
何だかんだで二時間ほどかかってしまったが、良い香りのする作業だったせいもあってかエリスは元気になった。ついでにポーレットも、「いい匂いがします……」と言いながらズリズリと這ってくる程度には回復した……お前はもう少し頑張れよ。
「と言うことで熱々の肉!いただきます!」
「いただきます!」
「ます」
すっかりリョータの習慣が身についたエリスと、なんだかわからないけどそれっぽい言葉を発するポーレットと共にかぶりつく。
肉はかなり高めの肉なので、噛んだ瞬間の肉汁がたまらん。歯ごたえも最高だ。
「うまい!」
「ふあい」
「れふねへえ」
「お前ら、口の中にもの入れたまま喋るなよ」
だが、これでなんとか気力を持ち直せた……かな?
十日目、昼前。また木が大量に積み重なっているところにさしかかった。位置的には前回のところのほぼ真上くらいか。
「やっぱ上から降ってきたとか?」
「んー、私も聞いたこと無いですねぇ」
「最近起こる現象だったり?」
「その辺も聞いていましたけど、特には」
「でも、情報は金になるからな。こう言う情報が欲しかったら出すもん出せ、とかじゃないのか?」
「木が積み上がってて通りにくいなんて、隠して得する情報じゃないですよ」
何にしても通行の邪魔だからな。吹き飛ばしておこう。
夕方、野営地を決めてからパン焼きにかかる。と言っても窯が有るわけではないので、でかい鍋に突っ込んで火にかけるという雑な焼き方しか出来ないけど。




