獣人の本気の速度に人は耐えられるのだろうか?
要するにこの人、どれだけ頑張って薬師になったのかは知らないが、放っておけば奴隷か死刑かはたまた国外追放か、と言う薬師ギルドから切り捨てられるようなマズい状況にあったというわけだ。それなのに、マルティさんにあまり危機感がないのはなぜかというと、「材料がなければ調合出来ない」から。つまり、「材料を調達出来ない冒険者ギルドが悪い」という妙な理屈がまかり通っているというのもある。つまり、そのまま依頼期限を過ぎてしまったら、薬師ギルドとしては「できる限りの手を尽くしました」と言うことになって、おしまい。もしかしたらマルティさんに個人的に処分が下されるかも知れないけど、それはギルドの知ったことでは無い、と。
なかなかこの国は腐っている、とは言わない。どの国も上の方はだいたいそんな感じらしいから。
打ち合わせを終えると、ギルドをあとにしてゾロゾロと薬師ギルドにあるマルティさんの部屋へ向かい、色々と必要になる物を確認すると、今度は俺たち三人だけで街に出て、これまた必要になる物を用意していく。さて、これでうまく行くといいんだが。
「と言うことでよろしくお願いします」
「はい、お願いします」
翌朝、早い時間ではあるが薬師ギルドに出向いてマルティさんと最終確認。エリスを残してポーレットと共に魔の森へ向かう。
「じゃ、行ってくる」
「気をつけてね」
「うん」
エリスの心配そうな顔はあまり見たくないが、今回ばかりは仕方がない。
「ポーレット、案内頼む」
「わかりました」
ポーレットはポーレットで、昨夜のうちに数軒の酒場を回って冒険者たちに魔の森の情報を集めてもらっておいた。それなりに顔の利く彼女だからこそできることだということと、ロックベアのいそうな岩場が現在も変わりないかどうかを確認するだけなので、簡単に確認出来たそうだ。いいねえ、コミュ力のある奴は。
「方角的にはこっち。だけど、まっすぐ行くと途中でデカい池があるからこっちに」
「了解」
「……急いだ方がいい?」
「できれば」
「わかりました。では少し早足で」
道中で出てくるのはホーンラビット程度で、ヤバい魔物は出ない。だが、今回はホーンラビットが重要になるので、数羽狩っていく。首を落としてそのままズタ袋に放り込み、血を滴らせたまま歩いて行く。ポーレットが嫌そうな顔をするが、俺だって出来ればこう言う作戦は採りたくないよ。
事前情報通り、二時間ほど歩いたところで木や草がまばらになりはじめ、足元が岩だらけになってきた。
「もう少し、あの辺りならどうです?」
「うーん……そうだな、いい感じかも」
ポーレットの指し示したちょっと小高い場所に上ると、広々とした場所に出た。僅かに下りになっている他はあまり大きなデコボコも無く、ロックベアを相手にするにはちょうどいい感じだろう。
「風向きも後ろからの風でちょうどいいか」
「言っておきますけど」
「お前に戦闘能力は期待してないよ」
「ならいいですけど」
「少し下がって。もしも背後から来たら教えて」
「了解です」
ポーレットが少し下がったところで、ホーンラビットで膨らんだズタ袋を放り投げる。ズタ袋は数メートル先でズシャッと酷い音をさせながら周囲に血と肉をまき散らす。
「風!」
後ろから風が吹いているが、魔法で少し強めの風を起こしてさらに拡散させる。これで血の臭いに釣られてでてきてくれるといいのだが。
「って、三頭出てきた!」
結構近くにいたのはちょっと予想外。これ、もう少し入っていたら囲まれてたよな。
「三頭も……大丈夫ですか?」
「まあ、多分……で、ポーレット、どうだ?」
「そうですね、あの右側の大きいのなら十分です。あとの二頭は小さすぎますね」
「了解」
とりあえず素材にしない二頭を先に片付けよう。
「炎の槍!」
長さ二メートル程の炎の槍が高速で撃ち出され、小柄な二頭の頭を吹き飛ばす。
「次、電撃!」
いきなり二頭がやられて僅かに怯んだデカい奴が威嚇でもするつもりだったのか口を開けたところに電撃を撃ち込む。ビクンと痙攣して倒れ、だらしなく開いた口の中へもう一撃。まだ僅かに動いているのでもう一撃。唾液などの体液で濡れている口腔内からの電撃はいい感じに脳や心臓の機能に悪影響を及ぼし、戦闘開始から一分と経たずにロックベアの討伐が完了した。
「どうだ?」
「大丈夫ですね。これなら行けます」
素材として痛めていないことを確認してもらったところで、ここに来るまでの間に拾った小石を掌に載せ、魔法のイメージを固める。
「それっ!」
ここに来るまでの間に小石の中をくりいておき、そこに空気を圧縮して詰め込む。小石全体も補強しておいて、空けた穴から空気を吹き出せばこうして上空へ打ち上げられる。そして、小石の補強を解けば、
パァーーーーン!
派手な音をさせながら弾け飛ぶ。細かい破片が降ってくるのが欠点だが、これで合図は大丈夫だ。
「!」
魔の森と街を隔てる壁にもたれかかっていたエリスの耳がピン!と立ち、すぐに立ち上がって、隣のマルティを見る。
「マルティさん、合図がありました」
「本当ですか?何も聞こえませんでしたけど」
「本当です。急ぎましょう」
「わかりました。お願いします」
エリスが向けた背に恐る恐る手をかけ、腰のあたりに巻いておいた布を前に回すとエリスがスルスルと結んでいく。
「では行きます。えと……舌を噛むといけないので口を閉じていて下さい」
「はいっ……でも、場所とかわかりますか?」
「大丈夫です」
一応、ホーンラビットの血と臭いに特徴のある薬草の汁をまいて進むことになっているが、エリスにしてみればリョータの匂いをたどるくらい朝飯前だ。
「行きます!」
かけ声と同時にズドンと音をさせながら一気にトップスピードに持っていく。後にその様子を見ていた門の衛兵は語る。
「消えた」
と。
ポーレットが背負っていた荷物をリョータが背負い、ポーレットがロックベアをくくり付けた背負子を背負って歩き出す。はた目にはどう見ても背負う物が逆だろと言われる絵面だがこれが正解なのだから仕方ない。
「ポーレットが先行して。後ろを警戒するから」
「わかりました。任せます」
追加のロックベアが後ろから来たときの用心でリョータが後ろを歩く。素材分は確保したので次は手加減無しの魔法を放てば大抵の魔物は問題ない。
そうして十分ほど歩いたところでポーレットが足を止める。
「ん?どうした?」
「さすがというか何というか……エリスってとんでもない足をしてますね」
「え?ああ……うん、そうだな」
ポーレットの指す先には土煙を上げながら――正確には置き去りにしながらか――どんどん大きく見えてくるエリスと背負われたマルティさんの姿。
程良く開けた場所なのでここでいいだろうと背負っていた物を下ろしたところに、エリスが到着した。
「お待たせしました!」
「エリス、お疲れさん」
「いいえ、このくらい。どうって事ないです」
だろうな。背負われていたマルティさんは少し……いや、かなり目を回しているようだが。




