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  作者: ひじきとコロッケ
ヘルメス
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魔法の練習

「ふう」


 ホーンラビットの解体を終えて、一息ついた。一応自身に定めたノルマの一日三羽、達成だ。


「まさか研修が終わってもホーンラビット狩りとはね」


 昨日、ケイトさんから伝えられた衝撃の事実。


 俺に紹介できる依頼が無いと。


 俺はEランク冒険者だからDランク向けの依頼もこなせるが、そもそも冒険者としての経験が浅いのでしばらくは避けた方が良いと判断された。ここまでは良い。Dランクの依頼となるとそこそこの難易度になるし、ある程度魔物を相手にすることも増え、魔物に関する知識も必要。ぶっちゃけ、一人で受けるような物はほとんど無い。それではEランク向けの依頼があるかというと、無いのだ。


 そもそもEランク自体、冒険者登録すれば誰でもなれるFランクから常設依頼であるホーンラビット狩りや、薬草採取を真面目にこなしていれば普通に上がっていくランクだ。つまり実力不問。と言うことで、Eランクに頼みたい仕事というのは、魔の森に行く気さえあれば誰でも出来る物ばかりと言うわけで、高い仲介手数料も含めた依頼料を支払うくらいなら自分で、と言うケースが大半。特にこのヘルメスの場合、初心者冒険者が少なかったと言うこともあり、二十代から三十代は男女問わずに魔の森に行くのに抵抗は少なく、余計にEランク向けの依頼と言う物がないのだ。

 では、魔の森以外に行くところがあるかというと、これもまた微妙。ヘルメスの周囲の森は薬草もあまり生えておらず、動物も普通の兎や鹿、狐が時折見られる程度。海まで行けば何か出来るかと思いきや、結構ゴツゴツとした荒れた所を二時間程進まねば海岸まで行けず、しかもその海岸の手前に大きな岩山がそびえているため大きく迂回しなければ海まで行けない。魔の森を囲む山脈が途切れているから街があると言うだけで、ヘルメス自体は陸の孤島に近いような場所で、冒険者が稼ごうと思ったら魔の森へ行くか、南北どちらかに進んで他の街へ行くか、という選択になる。だが、今のところ街に顔なじみも増え、何かと世話を焼いてもらえるという環境は異世界(こっち)に来てから日の浅いリョータにとってはありがたく、ヘルメスを出るという選択肢はなかった。

 そんなわけでホーンラビット狩り、時々薬草採取以外にすることがない。特にノルマがあるわけでもないから、「今日は休みたい」と休んでも誰にも咎められることはない。もちろん生活費を稼ぐ必要はあるのだが、研修中に結構稼げたこともあって、多少は緩い生活をしても平気だ。

 が、緩いなら緩いなりにやってみたいことはあるのだ。


 それは、魔法。


 ナタリーから魔力について注意を受けていたように、俺にも魔力があると言うことは魔法が使えるはず。神もそんなことを言っていたし。と言うわけで、日課にしている夜のロープ結び練習を少し早めに切り上げて『初めてでもよくわかる魔法大全』を読み始めた。


 そこには、衝撃の事実が書かれていた。おそらくこの世界でこのことを知っている者はいないだろうと思う。


 最初にこう書いてあった。


 現代地球の平均的な、高等学校程度の知識を前提として記述する。


 いきなりこう書かれると、ちょっと構えてしまったのだが、『魔法』とか『魔力』についての説明でその意図がわかった。


 まず、この世界には『魔素』と呼ばれる物がある。ファンタジーではよく聞くが、その実態について詳細に書かれていた。


 魔素とは、酸素の放射性同位体に近い物質である。


 酸素に限らず、あらゆる物質は細かく分解していくと原子になるのは中学校でも習う。この原子は原子核と電子で構成され、原子核は陽子と中性子で構成される。そしてこの魔素は原子番号八番、酸素の原子核を構成する中性子が別な素粒子に置き換えられた物、と言うことになるという。

 残念ながらその素粒子は現代地球では確認できていないため、名前はないが、中性子と同じ質量だと書かれている。そしてこの素粒子で中性子が置き換えられた原子、それが魔素である。

 そして、陽子と電子の数は同じであるために、魔素は酸素と似たような性質を持つ。仮に魔素の元素記号をMとすると、空気中にある酸素分子はO2、MO、M2の三種類になる。そして、空気中での比率は魔の森の奥に行けば行く程、魔素の比率が上がっていき、魔の森の外側では酸素の比率が上がる。


