またここでも絡まれ……る?
時間的にも程よいので、そのまま昼休憩にしよう。
「むぅーーーっ!水!」
ポーレットが自分の分の水を出す。
簡単に出しているように見えるが、実は三十秒ほど集中しないと出せないという辺り、まだまだ先は長そうだ。
「次のユスナトってどんな国なんだ?」
「そうですね……普通と言えば普通ですが、王都は少し変わったところですよ」
「変わったところ?」
「はい」
「隅々まで普通の国がありがたいんだけどな」
モグモグしながらエリスもコクコクとうなずく。
「あー、えーとですね……その……お二人が心配しているような意味での変なことはないと思いますよ?」
「そうなのか?」
「はい」
「……確かこの国で、アレの素材を採取する予定だったと思うが」
「そうでしたね」
「王都から?」
「そうなります」
「王都が少し変わってる、のに?」
「少し誤解を招く言い方でしたね。王都から入る魔の森が少し変わっている、と言うことです」
「ふーん」
「どんな風に変わってるの?」
「口で言っても伝わりづらいと思うので、直接見た方がいいかと」
「危険ではないんだな?」
「魔の森、と言う意味での危険はありますけど、それ以上は特に」
それに、とポーレットが続ける。
「素材の採取できる場所、私が覚えているところのままだとしたら……それこそFランク冒険者でも行けるところです」
「へえ」
「まあ、魔物の強さ的に、と言う意味ですけど」
なんか引っかかる物言いだが、まあいいか。どうせ行かなければならないが、強い魔物がゴロゴロしているところでもないなら心配は要らないか。
「あとは、王都が栄えすぎていて他の街が霞んでます」
「は?」
「魔の森に通じる街は、えーと、確か四つあったと思います、王都を入れて。ただ、王都以外の三つの街はダンジョンがあるわけでも無く、何か特徴的な魔物がいるわけでもないのと、入り口も狭いと言う事もあって、街は小さめ。それほど冒険者はいません」
「へえ……と言う事は」
「ホーンラビットをたくさん狩ったら喜ばれる?」
「それはあるかも知れませんね」
エリスの目が輝いてるな。比較的緩い村人Aの人生を送ってきて、のんびりとした雰囲気を醸し出していても、その本質は犬の獣人。本能のどこかで狩りが好きなんだろう。
存分に狩らせたらどうなるか怖いから程々にして欲しいと思うが。
そんな他愛の無い話をしながら歩き、ユスナト最西の街ナンティアに到着。冒険者ギルドに到着を告げてそのまま宿を取り、数日間はホーンラビット狩りと薬草採取に専念するとしよう。
「引き続き……よろしくお願い……しますね」
「ええ、あと三日ほど滞在しますので、よろしくお願いします」
うん、ホーンラビット狩り、順調で何よりだと思う。受付嬢の笑顔が引き攣っている以外は。
ここの支部の記録は一日で十八羽だったらしいが、初日でいきなり六十二羽で更新。二日目の今日は七十六羽。エリスが言うには、どうやら近くにホーンラビットの大きな群れがあって、数え切れないほどいるらしい。繁殖地かな?程々に近づくとホーンラビットがほぼ途切れずに出てくるから、俺とポーレットが解体を急ぐようにすれば三桁の大台も行けるか?もしそうなったら、大陸全土の冒険者ギルドの記録更新になりそうだ。そうなったらきっとギルド全体で情報共有されているらしいから、ヘルメス、ラウアールにも俺たちの事が伝わるだろう。俺たちが元気でやってるってコトが伝わる……うん、ちょっと自重した方がいいかもな。
「ここから王都まで、どのくらいかかるんだ?」
「ユスナト自体は小さな国ですからね、歩いて行っても十日ほどで着きますよ」
「そうか」
「ん?予定変更してさっさと行きます?」
「いや、予定はそのまま。天気が悪いとかだったら出発延期はするけどな」
「そうですか」
「ここひと月くらい、何て言うか……気が重い日が続いてたからさ、発散出来るときに発散しておこうぜ」
「発散ねえ……」
こうしてリョータたちが滞在していた五日間、ナンティアは少しばかりホーンラビットの市場供給量が増大したのであった。
街道を進み、一つの街を経由して、今日の夕には王都ユスナトに到着するという昼頃、それが見えてきた。
「あれ、何だ?」
「見えてきましたね。街に着けばもっとよく見えるので、説明は着いてからで良いですか?」
「まあ、いいけど」
ぼんやりと山の向こうにそびえる影。アレはいったい何だろう?
