フラグがキチンと仕事をする
「んーっ!朝!朝だ!」
二時間ほどの仮眠を取り、甲板へ出る。エリスもようやく落ち着いたようだが、まだ顔色も良くないし、何より耳や尻尾の毛艶が悪い。
「無理はしないように」
「はい」
お腹に入れすぎないようにと、少しだけドライフルーツを食べるように言うと、甘酸っぱさでスッキリするらしく、表情は柔らかい、
一方、ポーレットはと言うと、
「うぇぇぇ……」
波も穏やかなのだが、かえって揺れが来るらしく、寝たきりが続いている。本当、役に立たんな……まあ、情報提供はしてくれているが。
「飛びエイ、正面から来てる……マズいぞ、また数が多い」
「おう!」
見張りの船員からの声に応えたヴォンテとブロコが、それぞれのメンバーに指示を飛ばす。
「とりあえず様子見、だな」
「うん」
ヒュンヒュンと射かけられる矢で飛びエイが次々墜落していく。
「十五、十六……今ので二十……多いな」
「まさかまた大型が?」
「まだ終わってないぞ!右から五!左から三だ!」
「何っ?!」
左右に向けて矢が射られていく中、エリスの耳がピンと立った。
「リョータ……ちょっと大きい音が」
「どこから?」
「……左右」
「マジか」
「マズい!大型!左右から来てる!」
エリスから一呼吸遅れてマストからも見えたようだ。
「何てこった……」
「どうする?」
「どうするったって……」
周りがザワつき始める中で、リョータも動く。
「近いのはどっちだ?!」
「右だ!」
「了解!」
右舷に駆け寄ると、なるほど確かにでかいのが見えてきた。
「エリス……左は?」
「距離はあんまり変わらないかな……」
「そうか」
「リョータ……どうする?」
「そうだな……右は俺が何とかする。エリスは左を警戒」
「わかった」
「ただし……俺が合図するまでは絶対に跳ぶな。いいね?」
「わかった」
距離的にも電撃を撃つのが一番手っ取り早いのだが、辺り一帯に電気が広がってしまうので、下手にエイに向けて跳んでいたりするとマズい。
「右!攻撃する!全員体を引っ込めて!」
「え?あ!おい!体引っ込めろ!」
「そこ!危ねえぞ!」
超大型の時の戦いを見ていた経験からすぐに全員が体を引っ込めた。
「行くぞ……雷撃!」
ちょうど飛び上がった瞬間のエイに落雷が命中する。海面にあまり触れていないせいもあって電気があまり周囲に逃げず、そのままドパンと着水し、動かなくなった。
「エリス……行け!」
「はいっ!」
合図と共にエリスが飛びだし、空中を駆けていく。百メートルはある距離を数歩で駆け抜け、
「やあっ!」
こちらも一撃で仕留めた。
「いやはや、見事というしかないな」
「全くだ……大型のエイを見るだけでも結構貴重な経験だが、三匹も連続で瞬殺されるとはね」
「しかもそのうち一匹は超大型。そして仕留めたのはまだ冒険者になって一年かそこらの駆け出しに毛の生えた程度の新人上がり。自信を無くすぜ全く」
ぶつくさ言っているが、全員が笑顔でエイの引き上げ作業にかかっている。二匹とも十五メートルほどの大型。後からついてきている船に乗せていけば完全に黒字になると船長も笑いが止まっていない。
「エリス、大丈夫?」
「はい」
調子よくポンポンと駆けてエイを仕留めたが、本調子とは言えない様子だったので、エリスは休ませている。ついでにリョータも
「休んでろ」
「このくらいの仕事は俺たちがやる」
と強制的に休憩となったので、何となく作業を眺めているだけ。
数人がエイの上に飛び乗り、ホーンラビットの角で作った槍を突き刺してロープで引き上げている手際はなかなか。
「よーし、引き揚げろー」
「待て待て!右、右が強すぎ!もっと緩めて!左もう二人追加しないとバランスが悪いぞ!」
「ゆっくり、ゆっくりだぞ」
互いに声を掛け合って少しずつ船に近づけていたその時、左後方を指しながら見張りが声を上げた。
「何だ、あれ……」
同時にエリスの耳がピン、と立つ。
「リョータ……なんか大きいのが近づいてる」
「大きいの?」
「うん……あっち」
見張りが指さす方角と同じ。まだ低い位置にある陽の光がまぶしくてよく見えないが……確かに何か大きなものが移動しているようで、波が立っている。
「まさか……」
「シーサーペント?」
「マズいぞ!」
「作業中断だ!」
「エイの上に乗ってる連中をすぐに戻せ!」
「作業中断!作業中断だ!」
「帆を上げろ!あんなのに狙われたら一発で沈むぞ!」
「逃げるんだ!エイなんかほっといて逃げるんだ!」
甲板は大パニック……と言うほどでも無い。さすがにベテランだけあって落ち着いて作業にかかっている。そう、まだ距離があるから大丈夫だ、と。
「マズいな……速度がかなり速い」
「うん……多分だけど……エイの血の臭いに引き寄せられてるんだと思う」
左舷後方で念のため待機。だが、アレが近づいてきたときにどうすればいい?
