いざ本番
ポーレットの奴隷紋には日付は刻まれないが、主人の名前は刻まれている。
「なるほど。五年も前にポーターの予約をしておくというのはさすがにあり得ないな。それに、リョータがこの街に来たのはつい先日。同行していたポーレットが主人の許可無く誰かと契約することもあり得ないか」
もちろん、借金奴隷に「自由に稼いでこい。稼いだ分だけ返済に充ててやる」という指示を出すことはあるし、実際にポーレットはそうやって働いていたが、こうしてはるばる一緒に移動しているのにそう言う指示を出すのも少し不自然だろう。
「そうだな、君たちの言い分を聞こうか」
「ありがとうございます。えっと、まずは……」
話の通じる人っぽくて助かると思いながら、経緯を話す。と言っても、「絡まれました、以上」しかないんだけど。
「なるほど……うん、わかった」
「えーと?」
「話はこれでおしまい。三人とも手間をかけて済まなかったね」
「帰ってもいいと?」
「もちろん」
一応理由を教えてくれた。
衛兵へ通報があった以上は取り調べをしなければならない。これは規則となっている。とは言え、通報があったからと言って誰でも構わずに引っ張ってくるわけではない。衛兵だって暇では無いのだ。だが、ダドリたちは素行が良いとは言えないものの、この街で長く活動している冒険者。それなりに顔が広いのと、タワーマウンテンでつるされていたという話もどこかから流れてきていたため、正式な通報として受理した。そして、受理した以上は取り調べを、となるために報告が上に上がり……
「ポーレットはともかく、リョータとエリスを取り調べるとか、普通にあり得ないと、ある筋から言われてねぇ」
「あり得ない……ですか?」
「君たちはもう少し、自分たちが有名人だと言うことを自覚した方がいいよ」
「それなりに自覚はしてますけど」
「いくつかの冒険者ギルドの支部に匿名希望のSランク冒険者、それに目ざとい商人なんかが君たちについて色々と情報を流していてね」
「情報って……ええ」
「ま、噂程度だから、有名税だと思ってくれ。それに、それら噂はキチンと裏付けもあったりするから信憑性は非常に高い」
「信憑性もそうですけど、噂の内容が気になります」
「簡単だよ。あの二人は実に誠実で、正直。だがその一方で、戦闘力が高く、Sランク冒険者に匹敵どころか上回るかもしれん、だってさ」
思わず椅子からずり落ちそうになった。評価が高すぎというか、なんかもう……アレだな。うん、アレだ。
「と言うことで、手間をかけて済まなかったね」
「いえ。それではこれで……っと、そうなると……またダドリたちに絡まれるのか」
「ああ、心配要らないよ」
「え?」
「通報内容の裏付けとして、事情聴取したら、犯罪行為の証拠が出てきてねえ」
「うわあ」
「短くても十年の犯罪奴隷、かな」
「わかりました」
さて、これで心置きなくタワーマウンテンに挑めるようになったな。
一度宿に戻り、買い出し品のメモを手に店を見て回る。
「次はあの店です。果物の扱いではこの街では一二を争う名店。ドライフルーツを買い込んでおきましょう」
「はい」
エリスとポーレットが買い物をしているのをみながら、ふと近くに置かれた果物が目に入った。
「リンゴか」
「お、そのリンゴかい?今が旬のヤツで、多分これ以上安い店はないぜ?」
「ふーん……あ、そうか。リンゴだ」
「お?」
「決めた。そのリンゴ、買うよ!」
リョータが店員からリンゴを買っているとポーレットが戻ってきた。
「あの、そんなの買い込んでもダメになっちゃいますよ?」
「大丈夫だ」
「え?」
「登り始めた頃に食べるんですか?それにしては量が少ないような?」
確かに三人で食べるのにリンゴ二個は少ないだろう。
「ちょいと思いついたことがある。二人とも買い物をしておいてくれ」
「リョータはどこへ?」
「あといくつか買ったら工房へ行く。夕方には戻るから」
「わかりました」
うまく行くかどうかはちょっとした賭けだが、各種魔法陣を組み合わせてやればきっと大丈夫だと、元来た道を走り出した。ここに来るまでの間に見つけた物を買い揃えに。
「では出発!」
「はいっ!」
「はあ……はい」
約一名、覇気の無い返事だな。
「ポーレット、具合でも悪いのか?」
「いえ、体調は万全です」
「なら、どうした?」
「この格好で元気出せと言われても」
まあ、荷車引いてるからな。
「安心しろ」
「え?」
「誰も気にしないから」
「そう……ですね」
諦めて歩き始めるポーレットを先頭に魔の森へ。そしてそのままタワーマウンテンへ向かい、登り始める。
ポーレットのアドバイス通り、ややゆっくり目に歩いて行くので、時折他のパーティに追い越される他、降りてくる冒険者たちとも当然すれ違う。そして、有名人であるポーレットにかけられる言葉。
「とうとう馬になったか」
「その発想はなかった」
「次に組むときはそれで頼むわ」
あはははは、と笑いながら手を振り応えるポーレットに優しい言葉もかけておく。
「人気者だな」
「どうも……はは」
こうして前回よりもやや遅いペースで登っていくが、余計な邪魔が入らない分スイスイと進め、ほぼ前回と同じくらいの位置で野営をしながら登っていけるのはなんとも不思議だ。
そして三日目。いよいよ登ったことのない領域へ入っていく。
こうして五日目の昼の休憩。
「結構大変ですね」
「まあ、ある程度は予想していたけどな」
タワーマウンテンでよく見かけるというハネトカゲに何度か襲われたのだが、これがまた面倒な相手だった。トカゲそのものは尻尾を除いて五十センチほどと、地球ではでかい方だが、魔の森では小さい方のサイズだし、毒が有るわけでもなく、動きもそれほど速いわけではない。だが、タワーマウンテンの岩壁に開いた巣穴から飛び出し、前足と胴体の間にある皮膜を広げて滑空してくるので、斬りかかるタイミングが読みづらい上、ポーレットの引っ張る荷車にも降りてくる。そして、荷車にトカゲが降りると、重さが復活し、ポーレットが引きずられて降りて行ってしまう。かと言って、後ろに回り込んで荷車を支えても意味はない。周囲を警戒しながら、荷車に飛びつきそうなのを優先的に叩き落としていくしかない。
「ま、今のところは問題なしとしておこう」
「改善の余地がありすぎですけど」
「心配するな。今回登って材料が全部揃ったら二度と登らないからな」
「まあ、そうかも知れませんけど」
街道でも同じように引っ張る羽目になりそうなのが怖いとは口が裂けても言えない。言ったらきっと、「それは気付かなかった」となりそうだから。
七日目。この辺りになってくると、登っている冒険者も少なくなってくる。そして、襲ってくる魔物もハネトカゲが減り、鳥の魔物が増えてくる。どう見ても猛禽類な魔物ものだらけになるが、ハネトカゲに比べれば動きが直線的で剣で迎撃しやすいし、何なら魔法で撃ち落とすことも出来るので、相手をしやすい魔物だ。
なお、トカゲも鳥も肉が食えるので可能な限り回収して解体、晩飯の足しになっているが、リョータとエリスの二人ならこのくらいは肉が取れるだろうとポーレットが予想して食材を用意している。そこに、割と金に糸目をつけずに買い込んでいる香辛料を振りかけてやれば、保存食だらけになりがちなダンジョンアタック時の食事が豪華になる。




