清楚可憐とか意味わからん
「さて、出発準備だ」
両手を縛り上げた十人の手首の間にロープを通し、荷車に付けたロープと繋ぐ。
ついでに腰にもロープを括り付けて荷車と繋いでやれば……
「ほい、馬の代わりが出来ました、と」
「ケッ、誰が引っ張るかってんだ」
「ああ、そうだな」
「ハハッ、馬鹿な連中だ」
ウンウン、そうだろうね。
でも、その反応は想定済みだ。
「静電気をバチッとな」
スタンガンをさらに弱くした、文字通りバチッと静電気が走るだけの魔法を浴びせる。
「うわっ」
「痛っ」
「何だ?!」
何が起きたのかわからずバタバタと足踏みをする十人。
「別に引っ張ってくれないなら、今のを繰り返すだけ。それでも引っ張らないなら首を落とす。それだけだよ」
荷車に三人が乗り込み、引っ張るように言うと渋々十人が歩き出す。重い荷車に三人+嫌がらせの重しの荷物をそのまま載せているが、十人がかりなら問題ないようだ。
「ポーレット、こいつを」
「これ、私の役目になるんですか?」
「エリスは徹夜で見張りしてたから休憩。俺はコイツを運んできたから休憩。ポーレットは夜の間休んで、朝になってからやることがあるって言っておいただろ?」
「まあ、そうですね」
小枝を払い、先端を少しとがらせた木の枝を受け取ったポーレットが渋々荷車の前の方に座る。
「さっさと歩けー」
ツン
「痛っ」
「口より足を動かせー」
「痛いってば!」
「痛くなるようにしてるんだから当然だー」
「痛たたっ」
「こんな感じでいいんでしょうか?」
「よろしく~」
後ろから定期的に男たちをつつく役目である。馬用の鞭を使わないだけ人道的だと思って欲しいところだ。
「もう少し速く歩かないと日が落ちるまでに街に着かないぞ」
バチッ
「うわっ」
「痛っ」
「なんだこれ!」
時折リョータが近くに這わせた針金に電気ショックを与えると、そのまま男たちの首筋や背中にバチッと小さな火花が光る。狙いをつける手間もかからず、寝転がったままで鞭打てる仕組みだが、電気という概念がなく、針金を通っていると言うことも知らない彼らにしてみれば何がなんだかわからないだろう。
こうしてむさ苦しい男十人が引っ張る荷車はゆっくりとライトリムへ向かい進み始めた。
ガラゴロと進む荷車でポーレットは「どうしてこうなった」とため息をついた。賞金首に狙われたが、何の問題もなく全員捕縛。荷物運びの依頼主が賞金首で、と言う話は聞いたことのあるシチュエーションなので、我が身に降りかかった不幸としてはイヤな物だが、どうにか切り抜けた。リョータとエリスと言う二人の冒険者ならそのくらいはやってのけると思っていたからそこまではいい。
賞金首を殺した場合、死亡証明のために首を運ばなければならないが、十人分の生首はさすがに抵抗があり、殺さなかった。リョータとエリスも同じ意見なのは助かった。ここまでもまだいい。
……十人を運ぶために荷車を用意して、その十人に荷車を引かせるという発想も、まだなんとか理解が追いついた。
だが、人ひとりが運ぶにはかなり重い荷車をリョータが引っ張ってきたのは何かの冗談かと思った。
そして、十人を括り付けたのち、何かの魔法で痛みを与えて歩かせる……何の魔法だこれは。
ポーレットは魔法が使えない。これは荷物の重さを感じることなく背負えるというギフトを得ているためらしいが、詳しいことはよくわからない。
