マルティ、頑張る
「と言う事で買い物を頼む」
「わかりました」
エリスとポーレットに買い物を指示し、一人で薬師ギルドへ向かう。マルティからの手紙にこう書いてあったのだ。
「男同士の話がある。出来れば相談に乗ってくれないか?」
イヤな予感しかしないが、顔を出すくらいはしておこう。
「ここが魔の森なんですね」
「はい」
「森っぽく見えませんけど」
「ハハハ。私も最初はそう思いましたよ」
仮にも魔物が棲息する魔の森でなんとも気の抜けた会話をする二人を見ながらリョータとポーレットが嘆息する。
「断るって選択肢はなかったんですか?」
「断れると思うか?」
マルティからの相談は非常に簡単だった。
「サディ殿下にプロポーズしたいんだがどうしたらいいと思う?」
「自分で考えて下さいよ」
「そう言わずにそこを何とか」
マルティとリョータは倍ほどの年齢差があると言うか、どう見てもマルティの方が年上なのに、コイツは何を言ってるんだ?と思ったが……
「実はその……殿下から……魔の森を見てみたいと言われていてな」
「城に行ったんですか?」
だとしたらなかなか積極的なアプローチだが……
「いや、手紙が届いたんだ」
「さいですか」
「で、その……なんだ」
「魔の森を見てみたいなら連れて行けばいいじゃ無いですか」
王族なら護衛の騎士などいくらでもいるだろう。王族が魔の森を視察するというのは珍しくないらしいし、そこに下っ端とは言え、マルティが同行するのは出来ない話ではないだろうし。
「だが……その……殿下は病み上がりで……体力的に」
「なるほど……許可が下りないと」
「そう言う事だ。街を歩く程度ならなんとかなりそうなんだが」
「え?なんとかなるんですか?」
「王女と言っても、王位継承順位は低いからね。ある程度の自由は認められるらしい」
認めるなよ、そんなモン。
「へえ」
「で、街を散策していたらツイうっかり魔の森に入ってしまったというシチュエーションを提案してきていて」
「なかなかアグレッシブな方ですね」
「街を歩く程度なら……その……ほら、いただろう?アニエスという侍女が」
「ええ」
「アレでそこそこ腕が立つ護衛も兼ねているので、彼女が同行すれば街に出るのは可能らしい」
「病み上がりを連れ回すのはいいんですか?」
「そこも含めて相談しているんだが」
無茶振りが過ぎる件。
「大っぴらに出来ることではない上に、タイミングもタイミングなので、冒険者ギルドへの正規の依頼にも出来ないのだが……」
「いくつか守っていただきたいことがあります」
「何だろうか」
「単純な話ですけどね。マルティさんは魔の森に入ったからわかるでしょうけど……普通の場所ではありません」
「そうだね」
「それに俺たちも依頼のための往復はしましたが、それ以外の場所は全くわかりませんので、あまり奥までは行かず、せいぜい入って数分程度の範囲。それも草むらなどのないところ限定で」
「それは当然だな」
「それと、中では俺たちの指示に従ってもらいます」
「問題ない。むしろこちらからそう言おうと思っていたくらいだ」
「あともう一つ。この件に関しての全ての責任は」
「私が持つよ」
こうして、一般人を魔の森に連れて行くよりもはるかに高い依頼料で引き受けることになった。
「……王族って、魔の森に入れるもんなのかな」
「一応可能らしいですけどね」
「病み上がりでも?」
「衛兵が王族に意見できるとでも?」
ポーレットの言いたいことはわかるけどな。
「リョータ、来たみたい」
「ああ」
あまり飾り立ててはいないが、きちんと王家の紋章の入った馬車が魔の森へ通じる門の前に横付けされた。
「魔の森、と言っても、木が生い茂っているわけではないのですね?」
「ええ。もちろん奥まで行けば……ほら、あの辺りのように森になっているところもあります。森というのは便宜的な呼び方ですね」
「便宜的ですか」
