五十年の成果
「ポーレット、まだか?」
「あ、リョータ、これ当たりです」
「え?マジで?」
「えっと、これでこうして……」
「え、ちょ……」
「こうして……私の勝ちです!」
「うわあ……」
「ぐぬぬ……どうしてこうなったのよって、うわわっ!」
リョータとエリスはポーレットがホーンラビットに悪戦苦闘している間、街で買ってきたカードゲームで遊んでいた。ウ○のように遊ぶのだが、一発逆転の要素があるために、最後まで気が抜けないという、数年前から大陸北部で流行しているゲームだ。リョータも最初は「いやいや、地球のゲームの方が面白いはず」と思っていたのだが、これがなかなか。そして意外にもエリスが強く、ほぼ互角の勝負が出来るのでこう言うときの暇つぶしにはちょうどいい。
ちなみに四角で区切られた盤面にコマを置くゲームも結構な種類があり、ゲームを作って売り出して大もうけという異世界転生もの定番の稼ぎ方も塞がれている。
どうしてこうなったのかというのは実に簡単だ。ギルドマスターからの連絡があるまでは、適当に過ごすことにしたのだが、そこにポーレットが加わることになってしまった。
適当な依頼を受けて、「ポーターの報酬、中金貨五枚だ!」とかやろうとしたのだが、ポーレットにより却下された。一応、ポーターとしての相場というのがあるらしく、その相場を大きく逸脱したり、大本の依頼の報酬からかけ離れた額は無効になるのだそうだ。
ポーレットのポーターとしての相場は一日に小銀貨二~三枚ほど。そこに採集した素材の売却金額の分配を加えるのだが、リョータたちの場合、ホーンラビットくらいしか狩っていないのでたかが知れていて、頑張っても一日に小銀貨五枚がポーレットの収入になる。
そこからポーレット自身の生活費や消耗品の補充などを差し引くと、一日に小銀貨二枚程度しか返済できないという計算になる。
もちろん、ダンジョンに潜り、色々な魔物の素材を集めてくれば、額は跳ね上がるのだが、まともな戦力になるのがリョータとエリスだけではダンジョンに気軽に潜ることも出来ない。
ライトリムからいける範囲ならそれなりに稼げるのだが、ここルトナークから行けるダンジョンとなると、難易度が高く、ポーレットの無事が保証できない。他のパーティの雇われで行けばと提案したのだが、
「私がダンジョンに潜っている間に逃げられても困ります」
と、どっちが金を貸しているんだかわからない返事で却下された。
結果、出来ることと言えばホーンラビット狩りくらいになるのだが……
「ポーレット……お前……冒険者としてそれでいいのか?」
「ぐっ……」
ホーンラビット相手に既に三十分格闘している。リョータもエリスも最初の頃はそんなモンだった。だが、ポーレットは既に冒険者としてはウン十年のキャリアを持っている。なのにこのざまである。
「へっぴり腰」
「う……」
「見当違いの方向へ剣を振るなよ」
「ぐあ……」
「と言うか……短剣、手入れしてないだろ」
「うう……」
ホーンラビットの攻撃をかわしているところにリョータが精神攻撃を仕掛けてくる。
「し、しょうが無いじゃないですか!ポーター専門で、戦闘なんてもう何年もしてないんですよ!」
「俺が知ってるポーターは、みんなホーンラビット程度に手こずらないし、武器の手入れもきちんとしていたぞ」
「ぐぬぬ……」
借金返済の手段として選んだのは、ポーレットをポーターとして雇うのではなく、パーティの一員として迎え入れると言う方法。
これだとポーターとしての収入はなくなるが、パーティとしての取り分がポーターに比べると跳ね上がるので返済にかかる期間は短くなる……ハズだった。まさかホーンラビットにここまで手こずるとは思っていなかった。
「ポンコツ」
「ぐあっ!」
「真の意味で半端者」
「うぐっ!」
とりあえずホーンラビットを仕留め終えたので、解体を始めたところにリョータが追撃をしていく。
「うう……ひどいです」
「あのなぁ……一つ言っておくが」
「何でしょうか」
「お前、解体用のナイフも手入れしてないだろ」
「ぎくっ!」
ポーターの価値は運べる荷物の量と、戦闘以外でどういう貢献が出来るかで決まる。魔物の解体やマッピング、食事を始めとする野営の準備に傷の手当てなど、出来ることが多い者ほど高いのだが、
ポーレットの場合、運べる荷物の量が常識外れなので、高い評価を得ていると言うだけで、荷物運び以外は素人同然だった。
「五十年間何やってたんだよ」
それがリョータの率直な感想だった。
断片的ではあるが色々と聞き出したところでは、ポーレットの母親はひとりで何とかポーレットを育て上げた……のだが、ハーフエルフというのは成長が遅く、人間の二~三倍の時間をかけて成長するらしい。だが、人間と同等に扱い、躾けて、教育をしようと努力した。そして、当たり前だが失敗した。人間換算で五歳児を十歳として扱うとか無理がありすぎたと言うわけだ。そして、この成長の遅さは普通の人間である母親にとってはかなり厳しい。この世界で働き出すのは十二~十五歳くらい。冒険者登録自体が十三歳から。そのくらいまでに成長するのに三十年前後かかってしまうと、母親もさすがに年老いる。ハーフエルフが半端者と言われる理由としては、この成長の遅さに人間の親が付いていけず、まともに教育を施せないまま親が先に死ぬ、というのが原因の一つらしいから、ポーレットを責めるのもお門違い……かもな。もっとも、それから何十年も経っているのに一向に成長していないというのはやはり個人の資質か?
「最低三羽。それまでは帰らないぞ」
「うう……わかりましたよ」
ポーレットの借金奴隷紋の場合、あまりにも無茶なことはさせられない。だが、仮にもEランク冒険者。ホーンラビットを今日中に三羽狩れ、というのは指示として問題ないようだ。
ちなみにリョータとエリスは既に五羽狩っており、薬草も数束採取済みである。
三人がいるところは魔の森に入って徒歩三十分ほどの場所。王都と言うだけあって近くにはいくつかダンジョンがあるのだが、浅い層ではほとんど稼げず、深い層ではリョータとエリスでは明らかに戦力不足になる難易度で、ポーレットもダンジョンを薦めてこなかった。
で、ダンジョンへ向かう道からはずれた微妙な場所でこうして日銭を稼いでいるのだが、
「あの、もう少し奥に行きませんか?」
「やだ」
「えー、行きましょうよ」
「面倒くさい場所だろ、きっと」
図星である。ダンジョンに入らずともそこそこ稼げる場所なのだが、さすがに態度でバレた。
「そもそもウチは独立採算制だ」
「えー、共同分配にしましょうよ」
「お前、サボる気満々だな」
「うぐ……」
リョータとエリスは今までの収入を一応折半している。ただ、おおっぴらには出来ないもののエリスはリョータの奴隷という立場だと言うことに加え、あまりお金の管理が得意ではない……と言うか計算が苦手なので、リョータがまとめて面倒を見ている。どうせ二人揃って同じ宿に泊まり、同じ物を食べている。着ているものの値段が少々違うくらいは誤差の範囲。財布を別々にする必要はあまり感じていない。
と言っても、この二人のような管理は珍しくはない。ほとんどの場合、冒険者パーティは収入をほぼ平等に分配する。ほぼ、というのは消耗品の用意などを専門に行う者がいる場合、多めに渡すかパーティ共同の財布を設けるかの違い程度だ。
つまりポーレットは、パーティの収入から自身の取り分が分配され、そこから借金返済と言う流れを目論んでいたのだが、完全に外れてしまっているというわけだ。




