ブラック(?)な依頼票、そして別れのとき
ピョン、とこちらに飛びかかるホーンラビットを少しだけ避けながら斬りかかる。確かな手応えを感じつつも、気は抜かず、すぐに続いて飛びかかってくるホーンラビットを斬る。同時に四羽を相手にするというのはなかなか忙しい。
二十羽を狩る。
この課題のために必要なのは何か。
ホーンラビット狩りで一番時間がかかるのは索敵、次が解体だ。
そこで両方にかかる時間短縮のため、同時に複数を相手にしようと考え、四羽同時狩りを試すことにした。
スパッと最後の一羽を狩ると、すぐに解体のための穴掘りをする。少し大きめに掘るだけなので、今までに掘ってきたより少し時間がかかる程度。掘り終えたらホーンラビットを並べ、順番に首を落としていく。
順番に落としていくと言うことは順番に血抜きされていくと言うこと。そして、血抜きされる端からお腹を開いていくのだが、開く開く開く開く、取り出す取り出す取り出す取り出す、と言った具合に一つの工程を四回繰り返しながら少しずつ進めていく。
これで全体の時間短縮を図ろうという作戦だ。どうしても解体の時には油や血で塗れた手や刃を拭き取らないと次へ進めない工程があるのだが、拭き取るのを一回にまとめてしまえば時短になる。また、同じ動きを繰り返す、と言うことで作業が単純化されて時短に繋がるのでは、と考えた。
小学校の漢字書き取りでへんだけ一行書き、つくりをその横に書き、送り仮名を書き、とやって楽をした……ような気がするのを応用してみたのだ。
「よし、完了」
四羽同時に解体完了。感覚的には一羽ずつの解体にかける時間よりも二倍弱くらいで終わったような気がする。つまり半分程度に時間短縮されたと言うことだ。
道具をバッグに収めて立ち上がると、少し奥の方へ向かい歩き始める。何となくホーンラビットがいそうな方向へ。
「色々考えたみたいだな」
「そうね」
これが現時点のリナ達の評価である。
「でも、終わったら説教だな」
「そうね」
これも四人の意見は一致していた。
「この辺かな」
何となく近くにホーンラビットがいる、そんな感じの場所に着くと、手にした瓶の蓋を開けて中の液体をばらまく。これは昨日用意した、ホーンラビットを集めるために考えた物だ。
「ホーンラビットの――ですか?」
ケイトにホーンラビットの生態について聞いてみたのだが……
「そうですね、聞いたことがあるのは――」
教えてもらった物は珍しい物では無かったのだが、この街では日が落ちるとほとんどの店が閉まっている。どうにか入手できないかと考える。
「リョータさん、それなら――」
なんとか入手できた物を加工した物をばらまく。別に異臭がするわけではないが、独特の臭いが周囲に漂い、その臭いに釣られてホーンラビットが集まってくる。
六羽か。ちょっと多いが仕方ない。
今日使っているのは神の短剣。切れ味は普通の短剣と同じだが、常に同じ切れ味というのは助かる。スッパスッパと切り捨ててすぐに解体にかかる。
それにしても、ニンジンか。
ホーンラビットを集めるには、食べているものの臭いを振りまいてみたらどうかと考え、何を食べるか聞いてみたら、ニンジンを食べるらしい。普通のウサギかよ、と突っ込みを入れたかったが我慢。ヘルメスにも野菜を売る店はあるのだが、既に店が閉まっている時間。それならとギルドの酒場の厨房に聞いてみたら何本かもらえたので、すりおろしてジュースにして小分けして瓶に詰めた。うまく行けばよし、ダメならまた考える、そんな程度の大ざっぱな作戦だ。だが実際に蓋を開けて――物理的にも――みたら、こんなに効果があるとは。
とりあえず十羽。一度戻って納品しよう。さすがにこれだけの数をぶら下げて走り回るのは大変だし。
ギルドへ十羽納品し、そのまま魔の森へとって返す。さあ、あと十羽だ。
魔の森へ入り少し奥まで進むとニンジンジュースをばらまく。やがて臭いに気付いてホーンラビットが集まってくる。まずは三羽。よし、行くか。
「ハアッ、ハアッ……」
まもなく日が落ちる。あと一羽なのだが、ニンジンジュースがなくなった。一日中走り回ったので、体力もかなり厳しい。研修の間に何度も行き来した場所。この辺でよく見かける、この辺ではあまり見かけない、そんな情報を何気ない会話の中でもらっていたのだからフルに使わねば。
呼吸を整え、耳を澄ます。この近くにいるはずなんだが……焦るな、焦るな。ヘタに焦って、群れをなして向かってこられても困る。
いた。
