船に乗ろう
そして翌日。
「結構降ってますね」
「うん……そうだね」
雨が降ったら移動しない。これ、常識……と言うほどではないのだが、この先の進んで行くにあたって、雨が降ると水量が増す河があり、橋が渡れなくなるのだそうだ。それでなくても魔の森から流れてきている河である故に、魔物が棲息しているので、増水なんてした日にはとんでもないことになるのだそうだ。一応、橋の周辺を騎士団が警戒しているので、増水していなければ安全なのだそうだが。
と言うことで移動は延期。
買い物もしない。宿にしている冒険者ギルドから出ない。食事は酒場で済ませればいい。
だが、翌日も、そのまた翌日も雨だった。
「三日連続の雨か」
「まあ、この時期では良くあることさ」
冒険者の多くもわざわざ雨の日に魔の森に行く酔狂な者は少なく、昼間から酒場で飲んでいる者も多い。ちなみにポーレットによると、この時期というより、この地域では雨が降り出すと二、三日降り続けるのは良くあること。ただ、この様子だとあと二日は降りそうだという。
「船は予定通り運行中。昨日出た船は明後日には戻ってくる予定ですね。定期馬車はこの雨で遅れていて、到着は明日以降。出発は未定です」
「なるほど」
「と言うことで船にしませんか?」
「お前もブレないね」
イヤな感じのフラグしか立ってないんだけど。
だが、ポーレットの言いたいこともわからないでもない。
単純にかかる費用だけ見れば、船>定期馬車>徒歩となる。だが護衛依頼を引き受けた場合、船も定期馬車も依頼料と相殺されるため、徒歩>定期馬車≒船となる。そして、この近辺では定期馬車を襲うような盗賊はおらず、せいぜい狼や熊が出る程度だが、船は事情が違う。海賊の類いは出ないが、シーサーペントに代表されるような魔物はよく出るという。
魔物が出た場合の扱いがまたややこしい。
護衛を引き受けていた場合、魔物を倒しても追加報酬が出たりはしない。また、魔物の素材も基本的には船主か冒険者ギルドが引き取るため、冒険者の手元に残ることはない。もちろん、欲しいと申し出れば優先的に市場に出回る価格より安く購入出来るというくらいの特典は付く。
では護衛を引き受けていない、一般客として乗船し、万が一にも強い魔物に襲われて討伐に参加した場合はどうなるかというと、その貢献度合いによって報酬が支払われるし、魔物素材も自分で引き取ることが出来る。だが、魔物が出なかった場合はただ単に運賃を支払うだけになる。なお、当たり前だが魔物が出たとしても雑魚魔物だった場合には討伐自体、参加することはない。
ポーレットの試算ではないが、リョータとエリスの戦闘力ならばかなり大型の魔物でも倒せるだろう。護衛を引き受けていた場合、収入は増えない。だが、護衛を引き受けていない場合は……かなりの収入が見込める。そして、ポーレットの借金返済が捗る。
「むぅ……難しいところですよね……魔物に襲われなかった場合は臨時収入になりませんし」
仮に護衛無しで船に乗るという場合、結構な額の運賃を支払うのだが、リョータとしてはそれはまとめて支払っても良いと思っていて、ポーレットの借金に上乗せするつもりはない。だが、魔物遭遇率が七割~八割という時点で船に乗るという選択はしたくない。いざ戦うとなっても負けるつもりは毛頭無いが、夜中に寝ている最中に襲われたりしたらたとえ魔物を倒せても船が沈む可能性は十分にある。
「あと二日、雨が止むまで待つぞ」
「えー」
「……三日経っても雨だったら……船も考える」
こうしてフラグは立つのである。
「雨は止んだが……橋が流されたと」
翌朝、ギルドの掲示板に貼られていたのはなかなかに現実の厳しさを突きつけてくるものだった。
と言っても、ギルド職員も冒険者も特にどうという反応はない。不思議に思ったのだが、橋自体、十年前後で架け替えるのが当たり前で、今まで使っていた橋もかれこれ七、八年が経過。そろそろ次の橋を、という時期だったと言うことで「ちょっと予定より早く流されちゃったかな?」という程度の認識らしい。ただ、さすがに少し早すぎたと言うことで、次の橋が架かるまでは数ヶ月はかかるという。それでいいのかとも思ったのだが、一応簡易な吊り橋が架けられており、許可を得たものは通行可能なのであまり不便はしないそうだ。
「許可って、もらえるのか?」
「無理だと思いますよ」
河岸に立ち、反対の岸へ向けて糸を結んだ矢を放つ。反対側でそれを受け取り、糸を引っ張っていくとやがてやや太い紐になり、吊り橋を吊るためのロープになる。そのロープを軸にして吊り橋が架けられた後、それを足場にして新しい橋を架ける工事を行う。つまり、吊り橋は工事用の足場であるため、自由気ままに渡る用途には使われないのだ。
「船……か」
「仕方ないですね」
「私、ちゃんとした船って乗ってみたいです」
エリスはお気楽にそう言うが……ま、良いか。
「状況が状況ですので、運賃が跳ね上がります」
「だろうな」
「ですが、護衛依頼を受ける場合には通常運賃が適用されます」
「へえ……でもさ、俺たちってこの国では何にも実績が無いぞ?」
「あ、そうですね」
一応Cランクではあるが、モリコナに入ってから、テヘリルに着いてからは雨宿りしていただけである。
「大丈夫ですよ」
心配要りません、お任せ下さい、とポーレットが胸を叩く。
「ドラゴンスレイヤーたるお二人なら実績十分です。何ならAランク冒険者より優先的に依頼を受けられるかも知れません」
「そう言うモンなんだ」
「と言うことで、早速手続きに行ってきますね」
「あ、ああ……うん」
「ポーレット、私も一緒に」
「はい。急ぎましょ。今からでも明日の分に間に合うかも」
何だかんだで女同士というか、奴隷同士で仲良くなった二人がギルドの受付に向かうのを眺めながら、無事に航海出来ると良いなと……フラグを立てておく。なーに、意図的に立てておけば……勝手に折れるだろう。
エリスたちが受けてきた船の護衛は翌朝早くの出発で、朝一で宿を出ていたら間に合わなくなるため、宿を引き払って前日のうちに乗船。翌朝、日の出と共に出港し、針路を東へと取った。
護衛と言っても、二十四時間甲板から見張りをしている必要は無い。船乗りたちがマストの上やら甲板のあちらこちらで常時周囲を監視しているからだ。これは、魔物が出てくるのを警戒しているだけではない。定期船航路があると言っても、実際には明確にここを通るというルートはなく、安全そうなところを通っているだけで、実際にはそこら中に暗礁があり、油断すると乗り上げて大破沈没、なんてのはしょっちゅうだそうだ。つまり、彼らが見張りをする理由は、そうした暗礁をいち早く見つけることと、哀れな運命をたどった船の残骸との衝突を避けるためという、実にシビアな理由である。