「ええ。薬草をはじめとする様々な、魔の森にしか生えない植物に、魔の森にしかいない魔物。そうした森の恵みのような物が多数得られる場所、と言う意味ですね」
二人の穏やかな会話を聞きながら、周囲を警戒する。
この辺りで見かけるとしたら、せいぜいホーンラビット程度。護衛としてアニエスがいると言え、丸腰の二人にとってはとてつもない脅威だし、いつ何が起きてもおかしくない場所でもあるから、油断はしていないが。
「あっちにいるけど……」
「うーん、距離があるから今はいいかな。こっちに向かってきたら対処しよう」
「はい」
エリスが五百メートルほど先のホーンラビットを見つけたが、とりあえず放置。五百メートルを一秒で駆け抜ける魔物ではないからな。つか、そんな遠くのを見つけてどうするんだ。
「ところで……その……」
マルティが姿勢を正した。
「どうされました?」
「サディ殿下……その……こちらを」
すっと懐から封蝋をした手紙を取り出して差し出す。そしてそれを、するりと自然に一歩進み出たアニエスが受け取り、ピッと封を切り、危険が無いか中身を確認し、サディへ渡す。
そして、サディが手紙をチラリと読み、答える。
「お返事はまた日を改めまして」
「よろしくお願いします」
互いに軽く礼をした後、マルティがリョータに言う。
「今日の予定終了。街へ戻ります」
「は……はあ……」
何を見せられたんだろうか?
サディ王女を乗せた馬車が城へ向かっていくのを見送ると、マルティがぽつりと言う。
「受け取ってもらえたってことは……脈ありってことだよな」
「え?」
「いや、こっちの話。ああ、そうそう。報酬についてだが……はい、これを」
袋が手渡されるので中身を確認。問題なし。
「確かに受け取りました」
「それでは私はこれで。色々とありがとう」
力強い足取りで去って行くのを見送り……何やら理解している風のポーレットに確認する。
「アレは、何なんだ?」
「端的に言うと、告白です」
「それは何となくわかったけど……返事とかは?」
「えーと、この近辺の国の貴族の慣例なのですが」
そう前置きしてポーレットが説明する。
貴族にとって、結婚というのは大半が政略結婚である。もちろん、最初こそ政略結婚だっが、互いに気が合って仲睦まじく暮らすと言うケースもある。しかし、恋愛から始まる結婚というのは、貴族の選択肢には基本的にないと言って良い。
だが、唯一……あのように手紙で結婚を前提とした交際を申し込むという古くからのやり方が残っていて、マルティのような下位の貴族同士では時折見られるという。何しろ下位貴族の場合、地位が近い者同士で似たような仕事をしている事が多い上に、異動も無い。自然とそう言う流れになるケースは多いのだが、下位同士故に政略結婚の話自体がないと「もうこのままでいいんじゃ無いか」という流れになるのだそうだ。
「まあ、私も王族相手にやるという話は聞いたことがありませんが」
「だろうな」
王族の結婚なんて、政略結婚以外に何があるというのだ?というくらいはリョータもわかっている。
そして、この告白のポイントは、その場では返事をしない、と言うところにある。告白された側は一旦手紙を持ち帰り……その後、その家族が相手を吟味し、返事をする。ちなみに三日ほど間を空けて返事をするのが慣例だが、貴族としての階級の差が大きければ大きいほど返事までの日数が開いていく。
「予想ですけど、返事が来るのは十日はかかるのではないかと」
「切ないな」
「そして多分断られます」
「だろうな」
方や王族、方や下っ端貴族。結果がダメだろうと思っていても、マルティは行動に出たというわけだ。
「でも……受け取ったサディさん、うれしそうでしたね」
「エリスにもそう見えたか」
実にわかりやすく顔をほころばせていた。ガチガチになっていたマルティの目に映っていたかは定かではないが。
断られるとしても、何もしなかったと後悔するよりマシ。そう考えての行動だろう。