 酸素と似たような性質を持つと言うことは、植物が光合成で取り込み、生成する糖類に含まれると言うことだ。含まれる酸素と魔素はもうごちゃごちゃの状態になるので化学式は省略するけど。そしてそれを食べた人間の体内で糖類を蓄える際に、魔素も蓄積されていく。そしてそれをいくつかの酵素の働きで分解してエネルギーを得るときに、魔法的なエネルギー、魔力を得るのだ。


 この魔力、強いイメージ(・・・・・・)によりコントロールできるという不思議な性質がある。なんだそりゃ、と思ったが、よく考えてみると、ブドウ糖を分解して取り出した酸素由来のエネルギーを自分の思うままに(・・・・・・・・)体を動かすために(・・・・・・・・)使っている(・・・・・)のだから、魔素により得られたエネルギーを自由に使えても不思議はない。ま、細かい部分はファンタジーの一言で片付けるしかないが。


 そして、このイメージ(・・・・)がくせ者だ。この世界で生まれた者は生まれながらにして魔素に囲まれ、魔力を得ながら生活するため、成長に従い「無意識のうちにイメージして魔力をコントロールする」ようになる。つまり、ただ単に手足を動かすだけでも、その動きのイメージに影響を受けて、ほんのわずかだが魔力による補助が行われる。結果、魔力が消費されるので、魔力が外に漏れることはない。だが、リョータの場合、成長も何もないままにいきなりこの世界に放り出されたので、魔力をコントロールするという概念がない。魔力が漏れるのも当然である。


 では、そもそも魔法とは何か。


 この世界では、本当の意味、つまり神が作ったという意味では「魔法とはイメージにより魔力をコントロールして物理現象に干渉すること」である。

 つまり、「火をおこしたい」というイメージに魔力を流し込むと火が点くし、「風を起こしたい」というイメージに魔力を流し込めば風が吹くのである。


 だが、ギルドの酒場なんかで魔法を使える冒険者に聞いた限りでは、実際にこの世界で『標準的に使われている魔法』は、イメージではなく呪文を(とな)えて使う。これは『呪文』にそれっぽい単語をちりばめることにより、引き起こす物理現象をイメージしやすく(・・・・・・・・)して、魔力を流し込む仕組みである。だから、間違いではないのだが、本来の魔法としては呪文は必要ないし、魔法の名――例えば、「火の矢」とか――を口にする必要も無い。そして、イメージを強固に作ることが出来れば、魔力はより強く作用するため、呪文の有無では魔法の威力は測れないのだが、長い呪文程イメージが固まりやすいので、一般的には『長い呪文=高威力な魔法』と捉えられている。


「つまりイメージすれば魔法は発動する。しかも無詠唱というナーロッパ主人公の定番(テンプレ)で」


 そしてそれを知っているのは俺だけ。最高(チート)じゃないか。


 魔法を使うためには、イメージに魔力を流し込む、つまり魔力のコントロールが必要になる。この世界で生まれたなら、魔力のコントロールは無意識に出来るようになっているので、ちょっと意識するだけで使えるようになるらしいが、俺はそう簡単にはいかない。

 しかし、それでも魔力を動かす感覚を身につける方法が書かれていた。

 選ぶ魔法は『水』。コップ一杯程度の水を作るだけだが、このくらいなら安全だと書かれていた。火は延焼が心配だし、風は効果が見えづらい、土は重量が大きくて難しい。その点、水はイメージしやすく、何かあっても被害が大きくなりづらいのでよいらしい。


 少し離れた位置にコップを置く。ここに水が入るイメージでやるのが第一歩だ。


「ええと……今まで魔力のまの字もなかった状態から魔力を動かす感覚を理解するため、『普通ではないポーズと言葉』を使うことで、感覚をつかみやすくします、か」


 魔力を使う感覚さえ身につけば、後は簡単だと言う意味だと理解しておこう。


 そして具体的なポーズと言葉についての記述を読む。マジでこれやるのか……まあ仕方ない、最初だけだし。それに魔の森のダンジョンへ向かう道から少し離れた場所なら誰かに見られることもない。

 それに魔法が使えるようになるんだぞ。恥ずかしがってる場合じゃない!


 両脚をまるで相撲の四股踏みのように広げ、つま先立ちになる。


 上半身は前傾姿勢、このとき尻を突き出すように。


 両手を前に出して、親指と人差し指を立て、某芸人のようにコップを指さす。


 そして、右斜め上に顔を向けつつ、視線はコップに。


 そして裏声で叫ぶ。


「にゅぽぽーん!」


 カシャッという機械的な音が聞こえたが、コップに水が入った様子は無い。おかしい、何か手順が違うのか?と読み直すが間違っていないようだ。


 ページをめくる(・・・・・・・)


『……などということをやっても意味が無いのでやらないように』


 だまされて間抜けな姿になった例、と俺の写真が載っていた。さっき聞こえた機械的な音は、カメラのシャッター音?


