工房に常識は無かった
翌朝、三人で街を出て街道を少し西へ。そしてすぐに道から外れ森の中へ。
「どこに行くつもりなのでしょうか……ハッ!もしかして人気の無いところで!って、痛い!痛いです!」
しょうもないことを言いかけたポーレットに無言でアイアンクローをかましておく。
「うう……ホントにどこまで……って、何ですか、これは」
少し開けた場所に作っておいた転移魔法陣を見てポーレットが目を丸くする。
「転移魔法陣」
「へえ……転移魔法……って、転移魔法陣っ?!」
「さ、行くぞ」
「え?何?行くってどこへ?」
「工房に行くって昨日言っただろ?今朝も言った」
「え、ちょっ……これ……へ?って、なんでこんなところに転移魔法陣なんて」
「なんでって……」
「リョータが作ったからですよ?」
「作ったっ?!」
「騒ぐのはあとにしてこっちに来てくれ。来ないなら命令するけど」
「一つだけ聞きたいんですけど……」
「うん?」
「転移魔法陣って……罠、ですよね?」
「そうなのか?」
「罠ですよ!転移魔法陣ってダンジョンにあるとんでもない罠ですよ!」
「ダンジョンにはあるってどういうことだ?」
「どういうことって……それはさすがに知りませんが、実際に見たことはありますよ」
ダンジョン内にあるって事は誰かが仕掛けたって事になるのだが……ま、いいか。
「とりあえず行くぞ」
少し腰が引けているポーレットを魔法陣の上に引っ張り、転移。
「うええええっ!ここどこですか?!」
転移すると言っておいたのに、転移したらしたで騒ぎ出した。
「う、海……?海の近く?え?ホントにここ、どこですか?」
「次はこっち」
「ふえええええっ」
隣の魔法陣に乗り、今度はエリスが魔法陣を起動させて工房内へ。
「ホントにここはどこですかっ!」
「さっきいたところのすぐ横の岩山の中」
「はあ……」
恐る恐る足を踏み出しているが、さっさと歩いて欲しいので首根っこをつかんで引っ張る。
「こっちだ」
「うわわわっ、首っ!締まるっ!引っ張らないでっ!」
とりあえず色々見せたほうが早いので一番奥の保管庫へ向かう。
「な、何なんですか、これはっ?!」
「だからいちいちでかい声を出すな」
構造上、音が良く響くので、エリスがペタンと耳をたたんでいる。ちょっと可愛い。
「すみません……でも、本当にここはどこなんです?」
「ヘルメスからほぼ真っ直ぐ西へ歩いて数時間の場所」
「ヘルメス?」
「俺とエリスが冒険者登録した、西側ラウアールにある街だよ」
「へえ……って、ここは大陸の西側ってことですか」
「そう」
「えーと……転移魔法陣でここまで来たってことですか」
「おう」
「はあ……何というか……色々あるみたいですね」
「それほどたくさん無いけどな」
「とりあえず聞かせてください」
「じゃ、とりあえず転移魔法陣からだな。細かいところは省くが、ある特定パターンで魔力を流すと転移が出来る。転移はこの工房前といくつかの街の近くに設置した転移魔法陣との間のみ」
「あちこちの街にあるんですか」
「あるぞ」
「つまり、いつでもヘルメスに帰れると」
「まあな」
「はあ……これだけでも街と街の間の移動で革命が起きますね」
「だろうなぁ」
「コレ発表したら大金持ちになりませんか?」
「なるだろうなぁ」
「じゃ、じゃあ私が色々手配しますので、一割!一割を私に!」
「却下」
「そんなぁ……」
残念そうに呟き、室内を見るポーレット。
「で、ここに置いてあるのは?」
「色々だな。サンドワームの皮がそこに。そっちはドラゴンの素材だ」
「ああ、そうですね。確かに……って、ドラゴンの肉とか!腐らないんですか?」
「ここにある間は」
「え?」
「簡単に言うと、この部屋にある物はずっと新鮮なままだ」
「これだけでも世界一のお金持ちになれますよ?」
「だろうなぁ」
移動時間短縮のための自動車に飛行機とか、鮮度維持のための冷凍保存とか、地球でも物流革命を引き起こした技術だもんな。
だが、今日ここに連れてきたのは、そんな話をするためでは無い。
