拗らせ系貴族は少し面倒くさい
「どうした?」
「いえ……その……これは本当なんですか?」
「推測の域を出ない部分が多いのですが、誰が臥せっているのか、どんな症状か、そして薬を作った経緯は事実です」
襲撃者の詳細の裏取りまでは難しいしから仕方ないよね。
「どんな内容……ふむ……むむっ」
娘から手紙をひったくるようにしてザックが目を走らせ、考え込んでしまった。
「今から話すことは……私としても根拠のない推測だということで、他言無用で願いたいのだが」
「分かりました」
「まず、王女殿下の件……薬を持ち込む手筈はどうにかしよう。状況が状況だ。この後すぐにあちこちに……そうだな。明日には王宮へ向かえるように手配する」
「ありがとうございます」
「それと……十日間か……さすがにマルティを毎日通わせるのは難しい」
「でしょうね」
「ルイーズだけなら何とかなるが……」
言外にシシィでも無理、と。そりゃそうだよね。仕方ない、手の内はある程度見せよう。
「最初の訪問で、私を助手ということで同行させていただければ、その後はなんとでもなります」
「む……」
「なんとでも」
「むむむ……」
なかなか厳しいか……だが、これならどうだ?
「では、こうしましょう」
懐からただの木の枝を出す。何の変哲もない木の枝だ。そしてラビットナイフ。背後で警戒のために立っていた門番の人が剣の柄に手をかけたが、気にせず、スパッとナイフで木の枝を切る。
「!……それ……は……」
コロン、と切り落とした枝をザックの前に転がすと、恐る恐る手にとって切断面を見ている。
「このナイフは……木の枝はもちろん、鉄や石でさえもまるで紙を切るように切り裂けます」
「なんと……」
「私を同行させていただけるのならば……このナイフを差し上げます」
「な!何だと?!……しかし……」
「ちなみにサンドワームの皮もスパスパ切れます」
「!」
どうやらこのナイフの価値が伝わったようだが、もうひと押ししておこう。
「ついでにもう一つ。この程度のナイフなら、いくらでも作れます」
貴族って表情を顔に出さないのが常。考えを読まれないようにして腹のさぐりあい、じゃないのかな?目を見開いて、口もあんぐり、だ。
「こ……これ……は……魔剣……じゃないのか」
「魔剣といえば魔剣ですね」
「それを……いくらでも……作れる」
「はい」
「作り「残念ながら製法はお教えできませんが」
「むむぅ……」
瞬間的にこのナイフの価値を推し量り、最大の利益を得る方法を考えているのだろうが、こちらとしてはリョータに価値がある、と思ってもらうのが目的。
そして自分を安売りはしない。ついでに言うとこの件が片付いたらさっさとこの国を出るからこの貴族が何をどうしようと知った事ではない。
ガタン!と音を立てながらザックが立ち上がる。
「少し出かけるぞ」
「はい」
執事っぽい方が応じたところでこちらを見た。
「今日中に色々と調整する。明日の朝、アルジャック宅へ馬車を回す。マルティと共に出られるよう、準備を整えておけ」
「分かりました」
「それと!そのナイフを置いていけ!」
「では三本、置いていきますね」
三本置いたら顔色が変わったが、そのまま部屋を出ていった。
そして、ルイーズがすっと立ち上がると丁寧にお辞儀をした。
「王女殿下の件、よろしくお願いします」
「わかりました」
色々火種をまいてしまったようにも思うが、目的のために手段を選んで入られない、ということにしておこう。
帰り道では尾行はなかった。さすがに国内有数の上位貴族の家からの帰り道で襲うのはリスクがでかいと判断したのか、それとも人手がもうないのか。出来れば後者であって欲しい。
「という感じになりました」
と報告した結果、
「やりましたね!」
と嬉しそうなのはマルティ。
「一体何がどうなって……ああ、いい。言わなくていいぞ」
というのがアルジャック。
とりあえず明日の準備を進めておこうか。
翌日、手配された馬車にマルティと共に乗って城まで。エリスも一緒に来たがった――ポーレットは「わざわざあんなところに行きたがるなんて信じられない」と言っていたが、エリスの場合、リョータと一緒にいたいだけのようだ――が、護衛としてアルジャックの家に残ってもらった。「エリスが頼りなんだよ」と頭を撫でたら「うんっ!頑張るっ!」と返事をしてくれた。なんだろうか……チョロい?
なおラグリス家の長男は上位貴族の家に住み込みで働いており、安全は確保済み。次男と三男は別の街でこれまた上位貴族のもとで働いているので大丈夫。四男だけはアルジャックの家で待つという形になった。
リョータは一応、あまり着ていなかった――ただ単に着回しローテーションの回数が少なかっただけだが――そこそこ品よく見える服装に、顔まで隠れるようなフード付きローブを着込んだ。
設定上はマルティの弟子兼身の回りの世話をする小間使いだ。顔をロクに見せないのはマズいかと思ったが、大丈夫らしいのでこれで行こう。
城まで到着すると、既に色々と話が通っていたおかげで、あっという間にサディ王女殿下の部屋まで通された。
「……っ、ゴクリ……」
「マルティさん……緊張しすぎです」
こっちまで緊張が感染ってくるじゃないか。
「し、しかしだな……この扉の向こうに……その、なんだ……」
拗らせた童貞かよ!と突っ込みたいが、「そうだ、何が悪い!」と返されそうなのでやめておいた。
コンコン、とノックの後「失礼します」と案内役の侍女がドアを開くと……華美ではないが品の良い調度品で統一された、薄暗い部屋だった。
「薬師ギルドのマルティ・ラグリス様ですね。アニエスと申します。本日はよろしくお願いいたします」
開けられた向こう側で見事な礼とともにそう答えたのがおそらくサディ殿下の側仕えだろう。そして、部屋が薄暗いのは寝込んだままのサディ殿下のため、カーテンが引かれているからだ。
「そそそそ……そのっ、ほほほほ……本日は、おおおお日柄も……っつ!」
挙動不審になったマルティのスネを蹴り、なんとか正気に戻して挨拶のやり直し。
「薬師ギルドより、殿下の治療のための薬の処方を致します、マルティ・ラグリスです。それと……その、こっ、こち、こち「助手のリョータです。よろしくお願いします」
これ、ダメかも……
二人とも王宮のこんなところに入るので緊張しているんですと、言い訳をしながら室内へ。妙に鼻を鳴らしているマルティのスネをもう一度蹴る。室内の匂いを嗅ぐな、と。
「こちらが薬です」
マルティの言葉に合わせて、薬の入った壺を見せると、アニエスが受け取りそうになるのでスッと引く。
「?どういうことですか?」
目つきがスッと鋭くなるので短く答える。
「投薬も我々が」
「出来かねます」
即答か。
「ッ……ゴホン、失礼ながら……この状況では我々はあなたのことも信用出来ないのです」
「どういう意味でしょうか?」
「症状及び、必要な薬。毒を盛られたのは間違いない、ですね?」
「はい」
「……主の隣で側仕えが目を光らせていたにも関わらず毒が盛られた。犯人は特定できておりませんが、私としては側仕えのあなたの関与も疑っております」
「っ!」
よしよし、ここまでは事前の打ち合わせ通り。いざとなればしっかり言うことが言えるじゃないかとマルティを見直した。




