こっちのエイは自在に空を飛ぶ
「うーん、全然見えないな」
朝靄が濃く、ついさっき出たばかりの港すら見えない視界の中、よくもまあ安全に進めるものだと感心しながら甲板を歩く。
乗っているのが客船ではなく貨物船であるため、船に乗っているのは船乗りとリョータ達のような護衛の冒険者数名のみ。さらに甲板でヒマそうにしているのはリョータだけ。エリスとポーレットはというと、
「二人揃って船酔いとか、他の人に絶対呆れられてるよな」
エリスについてはまあ、何とかわかる。犬って車酔いしやすいとか聞いたことがあるから、船酔いもしやすいのだろう。だが、それよりもポーレットだ。「船にしましょう!」と言っていた本人が船酔いとか、バカだろうか?
「気分はどうだ?」
「気持ち悪いです……」
「同じく」
部屋に戻って声をかけてみたが、ぐったりとした視線が返事の代わりに返ってきた。微かな記憶だが、ラノベでは回復魔法をかけると船酔いに効いたりしていたと思うが、この世界には回復魔法がない。三半規管が揺さぶられるのが原因だと聞いたこともあるが、さすがにそんなところに干渉するような魔法をかけるのはちょっと……なあ?
「まあ、隣の街までなら二日で着くって言ってたし……」
「あー、リョータさん」
「ん?」
「これ、王都まで直行なので十日か十一日かかります」
「お前、バカだろ」
手続きを全部任せっきりだったので今更の確認になってしまったのだが、この貨物船、王都直行便だそうだ。
「まあ、二、三日すれば慣れるらしいから、耐えるしかないな」
「あう……」
「ふぇぇぇ……」
とりあえず二人はそのままにして、再び甲板へ。日が高くなってくるにつれ靄が晴れ、水平線までよく見えるなかなかの絶景が広がっていた。
「お前がリョータか」
「え?あ、ハイ」
「ふーん……」
声をかけてきたのは、ヴォンテというリョータたち同様に護衛を引き受けたパーティの猫獣人の男性だった。
「シーサーペント討伐経験有りとか聞いてたけど……本当なのか?」
「えーと……まあ、はい。ギルド非公認ですけど」
「ふーん……信じられんな」
「え?」
「シーサーペントを討伐してんだろ?それが船酔いとか」
「ああ、うん、まあ、はい……」
大雨のあとのせいなのか、海はかなり荒れており、ストムでシーサーペントを討伐したときとは比べものにならないほど揺れている。ついでに言うならあのときは海に出てすぐに討伐となっていた。緊張感もあってかエリスも船酔いしなかったのだが、今回はずーっと大きく揺れているし……と、言い訳しようと思ったのだが、
「ま、犬の獣人はだいたい船酔いするけどな。そういう意味じゃ、猫の獣人である俺らには敵わないってことさ」
「そうですか」
何だよその対抗心は……ちなみにリョータは犬派でも猫派でもないのだが、最近は犬派に傾きつつある。そこにとどめが刺された。うん、やはり犬だな。
そんなことを考えていたら、マストの上で見張りをしていた船員が叫んだ。
「左舷方向、飛びエイ!数は……五……六……」
「よし、俺たちが引き受けた!バッカイ!タルコ!行け!」
「おう!」
「そっちは待機でいいか?」
「いいぜ!」
ヴォンテがリーダーらしく、指示を飛ばすとすぐに名を呼ばれた二人が弓を手に左舷に向かう。彼のパーティの他メンバーともう一パーティは待機らしい。左に全員集まったところで右から来たりしたら、と言うときの用心という、すごく当たり前の対応だけど。
「数は……十四、いや十六か。二人で大丈夫だろう」
そう呟いているが、一応は護衛の仕事を引き受けているので、リョータも左舷へ向かう。弓を構えている二人の邪魔にならない位置から見ると、
「なるほど。確かに飛んでるエイだな」
地球でもエイが水中から勢いよくジャンプするなんてのがあったような気がするが、こいつら普通に数百メートル以上を水平飛行している。さすがファンタジーの魔物と言ったところだろう。そんな飛びエイだが、見た目は確かにエイなのだが……どういうわけか二本の角のようなものが生えている。アレがそのまま船に当たったら、なかなかの被害が出そうだ。撃退するための魔法のイメージをどうするか考えながら、ベテランの対処を見ることにしようか。
バッカイとタルコの二人が矢をつがえ、一人が矢を放つ。バスッと命中し、エイが墜落するのを確認してもう一人が撃つ。確認してもう一人が撃つ。撃ち漏らしたときの事を考えた連携と言ったところか。
今までにも何度か弓矢を持つ冒険者は見かけたことがあったし、リョータの教育係にもいたが、こうして落ち着いて見るのは初めてかも知れない。そして……自分で弓矢を使う必要性はないな、とも思った。魔法があるからだ。
ものの数分でエイは全て撃ち落とされた。十六匹に対して外したのは二発だけ。
「すごい腕だなあ」
「だろう?」
いつの間にか隣に来ていたヴォンテが、フフン、と自慢げに言う。いや、お前が撃ち落としたわけではないだろうに……と思っても口には出さない。
「飛びエイって……魔物素材にはならないんですか?」
「何だ、そんなことも知らないのか」
「ええ、知りません。経験豊富な先輩にご教授いただければと」
「う……ま、まあ、いいけどよ」
チョロいな。
「飛びエイはあのサイズだと肉は臭くて食えたモンじゃないし、皮も固くて加工が出来ない。素材としての価値はない」
「皮が固くて加工が出来ない?」
「ああ。内側から刃を入れれば切るのは簡単だ。だが、曲がらないんだよ」
「なるほど」
そりゃ確かに加工が出来ないな。
「でも、矢は刺さってますね?」
「ホーンラビットの角だからな」
「え?」
マジだった。ホーンラビットの角に矢の長さになるように木の棒を繋ぎ、矢羽根を着けた特製の矢だった。そりゃ刺さるわ。
「だが……体長十メートルを超える巨大な奴になれば話は別だ」
「そんなにデカく?」
「なるぞ。さすがにそのサイズだと矢で落とすのは無理だがな。だが、そのサイズになると……ごく僅かだが極上の味と香りの肉がある。そして、皮もしなやかになり、加工出来るようになって、とんでもねえ値がつく」
「へえ」
「ま、そんなのは滅多に見ないがな」
「滅多に?」
「ああ。俺たちは船の護衛専門で五年になるが、見たのは片手で数える程度。船が襲われたことは一度もない」
「ふーん」
魔物もデカくなるには時間がかかるのだろう。そして、魔物同士の生存競争を勝ち抜けるのは一握り。そう言うことならこの航海で会うことは……何て言うか、フラグを立てたような気がしてならないんだが。
ベテラン冒険者たちと船員たちが念のために周囲を確認し、討伐終了を確認すると緊張していた空気が和らいでいく。ヴォンテは仲間と話し込んでいるので……なんとなく居づらいため、部屋に戻る。
「うう……なんか……あったんですか?」
「ん?ああ、飛びエイってのが出た」
エリスが顔だけこちらに向けているが……苦しいなら楽な姿勢で、と告げてから座る。
「飛びエイ……小型なら……護衛に慣れているパーティに任せても大丈夫だと思います……」
「仕事してないだろお前は、って空気が辛いんだが」
「それは……申し訳ないです……」
ポーレットにはやや強めに当たっておく。ホント、何でお前は船酔いしてんの?って言いたいよ。




