岩のくまさん その2
「私はほとんど城に行かないし、貴族の集まりにもあまり参加しないんだ。貴族の付き合いって面倒だし、性に合わないんでね。そんなわけで詳しい情報が少ないから、かなり雑な予想だというのは認めるよ」
「それは仕方ないでしょう。でも、どっちもそれなりに筋は通ってると思います。そして、それに巻き込まれた哀れな第四王女……貴族ってみんなそんな感じなんですか?」
「全部がそうとは言わないけれど……この国でそこそこ力のある貴族はそういうのが多いのも否定はしないよ」
さて、少し踏み込むか……心構えを聞いておこう。
「で、マルティさん、とても重要なのですが」
「何だろうか?」
「サディ殿下に愛の告白は?」
「え?な……えと……その……な、何を……」
「わかりやすいよね」
「そうですね。貴族失格です」
「うわぁ、エリスが気付くのは当然として、ポーレットからもダメ出しが出たぞ」
「え?私、そういう位置づけ?」
「細かいことは気にするな」
冴えない木っ端貴族の恋の手伝いというのも悪くないか?
「えーと、マルティさん。少し落ち着いて下さい」
「いやいや、だって、その……ほら、身分違いとか……それに歳も離れてるし」
「はいはい、ごちそうさま」
とりあえず、薬を作るのに十分すぎる理由はあるようだな。とは言え、オッサンの恋バナの前に重要な話があるのでそちらの事を先に話しておこう。
「この後ロックベアを討伐し、昨日のように処置を終えたら街を出ます」
「え?街を?」
「はい。安全を確保出来るところで薬を作りましょう」
「それは願ってもないことだけど、私は野宿の経験はないから……その」
「雨風しのげるそこそこ快適な場所を提供します」
「そ、そうなのか……」
「ただし、約束して欲しいことが」
「うん?」
「その場所がどこにある、とかそう言うのは絶対に秘密にしてもらいます」
「秘密に?問題ない。君たちには色々と返せない恩が増えてきている気がするからそのくらいはお安い御用だが……」
「お願いしますね。詳細は実際にそこに行くときに説明しますけど」
工房に連れて行って……一通り終わったらこちら側の転移魔法陣を壊してしまえばいい。仮に魔法陣の形を詳細に覚えていたとしても、魔法陣のインクを作り出す方法までは教えないし。仮に頑張ってインクを作ったとしても、魔法陣に流す魔力のパターンを知らなければ発動はしないし。
「さてと、今のうちに話しておきたかったのはそのくらいです」
「そうか」
「で、それはそれとして……サディ殿下のコトについて詳しく聞かせてもらいますか」
「え?」
下位とは言え王位継承権もあるうら若き王女と、王の血筋の末裔ではあるが、現状ではほぼ力のない末端貴族のオッサンの恋バナだ。詳しく聞かせてもらおうじゃないか。と思ったのだが、それほど面白い話は無かった。第三妃とマルティの母親が友人同士で、まだサディ殿下が幼い頃に数度、会ったことがある程度。マルティはひと目見て惚れてしまったと言うが、向こうにその認識はないだろう、と。これだけだと、ただのロリコンを拗らせただけのように聞こえるが、まあ純粋に想っているだけなら害はないし、そもそも今もこうして体を張って彼女のために薬を作ろうとしているその姿勢は褒めていいと思う。
日本人基準で言うと年齢差は如何ともし難いように見えるが、この世界、貴族や王族の婚姻において年齢差など誰も気にしないというか、この二人よりももっと年の離れた組み合わせは珍しくない。この恋が実る可能性は低いだろうけど、応援しますよ、とコメントしておいた。
わかりやすくうろたえてたけど。
「さて、この辺かな?」
昨日も来た場所に着いて周囲を見渡すが、とりあえずロックベアはいない。
「ポーレット、荷物を下ろしてマルティさんと準備を始めてくれ」
「はい」
「エリス、ロックベアは近くにいるかな?」
「んー、ちょっと離れた所に何頭か」
よくわかるものだと感心する。
「ここまで引っ張れるかな?」
「任せて!」
ドン、と胸を叩いて自信を見せているが、これはマズいパターンだな。そのまま送り出したら大群を引き連れてきそうだ。
