貴族はやはり面倒くさい
「マルティさん……まだ依頼は終わってないから、今から出掛けましょう。って話です」
「し、しかし……その……こう言っては何だが……また……」
「何とかします。何とかするので、薬を作るのに必要な物を全部用意して下さい」
「……いいのかい?」
「どこにも何も問題はありませんよ?」
「わかった。恩に着る」
「それは、薬が完成してからにして下さい」
「そうしよう」
少しだけ、声に元気が戻ってきていた。
本当はこんな偽善者っぽいことはしたくない。だが、これをやった相手が誰か、マルティは多分気付いている。気付いた上で依頼を出していると言うことはどういうことなのだろうかと、結構どうでもいいことも気になる。そのあたりはあとでじっくり聞いてみるとしよう。
「え?今度は一緒に行くのかい?」
「ええ」
「まあ、別に問題はないといえばないけど、私は魔物と戦うなんてできないよ?ホーンラビットでさえ手こずるだろうから」
「その辺はご心配なく。むしろ街で待っててもらう方が危険と判断しました。エリスを護衛に付けていても」
「え?」
「エリスは戦闘狂じゃないですから、人間相手に戦うのはちょっと」
元々は開拓村の村娘。鹿や猪の狩猟と鶏解体の経験はあっても、命がけで戦うようになったのは冒険者になってからだし、日も浅い。俺も似たようなものだが。
ちなみに、俺が狙われていたら問答無用で戦いそうだけど、とは言わない。
「それと、少し確認したいことがあるので歩きがてら話しましょう」
「うん、まあ、君たちがそれでいいなら」
「さらにもう一つ」
「もう一つ?」
「詳細はあとで話しますけど、薬の完成と納品まで、見届けます」
「え?」
「だから言ったじゃ無いですか。全部用意して下さいって」
「あれ、そういう意味だったの?」
「え?まさか……」
「いや、だって……その……」
用意しろと言ったのに、この人はまた、最初の処置分しか準備していないのか。
「必要な物を言って下さい。今からでも用意しましょう」
「一応聞くけど、魔の森で全部作るのかい?十日はかかると言ったはずだけど」
「まさか。ちゃんと雨風しのげる場所で作りますよ。と言うことで必要な物を」
マルティは少し思い悩んだようだが、姿勢を正し、頭を下げてきた。
「私より若い君たちに頼りっぱなしで情けないが、協力していただけるならお願いする」
約一名、マルティよりもはるかに年上だが、それはいいか。
必要な物を確認して用意と言ってもそれほど色々なものはなく、薬師ギルドの倉庫に行けばすぐに用意できた。倉庫に足を運ぶのは目立つが、それはそれで邪魔をしてくる連中を釣りやすい、かな?
「単刀直入に聞きます。薬が必要なのは誰ですか?」
魔の森へ入り、十分も歩けば他の冒険者を見かけることもなくなる。ポーレットによるとダンジョンへ向かうルートではないから、ほぼ無人だろうとのこと。一応エリスが周囲を警戒しているので問題ないので、聞きづらいこと、つまり答えづらいことをズバリ聞いてみた。
「国王の第三妃の娘……第四王女サディ殿下だ」
「そりゃまた何というか……微妙な立ち位置ですね」
第四王女は末っ子だったな。一応、兄や姉たち……つまり、他の王子も王女も全員健康らしいから王位継承権とかそう言うのとはかなり縁遠い立場のハズだ。
「これから作る薬は解毒薬と言うことですが……」
「そこまで知っていた……いや、そのくらいは調べるか。うん、解毒薬だよ」
「王女は誰かに恨みを持たれるような?」
「まさか。少々抜けたところがあるけど、素直で朗らかな優しい方だよ」
惚れてんのが丸わかりの表情だな。
「それなら、誰が毒を?」
「誰が、というのはさすがに私にはなんとも言えない。詳しい状況を知っているわけではないからね。だが、他の王子か王女を狙って失敗したのではないか、という意見が多数だね」
「意見と言っても、お貴族様のいい加減な噂でしょう?」