向こうが動くより早く踏み込んでいき、ジャンプしたところをすれ違う。短剣はわずかに空振り。疲労からか、握る手にも力が余り入らない。もう一度。ジャンプするタイミングに合わせるように注意して……斬った。
これで二十羽、達成だ。
すぐに解体にかかる。だが、最後の一羽だからと手は抜かない。丁寧に血を抜き、捌いて……終わった。
「これで二十です」
「はい、確かに」
ギルドに納品を終えて、四人の方を振り返る。
「達成で「バカ者が!」
ゴンッ
「!!!!」
リナのげんこつが降ってきた。痛いというか、意識が一瞬で飛んだ。
「……ぶか?……う……か?」
「はっ!」
「スマン、ちょっと加減を間違えた」
リナが素直に謝ってくる。
「ちょっと綺麗な花畑と川の向こうで死んだはずのじいちゃんが手を振ってたような……」
「リナが殴ったらそうなるね」
「今回はちとヤバかったね」
「後遺症がちょっと心配」
「言い方っ!?」
三者三様の心配の仕方だった。
「とりあえず危険が無かったからよしとするが、不合格でもおかしくないんだぞ」
「な……な……ぜ……?」
「リョータ、依頼票、よく読んで」
「え?」
依頼内容
ホーンラビットを二十羽納品
詳細
初心者研修期間中にホーンラビットを合計二十羽納品。
「初心者研修期間中……」
「どういうことかわかるか?」
「もしかして、今までに納品した分も含める?」
「半分正解」
「今日中でなくてもよかったりする?」
「正解」
「じゃ、いつまでに納品すれば……?」
「書かれていなかったときにそれを確認するのも、依頼を受けるときの注意の一つ」
ガクリと膝をつく。今日のこの苦労はなんだったのか。
「何だ?……ん?リョータか」
外から戻ってきたガイアスが、へたり込んでいるリョータに気付く。
「あ、支部長」
「おう、リナ。どうなんだ?」
「合格。ランクアップも認めて良いぞ」
「そうかわかった。おめでとう、リョータ!」
ガイアスがにかっと笑い、グッと親指を立てた後、背中をバンッと叩く。その後ケイトに何かを告げるとケイトが奥へ入っていった。手続きをしに行ったんだろう。
「さて、リョータ。私が言いたいことがわかるか?」
「えと……依頼票の内容はよく確認すること、かな?」
「……正解だ」
「でも理由はわかるか?」
ステラが続けて聞いてくる。
「依頼票には重要なことが書いてある。期限や、守るべき事など。それを無視してしまうと、大きな問題になる」
「そこまでわかれば良いか」
パンパンッと戻ってきたガイアスが手を叩く。
「よし、リョータの初心者研修はこれで全て終了。ランクもFからEに昇格だ。ギルドからの依頼、リョータの初心者研修も完了だ」
ドサリ、とガイアスが崩れ落ちる。白目をむいているが……うん、何も見なかった。何も聞かなかった。
「さて、リョータ。ここでお別れだ」
リョータに背を向けたまま、リナが告げる。
「え?」
映画のワンシーンみたいなこの展開は何?
「実は、この研修が終わり次第、村に一度帰ることにしていたんだ。だから明日の朝早くにヘルメスを経つ」
ステラが補足する。
「しばらくは……そうだな三ヶ月は戻らないかな」
「そうですか」
「ま、そのうち戻ってくるからさ」
リナは振り向かずに告げる。ちょっと鼻声で。そして、そのまま手を振り、ギルドを出ていく。その後に続く三人。
「元気でやれよ」
「がんばって」
「教えたこと、忘れるなよ」
「リョータの評判が上がれば、私たちの株も上がるからな」
「ありがとうございました!」
リョータは深々とお辞儀をして見送る。およそ一週間、色々と教わったことを思い出し、これからの糧にすることを誓いながら。
「……」
「ちゃんと顔見てお別れすればよかったのに」
「でぎる゛わ゛げな゛い゛……」
「はあ……またしばらくこんな感じか?」
「そうね」
「そのうちまた会えるってば」
「でも゛……」
「リョータ、素直でいい子だったよね」
「う゛ん゛……」
「明日には立ち直って欲しいから、おいしいもの食べに行こう」
リナは涙でぐちゃぐちゃの顔のまま宿へ戻っていったのだった。
「さて、リョータさん。冒険者証の更新が終わりましたので、こちらを」
渡された冒険者証はランク表記がEになっていた。
「これで冒険者としてやっていけるのか」
感動に震える。明日からどんな依頼をこなそうか。まだ実力不十分だけど一つずつこなして行って……
「それでですね、リョータさん。大変申し上げにくいことなんですけど……」




