貴族は面倒くさいが、律儀にアレコレしてくるのはわかりやすくてよい
毒を盛られるのが心配だから解毒薬を作りました。と言う単純な話ではなく、毒を安全に使うために解毒薬を用意しておきました、という風に論点がすり替えられてしまうと問題がややこしくなっていってしまう。
「その点、第二王女なら、可愛い妹を助けるために八方手を尽くしましたというのは不自然ではなく、仮にそれが継承権争いで優位になる材料になるとしても上位を蹴落とすほどにはならないでしょう?」
生まれた順が原則だというのなら順序の入れ替えは簡単には起こらないだろうし。
「まあ、そうだね」
「と言うことで第二王女にどうにかして連絡を」
さて、うまく行くといいのだが……と言うよりもさっさと片付いて欲しい。貴族のゴタゴタとかゴメンだ。と言うか、この国で国王になるって、そんなに旨味があるのか?庶民である俺には全くわからんが、きっとあるのだろう。
そんな話をしている間に街に到着。リョータもマルティもほぼ顔パスで街に入ると、何となくだが視線を感じる。
「マルティさん、やっぱり狙われてるかも知れません」
「はあ……簡単にはいかないか」
「相手を釣り出してどうにかするか……」
「え?」
「マルティさん、ここからは別行動をしましょう」
「別行動?まあ、いいけど」
「出来るだけ人のいるところにいて下さい。人の目があれば襲われる事もないでしょう。そして、進展が有っても無くても夕方、冒険者ギルドの前で待ち合わせで」
「わかった……そうだな、薬師ギルドにいると思う。あそこなら資料室なんかは必ず誰かいるからね」
「ああ、そうだ。エリスと合流したら護衛に向かわせます」
「向かわせって……私の居場所、わかるのかな?」
「大丈夫ですよ。それと、こちらを見てる連中を釣り出すので、ちょっと大きめの声で会話をお願いします」
「え?あ、うん。いいけど」
一芝居打つと伝えてから、すうっと少し大きめに息を吸い込んで、
「とりあえずこの薬は俺が預かっておきます」
「そうだな。その方が安全そうだ」
「ではよろしく」
「ああ、またあとで」
マルティと別れて、少し細い道へ入っていく。冒険者ギルドに向かうのとは少し違う方角で、人通りもない、ちょっと治安に不安を感じるかな?というあたり。
うーん、何て言うか……追跡するならもう少し気配を消す方がいいのではないか?と相手の技術の低さにあきれる。
そして、マルティの方も追跡されている可能性はあるのでさっさと片付けないとマズいなと、少し早足に。すると、追ってくる足音も早くなる。エリスならともかく、リョータにも聞こえるレベルの足音とか……バカだろ。
「気のせい?」
振り向いて不安げに呟くと、走り出す。演技臭さが目立つが、引っかかるだろうか?懸念したが、足音が追ってくる。尾行とかそういう概念はどうなってるんだ?と心底あきれながら角を曲がるとすぐに物陰に身を隠す。追ってきた足音は三人分……
「どこへ行った?」
「遠くには行ってないはずだ、探せ!」
はあ、と軽くため息をついて……
「強めのスタンガン!」
バチン!という音と共に三人が崩れ落ちる。おお、ピクピク痙攣してるが、目はこちらに向けているな。
とりあえず手足を縛ってひとまとめにしたところで、うん、ちょうどいいタイミングだ。
「エリス、こっちだよ」
「はいっ」
近くに来ているだろうと思ったが、本当に近くにいたな。多分、潮風のせいで少し匂いを追うのが難しいとかそういう程度だったんだろうか……ストーカにならない事だけ祈ろう。
やや遅れてポーレットが合流。エリスにマルティの元へ向かうように指示をする。思ったより早く片付いたので予定を変更して薬師ギルドで合流しよう。そして三人の頭に袋をかぶせ、引きずりながら……冒険者ギルドに行くしか無いんだよな。
「と言う事でこの三人、どうすればいいですか?」
「と言う事で、というのがどういうことなのか説明してもらえますか?」
「ですよねー」
リョータたちが入ってきて、嬉しそうな表情をしていたくせに引きずってきた三人を見て「面倒事を持ち込みやがった」という顔になった受付嬢に簡単に経緯を説明。薬が出来上がった事と堂々と街中で襲われた事を告げるとさすがにあわてて奥へ駆けていくと、すぐにギルドマスターを連れて戻ってきた。アレか、直属の上司がいきなりギルドマスターなのか?