「よし、こっちは全員上がったぞ!右はどうだ?」
「まだだ。あと四人」
「だいぶ近づいてる、急げ!」
まだ大丈夫、と思っているのだが……
「おい、速度が上がってないか?」
「マズい、急げ!急げ!」
ちょっとマズいようだ。
後ろに着いていた船は既に気付いて、進路を変更。そしてその横を巨大な波しぶきを上げながら、そいつはやって来た。
「来たぞ!」
「揺れるぞ!気をつけろ!」
ザババババ……と甲板まで水がかかるほどの波しぶきと共にやって来たそれは、信じられないほど大きな口を開けて大型エイをひとのみにすると、その頭を海中に沈めていく。
「まさに巨大なヘビ……」
「リョータ……ストムで戦ったのとは違うみたいだけど」
「うん、そうだね」
だいたいシーサーペントって海の巨大化け物の総称みたいなもん。細かい呼び分けは誰もしていない。
「潜っていったのは……マズい、右側のエイも食うつもりだ!」
「何?!」
「まだ三人残ってる!」
うわマジか。
それほど親しいわけでは無いが、それでも一緒の船に乗った仲間。あんなのに食われて死ぬのを黙ってみているほど薄情では無いと右舷へ駆け寄る。
「エリス、わかる?」
「……多分もうすぐ浮かんでくる」
エイの上にいる連中は必死にロープに掴まろうとしているのだが、先ほどシーサーペントが巻き上げた波で船が揺れ、その揺れでエイが揺れているため、振り落とされまいとしがみつくのがやっと。
「えーと……こう……?いや、こうだな……」
両手の指で四角い枠を作り、大きさをイメージする。
「海面を凍らせる!巻き込まれないように気をつけて!……凍結!」
リョータが叫ぶと同時に海面が白く凍り、エイを中心にボウル型の氷を生成する。そして、その直後、ガツン!と氷にシーサーペントが食らいつく……が、さすがに大きすぎて飲み込めず、すぐに方向転換して潜っていった。その潜っていく様子を見る限り……
「体長、二百メートルってとこか」
「デカいな」
「そりゃエイを一口だからな」
海面では凍らせたお陰で足場がしっかりしたのかどうにか残っていた連中がロープに辿り着いた。
「引き揚げろ!」
「急げ!」
「一気に引くんだ!」
だが、潜っていこうとしたシーサーペントが尾を一度大きく海面に打ち付け、巨大な波が生まれ、船が大きく揺れた。
「うわわわっ」
「ひぃーっ!」
「うわああっ」
マストの上の見張りが落ちてこなかったのは幸いだったとしか言いようのないほどの揺れにリョータもそのまま甲板を滑っていく。
「うわあああっ……って、え?」
「大丈夫?」
「あ、うん……ありがと」
素早く跳躍したエリスに抱き止められ、マストへの激突は避けられた。だが、あの様子だと、エイを食うためにまたやって来るのは間違いない。それもおそらく今度は船の真横から。氷を避けるために頭を持ち上げて食らいついて……船に直撃コースか。