「畜生!やりやがったあの神!」


 もしもここに某漫画の死神のノートがあったら迷うことなく書き込んだだろう。あ、名前がわからないや。


 なお、正しい方法は以下の通り。両脚を肩幅、両手を自然に降ろした姿勢、いわゆる自然体(・・・)になり……と続いていた。


 空気中の水蒸気を凝縮してまとめるというイメージを持ち、補助的に言葉も使って魔法の効果(イメージ)を固める。



「水よ!」


 その瞬間、体の中で何かが動き、さらに吸い出された感覚と共に、コップの上に小さな水の塊が生まれ、コップの中にポチャンと入った。


「やった!」


 今のところ、イメージをしっかり固めるのに数秒、魔力を送り込むのに数秒かかる感じだが、これは練習あるのみだろう。道のりは長そうだが、成果が実感しやすい分、モチベーションも上がるというものだ。


 翌日から、午前中はホーンラビット狩り、午後は魔法の練習、と言う生活がスタートした。

 まずは魔力操作に慣れるべく、ひたすらコップ一杯の水を作り出し続けた。繰り返すことでイメージを固めるのにかかる時間が短くなってきた。

 さらに、アニメなんかの魔法を使うシーンも思い出してイメージするようにしたら、魔力の操作にかかる時間も短くなり、さらに水の量が増えた。

 そして、繰り返し続けた結果、水を作る魔法を使う、とイメージしただけで、すぐに水が作れるようになった。思い切って大量の水を、とやってみたら縦横十メートルくらいの水の直方体が出来た。直後に自重で崩壊したので慌てて逃げたが、なかなかの物だと思う。魔力が大量に吸い出されて、ヘロヘロになったが。


 ここまでで五日間。


 翌日からは風。少し苦労したが、その日のうちに扇風機くらいの風が作れるようになった。頑張ったら、TMレ○リューションごっこが出来るくらいになった。もっと行けるかと思ってやってみたら十メートルくらいの木が根っこから吹っ飛んでいった。自分に向けなくてよかった。


 三日後、土へ。イメージが難しかったが、五日後には地面の中から石を飛ばして目標に当てることが出来るようになった。まだ小石だけど。さらに土をグイッと盛り上げて壁のようにすることも出来るようになった。某錬金術師ごっこが(はかど)るな。


 イメージ、と言う意味では現代日本人は最適なのかも知れないな。映画やアニメで魔法とか超能力とか言ったものに抵抗が少ないというか……みんな一度は妄想するだろうし。


「そろそろ火を試したいよな」


 一人呟きながら、ギルドに戻り、いつものようにホーンラビットを納品するために列に並ぶ。今のところ、イメージ・魔力のコントロールともに順調なので、火もいきなり爆発とかはしないだろう。だが、魔の森はほとんどの所に草木が生えているので、延焼が怖い。魔法の練習してたら火事になりましたは洒落(しゃれ)にならない。どこかいい場所を探してやるか。


 自分の順番になり、ホーンラビットの代金を受け取って部屋に戻ろうとしたら、受付のケイトに呼び止められた。


「リョータさん、大丈夫ですか?」

「え?」


 なんだろう?


「もう、かれこれ二週間、ホーンラビット狩りしかしてないから、飽きちゃったりしてませんか?」

「え?え?」

「他に依頼が無いから仕方ないのですが、申し訳なくて、その……」

「だ、大丈夫ですよ」

「それなら良いんですけど……」


 なんか、心配されてしまった。


「ホーンラビットの解体もだいぶ慣れてきて早くできるようになってきたんです。目標はシエラさんですから、まだまだですけど」

「え?」

「え?」


 なんか、驚かれた。


「リョータさん、ちょっとこちらへ」


 奥の部屋へ通された。妙齢の美女と二人きりとか、すごく緊張する。向こうは何も意識してないだろうが、こっちの中身は大人なのだ。


「リョータさん、勘違いの無いように最初にお伝えしておくべきでした」

「はあ……」


 愛の告白という流れじゃないですね。そして俺、なんか言ってはいけないことを言っちゃった?

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― 新着の感想 ―
[良い点] こんにちは。 あかん、にゅぽぽーん!でお茶吹いてしまったwwww 自分がもし異世界に行くことになっても、取り敢えず「にゅぽぽーん!」はやらないよう気をつけます(笑)
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