百年前の出来事だ
ギルドに到着すると、待ってましたとばかりにギルドマスターの部屋に通された。
「とりあえずあの三人だが、どうにかできそうになった」
「そうですか。ところで五人追加になるんですが、大丈夫ですか?」
頭を抱えられてしまった。
「詳しく話してくれ。ああ、話せる範囲でいいが」
「別に隠すような事はないので……」
つい先程、ギルドを出てから起こったことをありのままに話したら表情が険しくなったんだが、俺、悪くないよな?
「五人か……さすがに気軽に連れ歩ける人数ではないな。それにいきなり襲撃を受けてる時点で色々マズい」
「そうなんですよね」
「どうにかできるか?」
「やってやれないことはないですが……出来ればやりたくない方法、かな」
襲撃者なんていなかった、いいね?はさすがに抵抗がある。
「分かった。まず、ギルドで馬車を用意する。それで賊五人と、お貴族様一家を連れてこよう。賊はギルドの地下牢に放り込むが、お貴族様とリョータたち三人は俺の家に来い」
「えーと、連中が乗ってた馬車は?」
「さすがにそれでギルドに乗り付けるのは目立つだろ。衛兵を手配して回収させる」
「わかりました。でも……家にって……お邪魔では?」
「厳重な警備はないが広さはそこそこある。女房が死んで、子どもたちは独立しているから、何の気兼ねもないぞ」
「はあ……」
「それと、えーとシシィだったか?手紙を出すんだろ?」
「ええ」
「その配達をギルドの正式な依頼として出す。リョータ、お前なら届けられるだろう」
「えーと?」
「送り先の貴族がどこなのか、いくつか心当たりがあるが、どこも普通に手紙を持っていったんじゃ門前払いだ。ギルドの依頼による配達なら受け取ってもらえる」
「なるほど」
そこまで言うと、ギルドマスター、アルジャックは立ち上がり、掛けてあったコートを羽織る。
「行くぞ」
「はい」
ギルドの裏手に出るとそのまま停めてあった馬車に乗り込む。
御者台に並んで座るよう言われ、そのとおりにしたらアルジャックの愚痴を聞かされる羽目になった。
「本当なら、こういうときに街にいる冒険者を使いたいのだがな……」
「ポーレットがそれとなく言ってましたけど……質の低下、と」
「ああ。ひどいもんだぞ」
「どのくらいひどいかは聞かないでおきます」
「そう言わずに聞け」
「えー」
お構いなしといった感じで、話が続けられる。
「俺も詳しく知らないが、百年ほど前の話だ」
「そんな昔の話をされても」
「そう言うな。その百年ほど前も、モリコナは今のように船による行き来の盛んな国だった」
「へえ」
そんなに昔から……まあ、ポーレットや船員たちの話しぶりからするともっと前から船が使われていただろうと思っていたが。
「そして、その頃の船の護衛は……国の騎士団の仕事だった」
「はい?」
「騎士団から三、四人が船の護衛として乗り込んでいたのだ。魔物との実戦、素材の回収など、旨味はあるからな」
「実戦に勝る訓練はない、と言う事か」
「ああ。だが、実際にはそれほど実入りのいい話でも無い」
「飛びエイみたいにほとんど素材の価値のない魔物が多いから?」
「そう言う事だ。それこそ何ヶ月も船に乗っているのに一度も魔物との戦闘がない、なんていう騎士も珍しくはなかったという」
「それでも護衛として乗せていたのは、国内の物流網維持のため?」
「察しがいいな。その通りだ。だが……国の発展と共に船の数も増える。すると、それに合わせて騎士の数を増やさなければならない」
「騎士の数が増えると言う事は、騎士に払う給料総額が増える、とか?」
「ご名答。だが、別に国の財政が傾くほどではなかった。しかし、それでもいい顔をしない者はいる。そしておよそ百年前、騎士による護衛を止めるという話になったんだ」
「急な話だった?」
