好きにやらせてもらいます
「し、しかし!それは!」
「あなたの潔白を証明するのは難しいでしょう。いつ毒を盛られたかわかりませんからね。ですが疑わしいという状況下で、この薬をはいどうぞとは渡せません」
「し、しかし……聞くところによればこの薬は日に三度、十日間の服用が必要だと」
「その通りです」
「失礼ながら申し上げます。マルティ・ラグリス様の御身分では十日間、ここに通いつめることは……不可能です」
「そうでしょうね」
「では!」
トッとアニエスが膝をつき、両手をついて土下座の姿勢。
「どうか、どうか殿下のために……薬をっ!」
額を床に擦り付けんばかりの懇願にマルティさんが「うっ」と引いたので、「何事?」と小声で聞いてみた。
「ここまでするのは……貴族のプライドも何もかもかなぐり捨てているということなんだ……だから、その……」
側仕えと言っても王女付ともなるとどこぞの貴族家令嬢。厳しい教育と躾を受け、王族に仕えるという最上の栄誉と共に貴族としての誇りは捨てていないハズ。それがここまでするとは、ということらしい。なるほどね。何が何でも殿下を助けたい、その一心だと。
「気持ちはわかります。しかし、ここに預けることは出来かねます」
「どうしても、ですか?」
「はい」
さあ、マルティさん、しっかりその理由を語ってください。
「貴女のことは信用しても良いと思っております。しかし、いかに貴女と言えど、一分たりともこの部屋を出ること無く、とはならないでしょう」
「そ、それは……」
「僅かな隙に忍び入られて薬をすり替えられでもしたら、目も当てられません。私はその可能性を懸念しております」
この侍女のことは信用していい、と思う。だが、殿下に毒を盛った連中はいつどこでどういう手段に出るかがわからない。ただ盗まれるだけならまだ良いが、薬を毒にすり替えられでもした日には、このアニエスだけでなく、マルティも極刑に、という流れになってしまう。
「し、しかし……それではどうやって」
「それについては考えが。リョータ」
「かしこまりました」
窓際の絨毯の上に一枚の布を広げると、窓を少しだけ開く。
「少し確認をして参ります」
布に描かれた魔法陣の上に立ち、魔力を流すと……アルジャックの家に。
「リョータ!おかえり!」
「いや、帰ってきたわけじゃないから」
アルジャックの家にあらかじめ魔法陣を用意しておき、殿下の部屋との行き来を可能にする。それだけ。
「もう少し待っててね」
「はいっ」
エリスに見送られ、殿下の部屋へ転移。
「ただいま戻りました。問題ありません」
「うむ。と言うことでどうだろうか?」
「こ……これ……は……」
「詳細はお教えできません。十日間の投薬の後はこの布を確実に焼却処分頂く必要がありますが……」
「お……」
「お?」
「お任せください!」
ああ、うん。この人、いい人だ。
マルティとアニエスの間で、これからのことを詰めていく。一日三回、時間を決めて十日間。その間、魔法陣の布はそのままを維持。これはアニエスがこの室内全般を取り仕切るため問題なし。
転移するときには窓を少し開ける。時間を決めてしまえばこれも問題なし。
投薬の際には、誰も入ってこないようにする。なんとでも言い訳は作れるのでこれも問題なし。
そんなこんなを決めたところで、いよいよお薬の時間に。
「殿下、よろしいでしょうか?」
アニエスがサディ王女を軽く揺さぶると、「う……」とやや苦しそうな声とともに目を開いた。
「どうしたの、アニエス?」
「殿下のためにマルティ・ラグリス様がお薬を」
「薬?」
「はい」
「そう……」
一応、事前に色々と聞いていたが、なるほど確かに顔色が悪く、今の見た目はかなり酷いと言えるが、美少女だ。健康になればそれはもう、というのがひと目でわかるほどに。マルティが会ってすぐに一目惚れしたと言うのもうなずける。で、なんの反応もないので、ゆっくりとマルティの方を見る……おーい、固まってんぞ。仕方ないのでケツをバンっと叩いて正気に戻す。
「ほら、マルティさん」
「あ、ああ……うん……えっと……その……サ」
「さ?」
「サディ殿下におかれましてはご機嫌麗しゅう」
麗しくないから寝込んでるんだが。
だが、これはこれでかえってよかったようだ。
「ぷ……うふふ……マルティさん……どうされたのです?」
「え?お……覚え……て」
「はい。昔、何度か遊んでいただきましたし」
「おお……」
おーい、感動するのはいいが、程々にして戻ってこいよー。
これはあとから知ったことなのだが、サディ王女は学院に通う前は兄弟以外で「遊んだ」ことのある者がほとんどおらず、マルティさんのことは「とても優しいお兄ちゃん」としてはっきり覚えていたそうだ。
うん……その、なんだ。脈があるようで……無さそうだな。「お兄ちゃん」から進めるかどうかは……マルティ次第だ。
「まあ、お薬を?!」
「はい……その、こちらの「マルティ様が勇気を振り絞り、魔の森にて材料を集めて参りました」
「魔の森へ?」
「え、ええ……それでその「ロックベアの出るような奥深いところまで向かいまして」
「ロックベア……どんな魔物なのでしょうか?」
「そ、それはですね……この「お話はそのくらいにしてお薬を」
ロックベア討伐はリョータがやったし、魔の森の移動中の護衛もしていた。だが、何の戦闘能力も無いマルティが王女殿下のために魔の森へ行き、ロックベアの素材を集めてきたという事実を強調して、イメージアップのお手伝い、と思ってなんとかフォロー。何、詳細を知ったところで、幻滅はされないだろう。ロックベアを討伐出来るようなのは騎士団でもかなりの実力者クラスなんだから。それよりも、いつ魔物に襲われるかわからない、と言うイメージを王女が持っているであろう魔の森に、王女のために行った、と言う事実が大事だと思う。
うん、マルティさん……貴族なんだからその辺は堂々とこう……「魔物の相手をしたのは自分が雇った冒険者。つまり、ロックベアの討伐を為し得たのは自分の力だ」と言い切ったっていいんだからさ……
「あ、はい。そうですね。お願いします」
「え、ええ。それでは……」
マルティに促され、アニエスが水差しを持ってきたので、スプーン一杯を飲ませる。
「ふう……その……ちょっと苦いです」
「申し訳ありません。しかし、これで良くなりますので」
「はい。頑張って飲みますね」
おい、黙るな。肝心な事を言わないと。仕方ないので、マルティを小突いて耳打ちする。
「え……えっとですね。この薬は一日三回飲まなければなりません。それを十日間です」
「はい」
「……わ……わ……わたっ……」
「わた?」
「私が毎回、こちらに赴きましてっ……そのっ……」
「まあ、本当に?よろしくお願いしますね」
ぱっと花が咲いたような笑顔をあとに――かなりマルティが後ろ髪を引かれながら――王城を辞すると、来たときのように馬車でアルジャック家に戻った。
「と言うわけで、第一段階クリアです!」
「うん。ありがとう、リョータ」
「まだ礼を言うのは早いです」
「そうだ……ね」
今日はこの後すぐに昼と夕方。そして明日から九日間。ラグリス家の皆さんには不自由をさせてしまうが、王女殿下が全快すれば状況はひっくり返せるはずなので、少しの間の辛抱だ。




