簀巻きにハリセン、そして
話を終えて出てきたが、柱に縛り付けておいたはずのポーレットがいない。
「えーと、リョータさん」
「あ、ハイ。何でしょうか」
「あちらを」
ここのギルドは依頼の受け付けなどを行う窓口の他は、ちょっとした軽食を出す店が併設されているだけ。酒を出すわけではなく、どちらかというと依頼内容の吟味といった打ち合わせに待ち合わせのための場所で、テーブルが十卓ほど並んでいる。
その一番奥の席に簀巻きにされたポーレットが転がっていた。
「アレ、何とかしてください」
「イヤです」
「そうは行きません」
受付嬢が「逃がしません」とばかりにすごい顔で睨んできた。
「なんでもリョータさんたちに用があると、言ってましたよ?」
「えー」
「放置したらまたそれはそれで騒ぐんじゃ無いかと思うんですが」
「はあ……」
仕方ないので奥の席へ向かう。エリスがそのあとに続いているが、二人とも足音でわかる程に足取りが重い。
「先に言っておくが、馬車より早く着いた件については聞かないからな」
「いえ、そこは聞いて下さいよ」
「興味ないし」
「えー」
定期馬車は所定の村を経由するから、真っ直ぐの道を進むわけではない。つまり、真っ直ぐ進めば馬車より早く着くことは可能というのは既に聞いているからな。
「ところで、手足を縛っているものをほどいて欲しいんですけど」
「やだ」
「です」
「えー」
さて、そろそろ本題に入るか。
「で、なんで俺たちを追ってきたんだ?」
「あ、ハイ。これです」
「ん?」
縛られた状態でバタつきながら左の袖をまくったところを見せてくるが、借金奴隷紋が残ったままだ。
「なんで奴隷紋が残って……んん?!」
「ええ、そうなんですよ」
借金奴隷紋はその中央に金を借りている相手と金額が浮かび上がる謎仕様なのだが、そこには『リョータ 五千五百万ギル』と出ていた。
「どういうことだ?」
「私もそう思って商業ギルドに問い合わせたのですが、どうも借金の肩代わり扱いになったみたいです」
「肩代わり?」
「ハイ。あのとき、仕事の報酬の分け前と仰ってましたが、ただ単に肩代わりしただけだと」
「借金の額、増えてないか?確か、お前の借金って中金貨五枚弱だったような」
「肩代わりとして支払った額がそのまま適用されるとか」
「そうか」
「と言うことで、私の借金返済相手がリョータさんに変わってしまったので、追ってきたというわけです」
「マジか……」
借金の返済をしやすくするという意味では追ってくるのはわかるが……
「えーと、それからですね。あの後の顛末もお伝えしようかと」
「あの後?」
「建物をぶっ壊したあとのアレです」
「ああ……」
「一応、全員生きていまして、衛兵に捕まって色々と」
「ふーん」
「き……興味なさそうですね」
「まあな」
モグリの奴隷商は気になるが、その辺の情報はギルド経由でもらえそうだし。
「一応、瓦礫の山から色々違法なものが出てきたそうで、関係者全員犯罪奴隷確定だそうですよ」
「そうか」
「あ、あとこれを」
「ん?」
小さな袋を渡された。
「あのとき肩代わりとして使ったお金です。無事に回収されていました」
「そうか、これを俺が受け取ればポーレットの借金はチャラか」
「なりません」
「は?」
「そう言うもの、だそうです」
「何だそりゃ」
「と言うことで、借金返済までよろしくお願いします」
「えー」
「……えっと、ご主人様と呼んだ方がいいですか?」
「エリス」
「はい」
バシーン!
エリスがバッグから取り出したハリセンを受け取ると、素早く頭をはたく。
「痛……くないけど、何なんですかいきなり」
「何となく」
「こんなこともあろうかと、って作っておいて良かったですね」
「うう……お二人のその息ぴったりの連携が怖いです」
「はあ……えーと、状況を整理するか」
「いいですよ」
「オルグとその仲間は全員捕縛された」
「はい。全員犯罪奴隷確定です。最低でも十年だそうですから、人生終了ですね」
かなり過酷な労働を課せられるらしいからな。多分五年も持たずに終わるだろう。
「ポーレットの借金の相手が俺に変わった」
「はい。借金の額は五千五百万ギル、中金貨五枚に小金貨五枚です」
借金の額を増やしてどうするんだって話だな。
「で、わざわざお前がここまで追っかけてきた」
「借金を返すには返す相手の近くにいないと意味が無いですからね」
「お前を連れて行くつもりはカケラもないんだが」
「そうすると私は一生奴隷のままなんですが」
「え?金を借りた相手が寿命とかで死んでも奴隷のままなの?」
「私の場合はそういう借用書になっていたのが引き継がれているので」
「どう考えてもお前の方が長生きするよな?」
「そうですね。是非とも私の余生のためにも借金返済に協力を」
色々おかしい。
ホーンラビットが軽く助走を付けてトンッと跳ねる。そして鋭く硬い角を突き立てようとしてきたところをサッと交わし、すれ違いざまに短剣で切りつける。
「やあっ!」
しかし、刃筋がイマイチだったのか、切り裂くに至らず、叩き飛ばすだけ。クルクルと回転しながら飛ばされるも、野生の勘か、スタッと綺麗に着地し、ググッと体を縮めると、すぐにこちらへ向けて駆け出す。
再びの跳躍に合わせて振り抜いた短剣はわずかに狙いをそれ、宙を切る。
「やるわね……」
冒険者の間で、誰も確かめたことのない、嘘か誠か怪しい噂がある。
魔物は生まれてから年月を経て行くにつれどんどん強くなっていく。
誰も確かめていないのは当然だ。冒険者が魔物と遭遇したときに迎える結果はどちらかの死か、冒険者側の必死の逃走。強い魔物なら長生きしているのは当然だが、ホーンラビット程度になると長生きしている個体を見分ける方法と言えば体のサイズ程度だが、それもどのくらいの年月でどの程度に成長するかを確かめた者はいない。
だが、はっきりとわかる。コイツはずいぶんと長く生き、上位種になりつつある、と。
「もう一度……絶対に勝つわ!」
既に戦い始めてから三十分は経過している。仲間たちはそれぞれ手一杯で私の援護に回る余裕はない状況。そして、ここで私が倒れたら、この強い個体が仲間に襲いかかる事になる。それだけは絶対に阻止しなければ。そう決断し、短剣を構えた。




