ハーフエルフは魔法の修行を開始した
「さて、お貴族様の事は俺たちには関係ないし、宿に戻るか」
「はい」
「時間的に今から色々用意するとして、明日の朝、出発できそうか?」
「多分大丈夫です」
「よし」
あの二人の結果は気になるが、それはそれ、だ。
「あの……」
「スルーだ」
「でも……その……」
「ポーレット、何度も言わせるな。無視するんだ」
街を出ようとしたらギルド職員の団体が待ち構えていた。必死に目を合わせないようにうつむいて歩いていたら……衛兵に不審がられた。解せぬ。
それでも街を出てしまえば、着いてくるわけでもなく、およそ一ヶ月ぶりに平穏な旅に戻れたわけだ。
「この国を出るには街を二つ通らなきゃならないのか」
「ええ。順調に進んだとして国境まで十五日……うーん、この季節だと少し雨で足止めされるかも知れませんから、十七、八日と言ったところでしょうか」
「結構あるというか、前に聞いたときより増えてないか?」
「途中の川が増水して街道からそれたところの橋を渡らなければならなくなってます」
「なるほどね」
情報は大事だな。
「ま、それはそれとして……エリス、用意は良い?」
「はいっ」
「それ、本当にやらなきゃダメですか?」
「やらなかったら、お前の借金に利息を付けるぞ。毎日中銀貨五枚くらい」
「やらせていただきます!」
ポーレットが全く戦力にならないというのはある程度わかっていた事ではあるが、ここまでひどいとは思っていなかったので、道中を特訓の時間に割り当てる事にした。
エリスとリョータで荷物を少し分担して武器と魔法の特訓だ。
「私、魔法が使えるとは思えないのですが……」
「やってみるまでわからないだろ」
ギフト持ちは魔法が使えないというのがこの世界の常識だが、リョータはそれは半分は正しく、半分は誤りだろうと推測している。
すなわち、ギフトは生まれながらの体質、あるいは体のどこかの構造が常時魔法を発動するような形を構成しており、体に吸収した魔素をすぐに魔力に変換して発動してしまうため、他に魔力を回せないのだ、と。
なるほど、常時魔法が発動してしまう上に、その魔法は生まれつき……いわば遺伝子という体の設計図に組み込まれた魔法陣だと言うなら、その効果は神がかっていてもおかしくはない。だが、そうだとするとポーレットのギフトには少し疑問が残る。
ポーレットのギフトはどんなに重い物でも背負えるという、現象だけ聞けばとんでもないギフトだが……
「重さが五十キロでも百キロでも……五百キロでも重さを感じなくなる。そこまでは良い。そして、重さを感じなくなると言うだけで重さが消えているわけではないというのもまあ、良しとしよう」
つまり、現代地球でも開発が進められ、実用化も始まっていた、いわゆるパワードスーツとか呼ばれる物だと考えれば良いだろう。装着者は思ったとおりに手足を動かすだけで、持ち上げるため、歩くために必要な力はスーツに仕込まれた機械により生み出され、重さが消えるわけではない、と。そして、その力はバッテリーに蓄えられた電気などの力で油圧・空気圧などを操作しているわけだが、当然重い物を持てば持つほどバッテリーは早く消耗する。
だが、ポーレットはかなりの重さの物を背負っていても疲れる様子が見られない。もちろん、長距離を歩く事による疲労は感じているのだが、重ければ重いほど疲れやすいというわけではないらしい。そして、軽い物を背負っていても歩く事による疲労感は変わらないらしいと言う事で、リョータの推測はこうだ。
「何かを背負うと、背負っている物を支える魔法が発動する。だが、あくまでも支えるだけで空まで持ち上げてしまうわけではない。一方、重さに関係なく常に同じ力で発動している可能性がある」
仮に、一トンまでの重さを支える魔法だとして百キロの物を背負ったら、九百キロの余分な力が生じているのだろう。そしてそれは……発動はしているが、重さをマイナスにする魔法ではないために効果を感じられないか、魔法自体は百キロまでで発動し、残りの魔力は何の効果も発揮しないまま消耗、あるいは霧散しているのではなかろうか。
ならば、無駄に消えている分の魔法をどうにか横取りして、普通の魔法を使えるように出来ないだろうか?
今まで、「ギフト持ちは一部の特例――魔法の威力が上がるなどのタイプ――を除いて、魔法は使えない」という常識の元に生きてきたポーレットだ。ひと月やそこらで魔法が使えるようになるとは思っていない。だが、世間一般では魔法が不得手、あるいは使えない事が多いとされている獣人のエリスがそれなりに魔法を使えている。ならばポーレットに使えない道理はないだろう。何しろ、ラビットソードは使えているのだから。
「これ、本当に出来るようになるんですかね?」
「エリスは結構簡単にできるようになったぞ」
ポーレットの課題は、両手で持ったコップの中に水を出す事。そして、出した分の水は飲んで良い事にした。
「むむむ……」
「いいか、空気中の水分をギュッと集めるんだ」
「うう……はぁ……私、隣村に着くまでに干からびそうなんですけど」
「がんばれ」
ちなみに、「出した分の水は飲んで良い」と言ったが、「出せなかったら飲み水無し」とは言っていない。だが、勘違いしている状況は利用させてもらおう。
「見えてきました。あれが国境の街ディジです」
「長かったな」
橋を渡れる場所まで道を迂回し、雨の足止めもあって、二十日かけて到着。
その間にポーレットはどうにか水を作る事は出来るようになっていた。
「やはり私は天才ですね」
「違うと思う」
「褒めてくれてもいいと思うのですが」
「私はポーレットはすごいと思ってますよ?」
「うう……私の事を思ってくれるのはエリスだけなのね」
「え?え?」
こんな妙な小芝居もあったが、続いての風の魔法は苦戦しているので、引き続き頑張ってもらおう。
さて、街に着いたらギルドに顔を出して、出国する事だけは伝えておかなければならない。面倒事がなければ良いのだが。
「……と言う事で、特に依頼などもこなさずに街を出ますので」
「わかりました」
「ではこれで」
「お待ちください」
イヤなんですけど。
「こちらで伝言を預かっております」
「伝言?」
「はい」
折りたたまれた紙の束が渡された。
「ギルドマスター、アルジャックからの伝言となります」
「はあ。どうも」
それ以上引き留められることも無かったという事は、アルジャックから「素通りさせてやれ」という指示でも来ていたのだろうか?だとしたらありがたい。




