有力な貴族のもとへ
挨拶もそこそこに全員を乗せて馬車が走り出す。
まず行き先はアルジャックの自宅。そこで全員を下ろして、アルジャックは馬車をギルドに返しに。俺たちは警戒をしながら、シシィさんに改めて手紙を書いてもらう。手紙の内容は、
「マルティさんが直接薬を飲ませに通います、と言う内容で」
「「「えっ?!」」」
なんでそこで驚くかな。
まあ、普通に考えたら、薬は王宮付の薬師に渡してあとはお任せ、となるんだろうけど、その薬師は薬師ギルドの幹部とつながりが深い。そして薬師ギルドはマルティさんの部屋が荒らされても何もしてくれなかった連中だ。薬を処方してくれるかどうか怪しいと言うくらいならいいが、毒とすり替えられでもしたら目も当てられない。
「うーむ……それなら、最初に顔を見せるくらいは可能か」
「うまく行けば、ですが」
「しかしだな。サディ殿下の私室に通い詰めるというのは不可能だ」
「でしょうね」
仮にも王宮、上級の貴族ですらおいそれと出入り出来る場所ではない。そこに下級貴族が一度顔を出すだけならともかく、日に三回、十日間も出向くなど、許可されるわけがない。だが、
「別に許可をもらいたいわけではないんです」
「え?」
「毎日三回、十日間出入りしますとあらかじめ申告しておき、その通りにさせてもらうだけ」
「つまり?」
「殿下の命を助けるために最大限の努力をさせてもらう事を明言するだけ。おそらく返事としては『認められない』か『出来るものならやってみろ』でしょうね」
おそらく妨害が入って「出来るものならやってみろ」になりそう、と付け加えておくが、返事は気にしないのでなんでもいいか。
「そして、『好きにやらせてもらいます』という対応をすればいいだけです」
さて、好き放題させてもらうとしましょうか。
シシィさんが手紙を書き上げて封筒に入れると、アルジャックがギルドの正式な依頼である事を示す依頼票と小さな封筒と共にリョータに渡す。
「この封筒は?」
「この依頼票があっても、簡単に手紙が取り次がれるとは考えられん。だから、その封筒を入り口の警備をしている者に見せろ。多分問題なく……中に通されるハズだ」
「面倒事が増えるような気がしますが」
「そこは仕方ないと割り切ってくれ」
何だかな……ま、いいや。送り先の場所を確認するとアルジャックと共に家を出る。アルジャックもギルドに戻らねばならないが、エリスを護衛に残しておけば大抵の事は大丈夫だろう。
マルティの自宅のあった辺り、貴族街と呼ばれるようなところはほとんど人通りもない。つまり目撃者がほとんどいないので、むしろ襲撃しやすい立地だが、アルジャックの自宅は商店の並ぶ通りに近い住宅街。そこらで世間話をしているオバチャン、駆け回りながら遊ぶ子供たちに、荷馬車が行き来すると行った具合に、どこにでも人の目があるため、襲撃しようとすると目撃者だらけ。この環境でわざわざ襲うのはリスクが大きすぎると判断する……ハズだ。思考が短絡的で、何も考えてないような連中だが、そのくらいは考えて襲撃を控える、と思いたい。
「つまり、今からこうして出掛ける俺は狙われる可能性が高いと言う事だな」
やれやれ、面倒な事になったとため息をつきながら歩き始める。そう、下手くそな尾行が数名。武術の達人を用意しろとは言わないが、少しは隠れる努力をして欲しいものだ。そして、全員が徒歩で尾行と言うことならば、といきなり走り出す。尾行してる連中もあわてて走り出す。うん、そう言うときのために周囲を固めておくものだと思うんだがな……まあいいか。
一つ残念な事に、リョータはモリコナの街をほとんど歩いていないため、こう言うときに良くある、追われる側に土地勘があって、うまい事追っ手をまく、なんてことが出来ない。だが、周囲を固めて行く先で待ち伏せておいて……と言う動きがないと言う事は、このまま走って目的の場所まで行けばいい。さすがに貴族の家を守る護衛たちが見ている目の前で平民、しかも冒険者の少年をよってたかって襲うなんてことはしないだろう。
「こちらが依頼票になります。あと、これも渡すように言われていまして」
マルティの自宅よりもはるかにでかく、見応えのありそうな庭がチラリと見えるでかい門の前で、門番にギルドからの依頼票とアルジャックからもらった封筒を差し出すと、封筒の中を見た一人が血相を変えて屋敷へ駆けていった。
「待てばいいんですかね……」
「あわてるような内容が書かれていたんだろうな。すまないが待っていてくれ」
「わかりました」
門に背を預けて周囲の様子……あっちの塀の影、あとあの辺かな?肩や足が見えているんだが、アレで隠れているつもりなのだろうか?