「昨日くらいの大きさが一頭いればいいからね?」
「わかった」
うまいことやってくれるだろうと信じて任せよう。
エリスが駆けていったあと、リョータは周囲の警戒。ポーレットは荷物を広げて準備を進める。
「あー、来たな。うん」
遠くにエリスの姿が見えたが、そのあとからロックベアが四頭着いてきている。ロックベアは目も耳も鼻もいいらしいから、ちょっとした距離だとすぐにこちらを獲物と認識するらしいからこのくらいは想定内。
「ポーレット、どうだ?」
「二番目にいる大きいのがいい感じかと。残りは薬の材料としては小さすぎます。肉や毛皮は高値で売れそうなので出来るだけ無傷で」
「全部持てるか?」
「解体してまとめれば持てます」
「じゃ、持って帰ろう。エリス、四頭ともこっちへ。二番目の奴だけ薬の材料にするから」
少し大きな声で話すだけで、了解したと手を振っている。
「以心伝心、ありがたいな」
「いや、この距離で今の声が聞こえるってのが異常だと思いません?」
「エリスはそれが普通なんだよ。慣れてくれ」
「はあ……っと、そろそろですね」
そそくさとポーレットが下がっていくのを横目に魔法のイメージを構築する。
「エリス、後ろの二頭を仕留める。先頭の一頭を頼む」
そう呟いてから魔法を解き放つ。
「氷の槍!」
今回は素材持ち帰りにするので焼き尽くす火の魔法は使わないし、エリスに当たるのもマズいので、左右から大きく弧を描くように放ち、首筋を貫いて倒す。そしてほぼ同時にエリスが先頭のロックベアの頭を蹴り折って倒すと薬素材予定のロックベアを引っ張ってくる。
「いきなり三頭倒されたら普通は逃げると思うんだがな」
「目の前の食糧を優先してるんじゃないですか?」
ポーレットの身も蓋もないコメントの間に魔法は構築出来た。
「雷撃!」
開いた口の中に電撃が炸裂すると、ボテッと倒れる。
「ちょっと行ってきます。ポーレットも来てくれ。エリス、こっちでマルティさんの周囲を警戒して」
あの巨体を運ぶのはポーレット無しでは無理だからな。そしてたかだか二百メートルほどとは言え、戦闘素人のマルティをそのまま残すのはマズい。
「状態は全く問題ない」
「早速解体にかかります。前と同じでいいんですよね?」
「ああ、問題ないよ。手順は覚えているかい?」
「大丈夫です」
スイスイとナイフを走らせて解体を進めていく。その間、エリスとポーレットが周囲の警戒をしつつ、三頭のロックベアを運搬。マルティは既に加工の準備にかかっている。
「それにしても、すごい魔法だね」
「え?」
「ロックベアを仕留めた魔法だよ」
「氷の槍くらい、そこそこの腕の魔法使いなら使えるでしょう?」
「うん、それもそうだけど、コイツを倒した魔法は見たこともない魔法だったし」
「ある意味オリジナル魔法ですからね」
「しかも呪文詠唱無しと来た」
「祖父の教え方が良かったんですよ」
存在しない祖父の評価がどんどん上がっていくが、気にしない。
「それだけの腕があれば、どの国でも筆頭宮廷魔術師になれるだろう?」
「そうかも知れませんけど、今はやることがあるので」
「それが片付いたら、ウチの国でどうだい?私にはあまり力は無いけど、推薦状を書くくらいならできるよ?」
「この国の上層部ゴタゴタを聞いている人が請けると思います?」
この件が王位継承権争い絡みなのか、何か違う事が進行しているのかわからないが、面倒な国だと思う。
「ハハッ、そりゃそうだね」
「っと、はいこれ、胆嚢です」
「ありがとう」
「次は肝臓を出しますので」
素材が揃って調合を始めた頃、三頭のロックベアも運び終えたのでそちらの解体にかかる。ある程度予想していたことなので大きめの箱とか袋を用意してきていたが、少し入りきらなかった。欲張ってもしょうがないので捨てていこう。持って帰るだけでも結構な収入だし。
「よし、これで完了だ」
マルティの作業が終わり、片付けを済ませると街へ向けて歩き出す。長時間の歩行に慣れず、疲れの見え始めているマルティに合わせるので街に着くのは日が沈む頃かな?