だが、魔法が使えなくても魔法についての一般的な知識ならある。ポーレットの知る限り、魔法は……例えば、小さな火種を作る「発火」の魔法でさえも、小さな棒でもよいから発動体と数秒程度の呪文詠唱が必要だ。魔法には魔法の発動体と呪文の詠唱が必要。これは魔法の常識……のはずなのだが、このリョータは魔法の発動体らしい物は持っておらず、呪文の詠唱すらしていない。なのに、十人をあっという間に無力化するほどの威力がある、見たことのない魔法を使って見せ、今も時折荷台に引き込んだ針金の先に何やら魔法を放っている。見た目は嵐の日によく見る雷に似ているのだが、少なくともポーレットの今までの冒険者としての経験上、見たことのない魔法だ。
発動体無し、無詠唱の上に見たこともない魔法。この二人についてはあらかじめ冒険者ギルドの職員から色々と情報を得ていたが、聞くと見るでは大違いと言うことを実感させられた。
そして、ナイジェフとの会話に出てきた「種族奴隷」という単語。なんだか面倒事になりそうな単語だが……知っておいた方が良さそうな予感がするが、知っていそうなリョータとエリスはほぼ徹夜だったせいでウトウトしているので、後回し。
「と、まあ……現実逃避はこのくらいにしましょうかね」
はう……とため息をつきながら、チラリと右を見ると、一台の馬車が追い越して行くところだった。御者も、荷台に載っている護衛もよく知った顔だ。
「よお、ポーレット。変わった……物に乗ってるな」
「え……ええ……まあ……はい」
何か触れてはいけない事のように、馬車は追い越して行った。
荷台で横になっているリョータとエリスは毛布を被っているので、ぱっと見ではポーレットだけが乗っているように見える。なんだかズタボロの男十人が引っ張る荷車に乗り、先のとがった木の枝でつついている姿はどう見ても……
「変態だな」
リョータがバチッと魔法を使いながら言う。
「誰のせいですか……」
「少なくとも俺じゃない」
「うう……それはそう……いえいえ、どう考えても発案者はリョータだよね?」
「反対はしなかったよな?」
「ぐ……起きていられるなら起きていて欲しいんですが」
「まだ眠い……ぐう」
「うう……私の扱い、酷くないですか?」
「イヤ、このために昨夜は寝ていてもらっているんだが」
「ライトリムに帰るときに重要な役割があるとしか聞いてません」
「重要な役割だと思うよ……ふわーあ」
「うう……今まで築き上げてきた清楚可憐な美少女というイメージが」
「清楚可憐って……そんなモン築いてきてたのかよ」
「あ、美少女ってところは認めてくれるんですね」
「ぐう……」
「ちょっと!……って、そこ!怠けるな!足を動かせ!」
ドスドス!
「痛っ!」
「わ、わかった……引っ張るからっ!」
「あ!あう……くっ……もっと!」
昼頃になるとおかしな反応も出始めているが、大丈夫だろうか。
さて、この調子だとライトリムに着くのはいつだろう?さっさと衛兵に引き渡したいのだが、この有様を明るいうちに衆目にさらしたくはない。
「……はう……」
馬車の近づく音がする度に、目深に被っていたフードを引っ張って顔を隠す。ローブの色合いなどでポーレットだとすぐバレるのだが、それでも顔は隠しておきたい。
ポーターは信用第一。十人もの男たちを木の棒でつついて荷車を引かせていたなんて噂が流れた日には、ライトリムはおろかシュルトルにも居づらくなる……羞恥心的な意味で。
「そう言えば」
「はい?」
「その左手……」
「ああ、別に隠すほどの物でもないですし」
「参考までに……いくら?」
「五千万ギル程、中金貨五枚です。月末までに二百万ギル払っておかないと色々マズいです」
「賞金、いくらぐらいになるかな」
「せめて合計小金貨三枚。三人で分けて一枚にはなってもらわないと」
「もらわないと?」
「……娼館送りです」
「ご愁傷様」
「もう少し労ったり、慰めてくれてもいいと思うんですが」
「ぐう……」
「ちょっと!」
「……」
「むー」




