王都へ行こう!
「ラウアールのギルドマスタ-、シェリルからの情報があるのだが」
見る度に顔色の悪くなる支部長コンラットの体調が気になるが、また懐かしい名前だな……どんな情報だ?
「君たち二人は種族奴隷」
「!」
「……について調べている、と」
「ええ」
「詳細は極秘となっているそうだが、特命の依頼を受けているので、可能な限り便宜を図って欲しい……と」
なるほど、特命ね。通常、この言葉を使うときは国王かそれに類するくらいの人物からの極秘の仕事という意味になる。だから、たとえギルドマスターと言えど、詳細をホイホイ明かすことは出来ない。うまいこと考えて色々と手配をしてくれた物だと感心する。
「ナイジェフたちが君たちを種族奴隷にしてどこかへ売り払おうとしていたのは知っているな?」
「そんな話をしていましたからね」
「では、どうやって種族奴隷にするか……つまり、種族奴隷紋をどこで仕入れたのか……」
「そうですね……違法な種類の奴隷紋だと聞いています」
「ああ。で、出所だが……はっきりとはわからん」
「そうですか」
ま、そんなモンだろうとは思っていた。
「だが」
「はい?」
「奴が言うには、大陸北部の盗賊団ならだいたい知ってるそうだ。種族奴隷紋を付けられるモグリの奴隷商が何人もいると」
「そりゃまた大変ですね……って、だいたい知ってるって事は……」
「ああ。何十年も前に東の方から伝わってきて、広まって受け継がれているそうだ」
代々受け継いでいくとか、伝統工芸かよ。
「既に王宮へ報告が送られている。しばらく……そうだな、この先何年かかるかわからんが、盗賊団の壊滅のためにあらゆる手段を使うことになるだろう」
「あらゆる……ですか」
「種族奴隷紋はヤバいからな」
犯罪者に付ける犯罪奴隷紋は「罪を犯している者」にしか使えない。そして「罪を犯している」という判断はそれなりの権限のある者――わかりやすく言えば国だな――が下すことになっているため、同じ紋様を使っても機能しない。極秘の何かがあるのは明らかだが、当然公開されていない。
借金奴隷紋は「借金をしている者」にしか使えない。だが、この借金は「商業ギルド」が関わる必要があるため、これまた簡単には使えない。
だが、種族奴隷紋は……正式なやり方を使えば誰にでも機能する。生きている以上、何らかの種族であり、種族であることに対して機能するからだ。つまり、悪用されれば――というか悪用しかしないだろうが――危険度は他の奴隷紋と桁違いだ。
「盗賊団の討伐は今までに数え切れないほど行われている。そして、盗賊団のアジトから種族奴隷紋を付けられた死体も数え切れないほど見つかっている」
「……討伐の時に殺されたとかそういうことですか」
「さあな。奴隷にして酷使して使い潰していたのかも知れん」
「……」
「見つかる度に、どうやって種族奴隷にしたのかを調査していたと聞いているが、何しろ討伐したあとで……調べようが無かったというのが実情だ」
討伐の時にアジトに火を放って……とかやっているだろうからな。死人に口なしだ。
「つまり、今まで手がかりが全くなかったのだが、それがかすかにつかめた」
「お役に立てたようで何よりです」
「で、ここからが本題だ」
「はい」
「今すぐ王都へ向かえ」
「へ?」
「簡単に言えば呼び出しだな。早速だが王都に向かってくれ。向こうでもう少し詳しい話があるそうだ」
そう言って、一枚の紙切れを差し出してくる。
「今すぐと言っても色々あるだろうから用意した。定期馬車のチケットだ。明日の便を取った」
「わかりました」
話を終えて出てきたが、ポーレットの姿が無い。
「あの、ポーレットがどこに行ったとか」
「騙されましたわ!とか叫んで出ていきましたけど」
受付嬢がため息交じりに教えてくれた。
「俺たちが外に出たと勘違いしたのか」
「あわてんぼうさんですね」
「エリス、こういうのは、あわてんぼうさんとは言わないぞ」
「え?じゃあ何て」
