フラグ立て
「新しく入った情報は無し。一応聞くが、強制的に奴隷にされた者達についての情報は要らんだろ?」
「はい」
「と言うことで、俺からもこの街からも、この街に残っていてくれという話は終了だ」
「わかりました」
「で、ここからは俺個人からの頼みなんだが」
「何でしょうか」
「できるだけ早く出て行ってくれ」
「なんだかひどい言われようですね」
「そりゃ言うだろ。リョータとエリスは冒険者登録してまだ一年、ポーレットは万年ポーターのみ。そんな三人がホーンラビット狩りの数とは言え、街の記録を更新し続けてるんだぞ。ちょっと自信持ってた連中が、ちょっと覇気が無くなってしょんぼりしてるのは見るに堪えなくてな」
「俺たちのせいじゃないんだけどな……ま、いつまでもここにいるつもりはありませんが」
「スマンな、追い出すような言い方で」
「俺たちも俺たちで、行かなきゃなりませんし」
ギルドを出て、明日は買い出しなどして出発の準備、明後日の朝には出ようと二人に告げる。
そして翌々日、ギルドに街を出ることを伝えると外へ。ポーレットが「道案内は任せてください」というので任せて歩き始める。予定では途中の村や街に泊まりはするが、一泊して食料買い出しするくらいで、休まずに国境を目指すことにする。ポーレットによると、天気が良ければ十日で国境だそうだ。
「で、意外にも料理は出来るんだな」
「そのくらいは、まあ……」
さすがに五十年も冒険者をやっていると、料理をせざるを得ない状況はあるわけで、パパッと手早く簡単に作れる料理のレパートリーは多かった。
そして、そうしたレパートリーの中には、
「あ、コレ美味しいですね」
「そ、そう……う、うん。ありがとう」
礼を言われ慣れていないのがよくわかる。
「ふーん……スープの具材の大きさがバラバラなのはわざとか」
「え?あ、はい。中に少し芯が残った感じでも大丈夫な材料ですし、食感が違うと、あまり飽きが来ないかなと」
「フムフム」
一応色々と考えているんだなと感心したが……
「だが、切るときの手つきとか危なっかしかったんだけど?」
「そそそそ……そんなことないですよ?」
「切った直後に、やっちゃったぁ、とか言ってなかったか?」
「空耳です」
「私、多分大丈夫でしょ、ってのも聞こえてましたけど」
「うぐ……」
「ま、食えるし、うまいからいいんだけどな」
「そ、そうですよ!結果オーライです」
「お前が言うな」
さしたるトラブルもなく国境を越え、モリコナに入る。
「モリコナの事を一言で言うなら海洋国家です」
「へえ……どういうこと?」
「この辺はまだそれほどでも無いのですが、この先は魔の森と海がとても近くなります」
「街が海に面しているってコトですか?」
「ええ、エリスさんの言う通り。どの街も海に面していて港があります。漁業が盛んで、街と街を繋ぐ航路もありますよ。馬車で移動するより早いです……結構危険ですけど」
「結構危険って時点で移動の選択肢から外れるんだが」
「そうですか?お二人がいるのでお薦めですけど……痛い!痛いですっ!」
とりあえずアイアンクロー。
「あのな……だいたい予想が付くんだが、海に出ると魔物が来るんだろ?」
「……いたたたた!」
無言でごまかそうとするので力を込める。
「……そう……です……いたたたた!しょ……正直に答えたじゃないですか!」
「あのな……」
正直に答えたから良いってものでもない。
「ちなみに、結構危険って、どのくらい危険なんだ?」
「私も正確な数字は知りませんが、聞いた話だと二割くらい……」
おや?そこまで危険ではない?
「二割くらいが何ごとも無く目的地に到着。一割がなんとか逃げ切り、二割が損害軽微、二割が甚大な被害で、あとは沈んでるそうです」
「それ、ダメな奴じゃねえか!」
損害軽微の程度にもよるが、だいたいダメだろ。
「大丈夫ですよ」
「何を根拠に言ってるんだ?」
「船を襲うような大型の魔物なんて、年に一、二回しか現れません」
カケラも安心出来ない話ではあるが、とりあえず様子を見てから判断しようと言うことにして最初の街、テヘリルを目指す。
「Cランク冒険者、リョータとエリスにEランク冒険者のポーレットです」
「ああ、君たちか。一応話は聞いているよ」
テヘリルの冒険者ギルドの受付はヒゲ面の男性だったが、ニコニコしながら歓迎してくれた。「話」ってのが何か気になるけど。
夕暮れ時なのでこれ以上何かと言うことも無く、宿を取ると街へ繰り出す。ポーレットお薦めの店があるというので夕食はそこにしよう。
「ほい、お待ちどうさんっと」
テーブルの上に焼いたり煮たりした魚料理が並び、一斉に手をつける。どの料理も名物料理らしいので適当に分け合いながら食べたのだが、なるほど。魚料理にうるさい元日本人の舌も満足出来る、名物料理と言うだけのことはある味だ。
「うまいな」
「これ!コレ美味しいですっ」
「どれどれ……おお!」
そんな感じでワイワイしながら食べ終えて、宿に戻る。とりあえず、ポーレットを正式に仲間としたし、エリスのことも理解出来てくれているので三人が同室。と言っても、四人部屋だけど。
「さて、明日だが……とりあえず旅の準備だな」
「そうですね、船、定期馬車、徒歩、いずれの場合でも用意しておくものはあります。船の場合でも」
「定期馬車っていつだっけ?」
「船は二日後ですね。定期馬車は四日後です」
「徒歩かなぁ」
「実は船の方が定期馬車より少し安いんですよ。徒歩だと四日分くらい用意が必要かな、と」
「あれ?隣の街まで徒歩四日?」
「船なら一泊二日で着きますね。徒歩で四日というのは、最短ルート上の村まで三日かかるからです」
「そうか……エリス、何か足りなくなってるものはあったっけ?」
「えーと……火口に使える木切れが少しと、香辛料が欲しいです」
「船なら食事も付いてきますよ。あ、香辛料は安くて品揃えの良い店がありますから案内しますね」
「ところでポーレット」
「何でしょう?」
「いちいち船を薦めてくるなっての!」
絶対船には乗らないからな!
冒険者ギルドは大陸全土で共通のネットワークを持っており、大陸北部にいながら大陸南部の情報を得ることも可能だ。だが、現実的な問題として、魔の森を越えて大陸の反対側に行くなんて事は出来ないと言うことと、遠距離を移動する技術が未発達なため、各支部はせいぜい近隣数カ所との連絡を取り合う程度。それでもギルド全体で共有されている情報というのはいくつかあって、その一つが船だ。
大陸全体での共通認識として、船というのはほとんどの場合、河で使うもの。海で使われる船の大半が漁船で、港町周辺の海域での漁業がメイン。ある程度の深さになる沖合に出ると魔物の巣窟で、安全な航海という概念が消える。そのため、街と街の移動を船で行うようなところというのは大陸北部ではストムとこのモリコナ周辺。あとは東部と南部の一部で航路がある程度。ポーレットがしきりに船を薦めてくるのは……どうせ大陸を巡るなら珍しい船旅でも、という意味合いもあるようだが、どう考えてもフラグしか立たないので却下する。日本人の安全に対する執念という奴だ。




