材料を探そうか
「落ち着け、ポーレット」
「コレが落ち着いていられますか!言い方は悪いですけど……その、エリスさんは犬の獣人ですよねっ?」
「まあ、そうだな」
「そうですね」
「私が知ってる限り、獣人の中で魔法の親和性が一番低いのが熊の獣人で、その次が犬の獣人なんです。魔法が使えるなんてっ」
「でも、ほら、こうやって」
チャポンと水を出し、ヒュッと窓の外へ放る。
「私、今日のこの一時間足らずで、魔法に関する常識が全部覆っちゃったんですけど」
「良い言葉を教えてやろう」
「何でしょうか」
「俺の常識はお前の非常識」
「うっがあああっ!」
無詠唱とか獣人の魔法が普通じゃ無いってのは知ってて言ってるんだが、思った以上にポーレットのリアクションが面白いな。
「ポーレット、今からそんなだと、これから辛いぞ?」
「ま、まだあるんですか?」
「あるぞ……ポーレットに渡した短剣とか」
「これ……?いや、コレも充分凄いと思いますけど……」
「俺が作ったって説明したろ?それを作ったのがここな」
よし、固まったな。
「ちなみにエリスが履いている靴は……魔法で強靱な足場を作る機能付き。練習すれば空中を走れるぞ」
「こんな感じです」
窓の外へ飛び出してタンッタンッと飛んで戻ってきたエリスを見たポーレットがギギギ……と音がしそうな動きで首をこちらに向ける。
「リョータさん、それ、売りましょう。それだけで本当に凄い財産になります!」
「売らん!」
「何でですかっ!」
「先のことはわからんけど、いまは奴隷紋のほうを優先」
「じゃあ、解除方法がわかったら売りましょう!私が営業しますから、手数料は一割「却下」
コイツ、ここ数年の借金生活のせいなのか、少し守銭奴気味だな。仕方ないだろうけど。
「さて、とりあえずここがどういう場所か理解出来たところで」
「まあ、いいです。理解しました」
「ここに連れてきた理由だが……わかるか?」
「何となく予想は付きます。あの荒野を渡るためですね」
「正解。定期馬車で行ってもいいんだが、多分もっと早く行けるルートがあるんだろ?」
「ありますね。馬車が通るにはちょっと狭いですが、歩くぶんには問題ないところが。何度か往復してますから道案内は出来ますよ」
「その時は頼む」
「まあ、あんなところで迷う人はいないと思いますけど」
東に向かえばいいだけなんですからとポーレットは付け加えた。
「その時までにここに荷物を運び込む。と言っても、何度も往復するのは面倒だからポーレットに山ほど積んでもらう」
「で、この保管庫に置く。そして、荒野を歩くときに定期的にここに来て補給する」
「わかりました。大陸北部のことならお任せ下さい」
「頼りにしてるぜ!それともう一つ」
「もう一つ?」
さらに理由があるとはエリスも思っていなかったらしく、小首を傾げてこちらを見ている。くっそ、可愛い。
「種族奴隷紋のインク」
「ああ、あれですか」
「アレを作る」
「「え?」」
さすがに二人が絶句した。
「誤解の無いように言っておくが、別に誰かを奴隷にしようってんじゃないぞ?」
「じゃ、何のために?」
「そうですよ」
「んーと……ポーレット、腕をまくってくれ」
「あ、はい。こうですか」
腕をまくると借金奴隷であることを示す奴隷紋があらわになる。
「これ……ここに俺の名前と、借金の額が刻まれているよな?」
「そうですね。勝手に書き換わるとか、魔法ってすごいなと」
「ところで、この全体の模様なんだけど……この辺とか、図形と言うより文字のような気がしないか?」
「え?」
「どこがですか?」
「この辺とか」
丸や三角、星といった形では無く、明らかににょろにょろとした……どことなく地球のどこかの国の筆記体にありそうな、そんな模様が見てとれる。こっちの世界の文字とはだいぶ趣が異なるが、
「文字、と言われればそれっぽいような……」
「だろ?ここと同じ模様がここにも、ここにも」
「うーん?」
「リョータ、文字だとしたらどうなるの?」
「あくまでも仮説だけど……これってさ、『このものは借金奴隷である。金を借りた相手はリョータ。金額は……』って書いてあるんじゃ無いかって」
「「おお!」」
「それなら……もしかして、『奴隷では無い』って書き換えることが出来たら?」
「種族奴隷であっても……奴隷では無くなる?」
「そう言うこと。そしてそのためには文字の意味を理解することともう一つ」
「正しく紋を書き換えるためのインク、ですね」
「で、この製造法だが……ここに材料が書かれている。薬草とか魔物の血とか十種類か。魔物の血はホーンラビットの血でいいとか、汎用性高いなアレは」
集めやすいのはありがたいのだが。
「そして薬草が七種類に鉱石が二種類。鉱石は……これ、確か魔の森に普通に転がってる石だろ?」
「そうですね」
「ならすぐに集まるな。薬草は、五種類は見たことがある。つか、そこに全部ある」
「これ、薬草と言うほどの薬効が無いから集める依頼とか見たことないですけど」
「そうか?結構使うぞ」
うんうん、と横でエリスが頷いている。
「あー、もしかして魔剣を作るときに使ったりとかですか?」
「おう。で、残り二種類なんだが……名前を聞いた記憶はあるけど、実物を見たことがない」
「私もです」
まあ、エリスは魔の森でゆっくりじっくり薬草採取なんてほとんどしたことが無いから仕方ないか。
「それ……知ってます」
「え?」
「私が聞いた限りですが……大陸西部では南の方にしか無い、と」
「ほう」
「そして、北部では……一箇所だけ」
「うわ、マジか。どこなんだ?西の方なら戻るけど」
「いえ、東の方です。それと、その薬草はいくつかの病気に効くので時々依頼も出ています」
「へえ」
「ただ、問題が一つ」
「ん?」
「うーん……」
ポーレットが腕を組んで考え込む。
「何だ?高難度ダンジョンの奥とか?」
「いえ、そうではないのですが……それを採取してくる人ってほとんどいない上に、だいたいAランクなんですよね」
「えーと?」
「どこに生えてるのか知ってるかといえば知ってますが、その……」
「何だ?」
「うーん……その……いっても多分信じないレベルの場所なので、実際に現地に着いたらお教えします、ではダメですか?」
「別にいいぞ」
ポーレットがあら意外、という表情になる。
「参考までにどの辺だ?」
「えーとですね、東へ向かえば大丈夫です。そこそこ大きな街なので。あ、荒野を渡る前ですよ」
「ふーん。ま、いいか。その辺は任せる」
「あ、はい。お任せ下さい」
ひと区切り付いたところで、リョータがパンと手を叩く。
「よし、とりあえず当面の目的地はその街で決まったな」
「はいっ!」
「ええ」
「じゃ、あとは……ギルドマスターからの連絡があるまでの間、ホーンラビットを狩りまくって資金稼ぎだ」
つまり、平常運転である。
こうしてホーンラビット乱獲を始めて五日目の夕方、ギルドマスターに呼ばれた。
「どうでもいいことだが、今日は何羽狩ったんだ?」
「七十八羽ですね。昨日が七十九。八十の壁はなかなか厚くて」
「一応、ここの最高記録は五人で七十三羽だったんだがな……何だかな、うん」
どこか遠い目をされた。
「さてと、それはそれとして、騎士団からの連絡が入った」
「はい」
姿勢を正して聞こうか。




