岩のくまさん
「と言うことで、こんなにたくさんの依頼票がありまして」
「多過ぎです」
「せめてこの半分だけでも」
「それでも二桁あるだろうに」
「半分はやっていただけると言うことですねっ」
「やりません……ってか、そんなにやれませんよ」
モリコナのギルドマスター以下十名という大人数に囲まれたテーブルの上には山と積まれた依頼票。どれもこれも「○○ダンジョンで○○採取を」というものばかり。
「ポーレット、このダンジョンって?」
「モリコナから行けるダンジョンは四つあります。どれもこれも二十層以上という、かなり深いものばかり。最深部に到達した者はいませんが、危険度は低め。ただ、とにかく広いので探索が面倒ということでよく知られています」
「よし、断ろう」
「「「そんなっ!!」」」
総勢十名の異口同音って結構うるさい。ほら見ろ、エリスがおびえてるじゃないか。ポーレットは……おいバカやめろ、依頼票に手を伸ばすな、とペチッと叩いて引っ込めさせる。
「どうしても無理ですか」
「ダンジョンに潜る系はダメですね。ポーレットは戦闘向きではないし、俺とエリスはダンジョンに潜った経験はほぼゼロ。深いところまで潜って、なんて絶対無理です」
「ベテラン冒険者を付けますので」
「そのベテランに頼んで下さい」
俺たちには、秘密というかあまり大っぴらにしたくないことが色々あるので、他の冒険者と行動を共にするというのはできれば避けたい。船の護衛程度ならまだそれぞれのプライバシーを守れるが、ダンジョンに潜るとなると寝食を共にするわけで、色々と隠し通せないだろう。ラウアールではギルドマスターとSランク冒険者に信頼の置ける仲間という構成だったから色々と融通を利かせてもらったが、さすがにここではそうも行くまい。
「と言うことで、もういいですか?」
「ちょっと待って下さい!」
「えーと……」
若い頃はあと少しでSランクという実力者だった老齢のギルドマスターが依頼票を一枚差し出してきた。
「せめてこれだけでも」
「う……」
「内容を見るだけでも」
仕方なく受け取り、依頼内容を見る。
「ロックベアの素材採取依頼?」
「うむ」
内容を読んでも、いまいちピンとこないが、ポーレットが何か言いたそうにこちらを見ているのが気になった。
「少し三人だけで相談をしてもいいですか?」
「わかった。我々は外で待つとしよう」
ゾロゾロと出ていったところで、
「ポーレット、ロックベアについて一言」
「はい。大陸北部ではよく見かける魔物ですね。と言うか、私は大陸北部しか知らないのですが」
「セルフボケ突っ込みはいいから」
「えっと……名前の通り、岩場にすんでいる熊です。素材採取と言うことなので成体基準になるのですが、小さいものでも体長三メートルほど、大きなものになると五メートルを超えます。体重は三百キロ以上。実物を見たことはありませんが、八百キロ越えもいたとか」
「なるほど。魔物としては結構強そうだが……俺らに回すような依頼か?」
「そうですよね。ベテランがいるならそっちに頼めばいいのに」
リョータの疑問にはエリスも同意見だった。
「まあ、そうなんですけどね。狩るだけなら、どの街にもいるちょっと腕の立つ冒険者でも十分です。ただ、これの素材採取となると難易度がグンと上がります」
「へえ」
「これ、見て下さい」
「えーと……対象の素材は……肝臓と胆嚢と心臓」
「私もなんでも詳しいわけではないのですが、胆嚢を素材として採取する場合、ロックベアを仕留めた後、二時間以内に取り出して、それから一時間以内に処置をしなければならないはずです。遅くなればなるほど薬の素材としての価値が急落します。肝臓や心臓も似たような感じだったはずです」
「これ薬の材料なんだ」
「ええ。依頼の期限が三ヶ月後となっていますが……ロックベアを材料にした薬が必要と言うことで考えると、厄介な事態が思い当たります」
「その厄介な事態の特効薬になると」