「話はわかった。その三人は……うーむ、どうしたものか」
「秘密裏に始末するのは無理ですねぇ」
ギルドマスターの悩みに脳天気な雰囲気で物騒な事を言う受付嬢。秘密裏に始末するのはさすがにダメだろう。
ギルドマスターが何を悩んでいるのかというと、この三人はほぼ間違いなく貴族、それも王族にコネがある貴族に雇われた者達だろう。衛兵に突き出したところですぐに釈放されるのは目に見えているのだが、だからと言ってギルドで長期間拘束しておく事も難しい。国はギルドに不干渉と言っても、貴族や王族から「不当な監禁をしている!」などと言われたら釈放するしかない。何を言われても知らぬ存ぜぬと言うのもあるが、リョータたちがズルズルとギルドまで引きずってきているのは多数が目撃しているのでごまかすのも難しい。顔は隠していたが、「何やら三人ほど捕縛していたようだが、アレは何だったのだ?」と言われたら何ともしようが無い。軽率だったとは思うが、街の中で始末するほどの度胸もない。
「あの三人を地下牢にぶち込んでも、ごまかすのは三日が限度だ」
「なんとか十日保たせられませんか?」
「十日?」
「今回の依頼で作った薬は十日間の服用が必要です。それを越えれば色々と解決するんですが」
「難しいな。と言うか、十日間の服用が必要というのはいいが……その十日間の安全確保にも困るような人物が患者なのか?」
「それが出来るような人物なら、薬を作るのが妨害されたりしないんですが」
「む……そうか」
ギルドマスターがチラリと目をやると受付嬢が部屋を出て行った。
「この部屋は一応防音だ。言える範囲でいいが、患者は……王族か上位の貴族だな」
「ノーコメントで」
「と言う事は第三王子が絡んでいると言う事か」
「それもノーコメントで」
ほう、第三王子という単語が出た。貴族でないギルドマスターが邪推するほど怪しいと言う事か?
「ここから先は独り言だが……王女……第四王女殿下か」
「全くもってノーコメントで」
「一時間ほど待てるか?」
「え?」
「一応ギルドマスターという立場だからな。それなりのコネはある。一時間ほどしたら受付に顔を出してくれるか?」
「……わかりました」
面倒くさい事になりそうだが……ま、仕方ないか。
ギルドマスターの部屋を辞し、受付には「薬師ギルドに顔を出してきます」と伝言していく。行き先がわかっていれば、多少戻るのが遅れても何とかなるだろう。
「どーするんですか?」
「ポーレットの予想をどうぞ」
「えー……」
嫌そうな顔をしながらも律儀に答える当たり、人がいいよな。
「まず、マルティさんの部屋は、また荒らされているんじゃないかと思います」
「そうだな」
「最悪、待ち伏せをしている可能性も」
「エリスなら部屋に入る前に気付きそうだからあまり心配はしていないが」
「そうですね。そもそもお二人に勝てる戦力って、この国だと騎士団を引っ張ってこないとならないレベルですから」
「俺たちそこまで強いかね?」
「シーサーペントを苦労せずに討伐する戦力はこの国にはないはずですよ」
「なるほどね」
「ですが、エリスって……あまり人間を相手に戦った事はないのでは?」
「俺もないよ」
「となると、逃げの一手でしょうね。あんな感じで」
「うわ、事態が動くの早すぎ」
ポーレットの指す方を見ると、エリスがマルティを連れてきていた。
もう少しゆっくり展開出来ませんかねぇ……