「何だろうな……」
よくわからん。
さて、このまま魔の森へ行くと、また鉢合わせしそうだからやめておこう。ついでに言うと、金も困っていないので、今日も一日休みとして……何をしようかとエリスと話しながら商店の並ぶ方へ足を向けた。
にぎやかな街並みを歩き、すっかり旅の定番になった(?)謎の肉の串焼きを買って、並んで座って食べていたら……向こうから怒り心頭の顔つきでわざとドスドス足音をさせながらやって来る人物が。
「ちょっと!どういうことですか?!」
「何が?」
「何がじゃありません!いつの間にか私を置いていなくなるし、魔の森に入ったわけでもないし、探し回ってみたらこんなところで!」
「支部長に呼ばれて話を聞いている間に飛び出していったのはお前。そのあと魔の森に行ったと勘違いしたのもお前。そして適当にブラついてメシ食ってるのを非難されるいわれは無いんだが」
隣でエリスがコクコクと頷いている。うん、口いっぱいに頬張っているからね。
「うう……い、言い返せない」
「そうそう、それと」
「まだ何かあるんでしょうか?」
「俺たち、明日街を出るから」
「え?!」
ガクリと項垂れるポーレット。
「それじゃそう言うことで」
「はい……お元気……で」
食べ終えた串をゴミ箱に放り込み、バイバイと手を振り別れる。まあ、アレでポーターとしては優秀らしいから、何とかなるだろう。うん。
ライトリムの商店街を見て歩くと、香辛料を扱っている店を見つけた。そう言えばこっちの方でこういう店は見ていなかったなと中を覗くと、思った通り見たことのないものが並んでいた。店員に説明をしてもらいながらいくつか買う。とりあえず王都までは定期馬車で移動するが、その先はまた歩きになる。エリスもこう言う料理をするのは気に入ったらしく嬉しそうに品を選んでいたので、そのときが楽しみだ。
エリスとそんな話をしながらギルドに戻ったのはすっかり暗くなってから。夕食も終えているのであとは寝るだけなのだが……
「リョータ、いいところに戻ってきたな」
「ん?」
支部長が受付で待ち構えていた。珍しいこともあるモンだ。
「ポーレットを見なかったか?」
「へ?ああ、見ましたよ。昼頃に」
「その後は?」
「さあ?」
「フム……となるとやはり……」
「何かあったんですか?」
「二つ。まず一つ目だが……ポーレットに金を貸している商人、オルグだが……どうやら種族奴隷紋に関わりがある」
「え?」
「はっきりと裏は取れていないが、いくつかの盗賊団との取引があるようだ。そして、その関係で種族奴隷紋をつける技術のあるモグリの奴隷商とつながりがあるらしい」
表と裏の顔を使い分けるのは珍しくないが、裏の顔が結構ヤバいな。
「……もう一つは?」
「これはもしかしたら見間違いかも知れんのだが……夕方頃にポーレットが複数の男に囲まれてどこかへ連れて行かれるのを見た者がいる」
「は?!」
「冒険者個人の借金の詳細は知らんが……何か聞いてないか?」
「今月末までに小金貨二枚支払わないと、売り飛ばされると」
「どこへと聞くだけ野暮だな。だが、小金貨二枚なら支払えるだろう。この間の賞金も入れると、彼女の稼ぎはそれなりにあったはずだ」
「……マズいです」
「何がだ?」
思わず周囲を見るが、支部長と受付嬢二人の他は誰もいないから大丈夫か。念のため小声で告げる。
「確証はありませんが……先日の賞金は盗まれました。それもオルグの手下によって」
「は?」
もう少しだけ詳細を話すと最近ひどくなっていた顔色がさらに悪くなった。
「最悪のパターンとして……返せる見込みがないならさっさと……というのがある」
「うげ」
「だが、このくらいの情報では衛兵は動かん」
「でしょうね」
どこまでも推測だ。
「だが、だからと言って冒険者ギルドも表だって動けん」
「そりゃそうでしょうね」
表向きは真っ当な商売をしている商人だ。下手なことをしたらこちらが悪者になる。