「さてと、ここを見ただけでも色々とあまり人に言えない秘密があるというのがわかったと思うが」
「そうですね」
「ここから先は他言無用。誰かに話したら……罰として大金貨一枚を借金に上乗せだ」
「はい……って、奴隷紋が反応してるぅ……」
「お、凄いな。そんなことも出来るんだ……ま、誰にも話さなければいいんだから、気にするな」
「はい……何か首輪だけじゃ無くて手足にも鎖が繋がれた気がしてきました」
「はは……さてと、俺たちが大陸の東を目指しているってのはいいな?」
「はい。種族奴隷紋の解除方法ですよね。一応種族奴隷がどういう物かは知ってますけど、解除方法を探しているという人は初めて見ました」
「ポーレットの知ってる限りで、種族奴隷になってる人っていたか?」
「そうですねぇ。盗賊に捕まって、種族奴隷にされたって人がいるってのを聞いたことがあるくらいで、実際に見たことはありませんね」
「なるほど」
「まあ、だいたい信憑性ゼロですけどね。奴隷紋の解除が出来ない上に、主人となる者は大抵犯罪者で、犯罪奴隷落ち。その後死亡。主人のいない状態になると色々あるらしくて、自害したとか何とか」
「マジか」
「で、お二人が解除方法を探している理由……その、ヘルメスでどなたか種族奴隷にされた方でも?その……貴族の方とか?」
「エリスだ」
「はい?」
「少し長い話になる。エリス、辛かったらどこかで」
「だ、大丈夫です」
「わかった」
ポーレットにリョータとエリスの出会い、そして、色々な経緯があってリョータがエリスの種族奴隷紋に主として刻まれていることを告げた。エリスにとっては思い出したくない、聞きたくない話だろうが、じっと耐えて聞いていた。
「……何だよそのジト目は」
「その話をどこまで信じていいのやら」
「え?」
「そんなに都合良く主の刻まれていない状態で放置されているとか」
「えっと……」
エリスがおずおずと服をまくり上げて見せたので、リョータは視線をそらす。本能としては凝視したいが、紳士なのだ。一線は越えない、鉄の精神だ。
「うわ……ホントだ」
「その、リョータが話したことは全部本当です。その……とても言えないような酷い事もあって、それは話してませんけど」
「その酷い事って、その賞金首三人の悪逆非道って事?」
「はい」
「ふーん……ま、いいわ」
「え?」
「信じるわ」
「へえ、「そんな話、いきなり信じられるわけ無いでしょ!」とか言うと思ってた」
「そりゃ、その話だけだったらね。だけど、二人とも……って言うか、リョータだけでも、色々おかしいのよ」
「え?俺、おかしい?」
どノーマルのはずなんだけどな。
「おかしいですよ!まず、この短剣!何なんですかこの切れ味は!」
「それはそういう物だし」
「うう……それはそういうことにしたとしても!魔法!」
「魔法?」
「土で壁を作ったじゃないですか」
「作ったな。危うく死ぬところだった」
「……そ、それはごめんなさいとしか……って、呪文ですよ!呪文!」
「呪文?」
「魔法を使うには呪文が必要なんです!」
「要らないな」
「要りませんね」
「そこですっ!」
「「えっ?」」
「二人して、「何それ、意外」って顔してハモらないでください。普通はあのサイズの壁を作るだけでも三十秒は呪文を唱えるのよ!」
「他の人が魔法使ってるのって、ほとんど見たことが無いからわからん」
「私はリョータ以外に魔法を使ってる人を見たことがありません」
ダン!とポーレットがテーブルに両手をつき、立ち上がると二人をそれぞれ指さす。
「そこ!色々おかしいのはそこ!他の人が使ってるのを見たことが無いってのは仕方ないとしても、普通は呪文を唱えるのです!」
「でも、実際要らないしな」
「そうですね。私も呪文なんて知りませんし」
「え?」
「ん?どうした?」
「今ちょっと聞き捨てならない言葉が聞こえたんですけど……その……エリス……さん?」
「はい?」
「その……魔法が使え……るのでしょうか?」
「はい。火を点したり、水を作ったりくらいですけど」
「ハアッ?!」
ポーレットが両手で頭を抱えて、ぐあんぐあんと妙な動きを始めた。