「詳しい記録は残っていないが、事前に商船組合と冒険者ギルドに打診があったそうだ。今後は船の護衛を冒険者でやってくれと。だが当初、商船組合はいい顔をしなかった」
「多分、騎士の護衛の場合は無償だけど、冒険者には護衛の費用を払う必要があるから、とか?」
「その通り」
実際には船に乗る護衛の食事の面倒も見なければならないが、豪華な食事を用意するわけではなく、保存食を多めに積む程度だから誤差の範囲。護衛の依頼料の方が痛いというわけだ。
「船主は護衛の依頼料を安く抑えたい。だが、報酬を安くすると冒険者はそんな依頼を受けない。そこへ王国が口を挟んだ。「長期契約で割引をすればいいだろう」と」
「え?」
「リョータは商人の護衛をやった事はあるか?」
「一応は」
「そう言うときの依頼の流れは単純で、ギルドは仲介するだけだ。だが、この国の船の護衛は違う。船主はギルドと回数を決めた年間契約を結び、先に報酬をギルドへ支払う。そしてギルドが冒険者を集めて、護衛として派遣する」
なんだかおかしな流れが出てきたな。
「護衛中に撃退した魔物素材は船主が自由に売却する。つまり、護衛の費用を抑え、なおかつ出費の分が回収出来るかも知れないという……商人にとっては旨味のある話になる。冒険者ギルドは一定額の収入が得られるようになる。そして、冒険者は規程通りの報酬を得られる……というのが王国の言い分でな。それがまかり通ったんだ」
「ギルドだけが損してるように見えますけど」
と言うか、そうとしか見えない。
「実際そうだ。それに、たいていの場合、船の護衛は報酬の割に危険度は低い」
「俺たち、色々あったんですが」
「十年に一度あるかどうかレベルだ。運が悪かったと思え」
「はあ」
「まあ、そんなわけで船の護衛が冒険者にとって旨味のある話に変わるのは時間の問題だった。十年。冒険者が船の護衛をするようになって十年もしないうちに、モリコナの冒険者の八割以上が船の護衛だけするようになった」
「え、そんなに?」
「ああ。極端な話だが、冒険者として五年やっているのに魔の森に入ったのは片手で数える程度、なんてのがゴロゴロいるぞ」
「依頼が大量に塩漬けになるのはそういうわけだったのか」
「冒険者ってのはだいたい十年もすると半分くらいは代替わりする。二十年も経てばほとんど入れ替わる。船の護衛だけする冒険者だらけになって百年だ。どういう状況かは想像がつくだろう?」
なるほどな。つまり、ダンジョンに潜れる冒険者は本当に数えるほど。それも経験を積んだ者から教わっている者となると本当に限られてくる、と言う事か。
「ま、年寄りの愚痴だ」
「ええ。俺にはどうにも出来ません」
この国の冒険者とギルドの状況はわかったが、だからと言ってこの国に留まるつもりはない。エリスの事がうまく解決出来たとしても、この国に戻ってくるかと言われるとノー。マルティさんたちのようにいい人もいるが、それはどの国だって同じ事。そして、戻るならヘルメスに戻りたい。
「さて、着いたな」
「はい」
アルジャックが手綱を操って馬車を止めると、玄関にいたエリスがこちらに駆け寄ってきた。
「リョータ、お帰り!」
「うん、ただいま」
「さて、早速だが……」
「はい」
中に入り、マルティさんたちに事情を話す。十日程度アルジャックの家で過ごすというのは多少の抵抗はあるものの、安全には替えられないとすぐに了承された。そりゃそうだ、手紙を出そうとしただけで娘が襲われるような状況なんだからな。
数日分の着替えやらなんやらを鞄に詰め込んで外に出ると、ギルドからの連絡を受けた衛兵が、襲撃者たちの乗ってきた馬車を持っていくところだった。どこへ持っていくのかは知らないが、まあいいか。
「準備はいいな?乗ってくれ」
「よろしくお願いします」