「と言う事で、ユスナトに到着です!」
「ついに来たな……で、アレはいったい何なんだ?」
「歩きながら説明しますね」
ユスナトにはダンジョンはない。だが、その代わりと言えるのがあのそびえる影。街の人からはタワーマウンテンと呼ばれている。
「割と雑な呼び方だな」
「ですが、的確な呼び名だと思いますよ?」
直径十キロほどで、高さ不明。登るために作られたかのようにぐるりと回りながら進む道がある。十日程度かけて登るくらいの範囲ならそれほど危険な魔物が出る事も無いのに、薬草やら鉱石といった魔の森素材が入手出来ると言う、ダンジョンのような場所だという。
気をつけなければならないのは足を踏み外して転落する事。歩く道幅は広いが、魔物に襲われて慌てふためいて、と言う事故は毎年かなりの数になるそうだ。
そして、さらに五日程度登ったあたりからはかなり強い魔物も出る……と言う事はないのだが、水・食糧の運搬という問題をクリアするのが難しく、ベテラン冒険者でもそれ以上に登る事は少ないという。
「なるほどね。地下に潜るのではなく、上に登っていくダンジョンか」
「そして、頂上がどのくらい高いのかも不明です」
「つまり、未踏破のダンジョンということか」
「そうなります」
そして、そこを登っていった先に探している薬草がいくつかあるという。
そして、冒険者ギルドへ向かう。
「私がここにいたのは結構前なので、薬草が採れなくなっている可能性もありますから、常設依頼に出ているか確認して下さい。私は他の冒険者に、最近の様子を聞いてきます」
「わかった」
ギルドに入るとエリスと共に依頼の掲示板を確認。
「これと……これ」
「リョータ、これもそうだっけ?」
「お、そうだよ」
とりあえず狙った物が常設依頼にあると言う事は、タワーで採取出来るという事。採りに行くのはそこそこ日数がかかるが、これも経験。ポーレットがいれば荷物の重量制限はなくなるから、十分に準備して登れるはずだ。
「おいおい、いつからここはお子様の遊び場になったんだ?」
まさか、このパターンが再び……だと?
この大陸にある国の大半が王制を採っていて、国の頂点は国王。その下に貴族がおり、街の領主として治めたり、街道整備をしたりと言った実務を担い、対価として国民から徴収した税金を年金として受け取っている。
当然、職務によって年金額は異なるが、庶民の年収が霞んで見えるほどの額を毎月受け取っており、ぶっちゃけ利権である。そして、利権であるが故に貴族にとっては家の存続というのは至上の命題となる。それ故に貴族の妻に求められるのは跡継ぎ――だいたいの国が男子以外に認めていない――を産む事であり、その確率を上げるために貴族は複数の妻を娶る。そして、その結果四、五人の息子と娘がいる、なんてのは実は珍しい事ではない。だが、いくら力のある貴族と言えど、全員に家を継がせる事は出来ず、基本的には長男に継がせ、次男は予備。三男以下は成人した時点で一代限りの貴族になれば良い方。貴族籍から抜かれることも珍しくはない。
貴族籍から抜かれたらどうなるかというと、ある程度実家からの援助は受けられるものの、基本的には自活しなければならない。しかし、字の読み書きが出来る程度で何か手に職を持てるほどの技術があるわけでも無いボンボンに何が出来るかというと……かなりの率で冒険者くらいしか残らないらしい。そして、こういった貴族崩れの子息は、それなりに良い服を着て、一人か二人の使用人をパートナーとして連れているケースが多い。
そう、リョータとエリスの格好は……それなりに良い服――ダンジョンに潜る事もなく、街から街の移動がメインなのであまり汚れないせいだが――を着ている、家を追い出された貴族の息子と、その使用人に見えなくもないのだ。
そして、貴族の息子はだいたいの場合、ベテランに一歩届かず、素行もそれほど良くない一部冒険者のストレスのはけ口にされる事が多い。と言ってもせいぜいちょっかいを出される程度が大半だが。
と言うような事をポーレットが散々言っていたな、と思い出す。今までは何だかんだと冒険者ギルドに到着早々に色々と手紙の受け渡しやら何やらで受付が目をかけていたが、今回はそれが無い上に、王都の冒険者ギルドという、規模に応じた人数の多さ。さて、どうやってケリをつければ良いんだろうか?
「お子様ではないけどな」
年齢的にはお子様……いや、ギルドの登録可能年齢を超えているのだからお子様ではないよな?