見える距離にいるということは、魔法も届く距離。
「弱めのスタンガン」
バチン!と静電気が弾ける程度の威力で放つと、「うわっち!」と情けない声とともに物陰から転がり出てきた。その声に、門番が「む?」と視線と槍先を向けたら慌てて去っていった。これに懲りて尾行をやめてほしいところだ。
「待たせたな……ん?何かあったか?」
「いや……大丈夫だ」
「そうか。えーと、リョータだったか、許可が降りた。一緒に来てくれ」
「はい」
言われるままにデカい屋敷の玄関をくぐり抜けると、そのまま応接室へ通された。
あれ?普通、こういうのって案内が護衛から使用人にバトンタッチするものだと思ったんだが……ま、いいか。
「お連れしました」のノックの後、部屋に入るとこちらへどうぞ、とソファを進められたので素直に応じる。
向かいにいるのは五十前後だろうか、髪に白いものがまじり始めている、眼光の鋭い男性と、二十歳前と思しき金髪の女性。こっちがシシィさんの同級生、かな?
「私がザック・ベグリー、こっちが娘のルイーズだ。この手紙の内容、本当か?」
いきなり切り出してきたが……
「それは先程、門で渡した手紙ですよね?失礼ながら、私はその内容を読んでおりません」
「そうか」
ホイッとテーブルの上に手紙が滑らされたので、受け取り、ざっと流し読み……軽く目眩がした。
内容は至ってシンプル。シシィさんからの手紙をリョータが持っているので受け取ってほしいという本題と、リョータから詳しい話があるので可能な限り便宜を図れないか、ということ。
ここまでなら、ギルドマスターの配慮に感謝なのだが、その先が問題だ。
こう見えてリョータはドラゴン討伐を二度、比較的大きな盗賊団の討伐等をこなしているほか、船の護衛にて大型エイ、シーサーペントの討伐を成し得たSランクに匹敵する実力者であること。
ここまでもまあ……持ち上げ過ぎな感じはするが、許容範囲ギリギリだ。
今回、さる貴族からの依頼にて薬の調合を行うに当たり多大な貢献を果たしており、その人となりも実直で信用できる人物である。
どこまで持ち上げられるのか、不安を感じる。
今回の件、リョータの届ける手紙の内容に全面的に協力いただくことは、王国としての利もさることながら、ベグリー家に取っても将来にわたり利するところは大きいと締めくくられていた。
うん、変な震えが出てきた。
「リョータと言ったな?その内容……ドラゴンやシーサーペントの討伐というのは本当か?」
隠したりごまかしたりしてもいいことはないな。
「はい」
「そうか……にわかには信じがたいが……」
「詳細を話せと仰るなら話します。長くなりますが」
「そうか……ふむ」
ちらりと隣に目をやると、ルイーズが口を開いた。
「シシィさんからの手紙、拝見してもよろしいでしょうか?」
「もとよりそのつもりです。どうぞ」
スッと流れるような所作ですぐそばに立っていた男性が歩み寄りリョータから手紙を受け取ると、スッとペーパーナイフで封を切り、中の手紙を取り出す。
そうだよね。変な罠とかしかけてないか、チェックは必要ですよね。
「どうぞ」と渡された手紙を読んだルイーズは……みるみる顔を青ざめた。