「いい加減という部分に関しては賛同するけど、それなりに筋は通っているんだ」
マルティによるとサディ殿下は末っ子というのもそうだが、年が離れていることもあって少々兄や姉に甘え気味なところがあるらしい。だが、それは決して何かの打算があるというわけでは無く、純粋に家族だから心を許している態度だ、というのがマルティの意見。一旦ここは個人的な意見は置いておくとしよう。
「参考までに、サディ殿下が王位に就くことはできるの?」
「我が国は女王も認めているし、過去に例もある。だから、四人の兄と三人の姉が継承出来なくなる事態が起きたら、だな」
「才能の有り無しは?」
「うーん、私も詳しくは知らないが、サディ殿下はまだ貴族学院に通っているが、成績は優秀らしいから、王位継承権を持つのに不足はないそうだ。ま、兄たちが健在で優秀だからあり得ないだろうけど」
「へえ……って、それ第四王子とかもかなり怪しくないですか?」
第四王子は継承順位としては七番目。蹴落とされてはたまらんと動いたとか?さすがにあからさまな気がするが。
「第四王子か。彼の事は私もよく知っているから断言する。とても穏やかな方で、兄たちを害して国王になろうなんて野望を持つような人物ではないと」
「ふむ……では王女たちは?」
「私の立場的に、王子も王女も接する機会がないから噂レベルだが、それなりの才覚はあると聞く。だが、正式な発表はされていないが、既に上級貴族との婚姻が決まっているらしい」
「それはどういう?」
「近々、婚約が発表される事になるが、内々で決まっている時点で王女からは継承権がなくなるんだ」
この国では明確に王位の継承順位を定めた方は無いらしいが、慣例として生まれた順、と言うことになっているとのこと。そしてそれに照らし合わせると第一王子、第二王子、第一王女、という順序だそうで、サディ殿下は八番目。王女たちが婚約して継承権を失えば五番目に上がるが、王子たちを追い越して行く事は無い。
「普通に考えて継承権最下位の第四王女を毒殺する必要性はない。となると、誰かを狙ったのだが、何らかのアクシデントがあって、とマルティさんは推測していると」
「私に限らずね」
「ゴシップ好きな貴族があれやこれやとはやし立てそうなネタですね」
「それは否定しない」
「しかし、そうなってくると……薬を作るのを妨害する理由がわからないんですが」
「私はそういうのにあまり関わりたくないから、あまり考えないようにしているんだけど、可能性は二つある」
一つ目は第三王子派による妨害。第三王子は第二妃から生まれているのだが、面倒な事に第二妃というのが結構な大貴族の娘……それこそ王妃と第三妃の家がかすむほどで、派閥は大きく、何としても第三王子を国王にしようと色々手を尽くしていると噂されている。そしてサディ殿下と母親――第三妃だそうだ――を同じくする兄が第二王子なのだが、これがまた優しい方で、サディ殿下が倒れたことに心を痛めていて、あまり公務をこなしていないのだとか。そして仮に、このままサディ殿下が亡くなった場合、王位継承権を辞退するのでは、とも噂されている。第一王子を片付ける前にひと仕事しておくという位置づけだとしたら?というのがマルティの予想。
そして二つ目が、薬の量。実はあの瓶のサイズで作ると、出来上がる薬は五人分ほどになる。そして解毒薬は長期保存が可能。つまり、解毒薬ができてしまうと、他の者を毒殺しようとしても失敗してしまうことになる。当たり前だが毒薬の用意というのはかなり手間がかかる。作るのも大変だが、その後の管理はもっと気を遣う。うっかり蓋を開けてしまったりしたら自分に毒が、というのもそうだが、それ以上に保管している毒薬が見つかると厄介。毒薬を使用すると決めたら短期決戦が望ましい。おそらく二人目三人目に狙いを付けて、既に毒を盛っているかも知れないのだが、そこに解毒薬を持ってこられたら作戦はすべて白紙。何としても阻止したいだろうというのがマルティのもう一つの予想だ。