「ええ。そしてこの中金貨二枚という破格の報酬。おそらく王族かかなり高位の貴族ですね」
「一応聞くけど、その病気、庶民がかかったらどうなるんだ?」
「……私が知ってる限りですけど……病気じゃ無いですよ」
「え?」
「私、薬とは言いましたけど、病気なんて一言も言ってません」
「じゃあ、何?」
「ぶっちゃけ……毒薬を盛られていると」
「マジか」
「貴族同士の醜い権力闘争に巻き込まれるのはゴメンなんですが、一応基礎知識として……さすがの私もその毒薬とか解毒薬の作り方は知りませんが、たった一回食事に混ぜて口にするだけでじわじわと体を蝕んで、一年程で死に至らせる、というくらいのことは知っています」
「その解毒薬の材料がロックベア」
「繰り返しますが、作り方は知りません。あと、素材となる内臓の処置の仕方も知りません。食用として切り分ける方法は知っていますけど」
「ロックベアの肝臓とか食えるんだ」
「珍味ですね。通好みの酒場で時折見かけるメニューです」
「おいしいんですか?」
「さあ?臭いがかなりきついのでやめました」
エリスと同じ質問をしかけたが、臭いがきつくてやめたということは、食欲をそそる臭いではないんだろうな。
「ポーレット、ここからロックベアのいるような場所まではどのくらいだ?」
「うーん……私、モリコナではほとんど活動していないのでうろ覚えですけど、歩いて二時間強でロックベアの棲息するような岩場になります。ただ、あくまでも岩場になるというだけで、ロックベアで溢れているわけでは有りませんよ?」
「つまり、ロックベアを仕留めても、街に戻るまでの間に二時間以上……下手すりゃ四、五時間かかると」
「そういうことになります」
つまり、この距離の遠さが依頼の難易度を押し上げているということか。
仮に岩場の端までロックベアを誘導して仕留めても、そこから街に持ってくるまでに鮮度を維持するギリギリの二時間を超えてしまう。では全力疾走すれば?と思うが数百キロの重量のクマを運びながらとなると、走るのも限界だろう。
「ポーレットを走らせる、とか」
「うーん……重さは感じませんけど、クマが大きすぎてバランスが崩れやすいんですよね」
「バランスを維持して転ばないように誰かが支えようとしたら、触れた瞬間に重さが戻ってくる、と」
ポーレットのギフトの微妙なところがこんなところで足を引っ張るとは。まあ、文句を言っても仕方ないが。
「こういうのはどうだ?ポーレットが背負った状態で、俺かエリスがポーレットを背負う」
「似たようなことはやったことがありますけど、あくまでも私が重さを感じないだけで、私を背負う人は重さを感じるんですよね」
実に微妙なギフトだな。
さて、それでは他の方法は?
鮮度を維持、ということなら魔法で冷やすという方法もある。だが、魔物の内臓を二時間以内、という妙な制約……おそらく冷やしても意味はない。二時間、という時間に意味があるのだろう。
では、魔法で時間の流れを操作する?無理だな。地球の最先端科学の世界では時間というのも物理的な現象の一つだ。だが、「時間の経過」がどのようにして引き起こされているのかというのは一握りの天才たちが日夜議論を重ねてようやく説明できるかどうかというほどの理論で成り立っている。その他大勢に含まれているリョータに理解できるわけもない。
そういえば、光の速さに近づくと時間の流れが遅くなるというのがあったな。ということはクマを光の速さで移動させれば……意味がない。街までの移動に時間がかかるのを解決したいのであって、光の速さで移動できるならそもそも問題は解決できてしまっていることになる。そして、そんな高速で移動する方法というのはちょっと……となる。
短距離ならば、強い加速を付けて飛ばす、ということもできるだろうが歩いて二時間以上ということは十キロ前後はある距離。それだけの距離を高速移動となると、さすがに魔力が持たないだろう。




