薬師ギルドから来ました
転移魔法陣を使うというのもあるのだが、魔の森に満ちている魔素で誤作動しそうなんだよな。あとは……ん?エリスに考えがあるようだが……
「リョータ、荷車を作ってみたら?」
「あれか……」
この街で手に入る材料で、自走式荷車が作れれば時間の短縮は可能だろう。だが、問題が二つ。材料があるかということと、魔の森は平坦ではないので荷車の走行に向かないということだ。
材料に関しては、代替品がある可能性は高い。アレックスが大陸西部で暮らしていたから大陸西部で採取できる素材メインで研究していただけだろうから、大陸北部でも探せば荷車の自走に必要な材料は揃うだろう。
だが、そのためにはありとあらゆる素材を集めて実験しなければならない。二、三年で見つかればいいが……という次元の話だ。
そして、荷車が出来たとしても、魔の森の地形が課題として立ちはだかる。
山あり谷ありというほどではないにせよ、一~二メートルの高低差はそこら中にある。何しろ誰も整地なんてしない土地だから。これも魔法で整地すればどうにかなるだろうが、かなりの距離になるのでいくらリョータでもスイスイとできるわけではない。
「うーん……ポーレットの言うことがそのまま当てはまるとして……厳しいな」
「ええ。おそらく……あと一、二ヶ月で王国騎士団を投入するのではと」
「騎士団投入してどうにかなるのか?」
「騎士団の輸送力で薬師と調薬に必要な道具類を一緒に運んでしまうという力技があります」
「なるほどね」
だが、その場合でも投入する兵力は数十人規模。日帰りできれば冒険者に支払う報酬よりも安く済みそうだが、そんな規模で踏み込んでいったら、ロックベアも警戒して距離を取るか、群れで襲いかかるかのどちらかを選びそうだ。ロックベアの捜索難易度が上がるか、討伐危険度が上がるか。
そして、捜索に十日もかかってしまったら、かなりの出費。冒険者に報酬を支払ったほうがマシで、本当に最終手段と言えるだろう。
「どうしますか?断っても別に問題ないというか、受けると面倒な依頼だと思いますよ」
「そうだな……ちなみに、ポーレットの予想でいいが、これで薬を作るとして、誰に使うんだ?」
「うーん……こう言ってはなんですけど、モリコナってそれほど貴族やら王族の権力争いって無かったと思うんです。だから思い当たる人物がいません」
「なるほどね」
「それともう一つ」
「ん?」
「ロックベアについて少し聞きかじっていれば、すぐにこのくらいのことに思い当たるという時点で、冒険者ギルドにこんな依頼が出ているってのは不自然だと思いません?」
「あ、そういうことか」
命を狙われてます、死にそうです、と公言しているようなものだな。
「となると……誰を狙ったのかはわからないが、とりあえず毒を盛ることには成功した。そして、狙われていると言うことを大っぴらにしようとして依頼を出した……って、依頼を出した人物が薬を盛ったって可能性があるか?」
「あるいはそう見せかけることで、依頼を出した者を陥れるとか」
「面倒くせえ!」
依頼を受けたら受けたで大変な内容。では受けなかったら……他の依頼を受けろと言われそうだ。そもそも依頼を受ける、受けないは冒険者の自由だが、依頼を受けて欲しいと頼むのもギルド側の自由。自由と自由がぶつかり合うというわけだ。
「受けないと言う場合、早々に準備をしてすぐにでも街を出るのが正解、でいいか?」
「そうでしょうね」
「受けるとした場合、どう考えても成功率が低いのをどうやってクリアするか」
「そうなんですよね」
だが難易度が高い一方で、クリアすべき条件は二時間以内の解体と一時間以内の調薬開始の二つで、ロックベアの捜索、討伐は問題ないだろう。
「いくつか条件を出して、それが飲めないなら諦めてもらうとしよう」
「条件?」
「そう。まず、エリスに……」
「と言う条件を飲んでいただけるなら、受けてもいいのですが」
「わかりました」
「すぐに確認に行ってきます!」
職員が一人飛び出していったのを見送って、ギルドマスターが聞いてくる。
「それで行けるか?」
「そこはなんとも。ロックベアが必ずここにいる、とかわかっているならともかく、探すところからだし」
「ならば、やはりベテランを付けるか?」
「いえ、要りません」
色々と聞かれたくない秘密が多いパーティなんです。というか付けられるベテランがいるならそいつらにやらせろよ、と思っても言わないけど。
しばらくして戻ってきたギルド職員が、こちらの出した条件が通ったと、かなり興奮しながら答えてくれた。
「では、明日詳細を詰めてから準備して取りかかります」
「よろしくお願いします!」
驚いたことにギルドが宿の手配をしてくれた。もちろん宿泊費はギルド持ち。まあ、逃げられないようにと言う意図が見え見えだけど。
「と言う条件なのですが、大丈夫ですか?」
「わかりました。それなら……まあ……何とか」
俺たちがギルドの会議室を借りて打ち合わせをしている相手は、今回の依頼達成にあたってとても重要になる人物、マルティ・ラグリスさん。もうすぐ三十代というマルティさんは、姓があることからわかる通り貴族だ。それも、五代だか六代さかのぼると王の末弟になると言うからなかなかの家柄……と思いきや、その王の末弟の第三夫人の産んだ三女の、四男の……とかなり末端をたどっていくので、貴族としてはかなり下位。そしてそこの五男だというから子だくさんというかなんというか。それにほぼ平民と言っていいくらいに着ている物も質素だし、何より少し気が弱いので貴族向きじゃ無いだろうと勝手に推測している。
で、何が重要なのかというと、彼は貴族ではあるが、キチンと――と言う表現が正しいのかどうかわからないが――手に職を持っている。薬師という職を。つまり、今回の薬の調合は彼が行うのだ、とギルドに確認してもらい、こうして事前打ち合わせとなったのだ。
「出発は明日の朝イチになります。必要な物をあらかじめ用意してください」
「わかりました……っと、この後そのまま私の仕事場へ向かいましょうか」
「そうですね、そうしましょう」
この街の薬師ギルドには彼よりも腕のいい薬師はいくらでもいる。ぶっちゃけ言ってしまうと、彼の腕は平凡で、そこそこ人数のいるギルド内では埋もれてしまうレベル。そんな彼が今回の依頼に関わっている理由は大雑把に言って二つ。
一つ目は、彼が抜けてもギルドとしては大した痛手ではないと言うこと。今回作る薬は材料が面倒という他は特にこれと言って難しい処置はないので誰でもいいし、もっと言ってしまうと、彼にしか調合出来ない薬というのも無い。腕の立つ薬師が一時的と言え持ち場を離れるというのはギルド的にはNGだが、いくらでも替えの効く彼なら問題なし。と、これだけ聞くと酷い話ではあるが、逆に言うと自由に動ける人材と言うことでもある。
そして二つ目が、この依頼の背景のヤバさ。明らかに王族、貴族絡みの仕事と言うことで、万一が許されない。調合に失敗し、薬が完成しなかった場合、担当した薬師にそれなりのお咎めがあるだろうというのがポーレットの言。現代日本基準で言うとなかなか受け入れにくいが、少なくともこの国でのこれまでの慣習からすると、良くて多額の罰金――だいたいの場合、重罪として犯罪奴隷に堕とされるらしい――で、下手すると死刑もあり得ると。




