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  作者: ひじきとコロッケ
ヘルメス
11/345

森の熊さん

「さて、着いたぞ」


 森の中の少し開けた場所に出た。日当たりがよく、通る風も心地良い。


「なんだか気持ちの良い場所ですね」

「そうだな。そんな気持ちよさついでに、デザートもあるぞ」

「デザート?」


 リナの指し示す先を見ると、数本の立派な木が生えている。


「リンゴ?」

「ん、リンゴ」

「リンゴだよ」

「そ、リンゴ。ほれ」


 リョータの背では少し届かないところにある赤い実をリナがもいで投げて渡す。ついでに自分でもかぶりつく。ナタリーとシエラも同様に一つずつ。リョータもそれに倣う。

 甘みよりも酸味のやや強い味、ちょっと甘みの足りない「ふじ」だろうか。


「ま、このリンゴ、そのまま食べるのは冒険者(わたしたち)くらいかな」

「そうなんですか?」

「リョータ、ヘルメスにはこのリンゴを使った絶品アップルパイを出す店がある」

「絶品アップルパイ?」

「開店と同時に行くくらいでないとすぐに売り切れるくらいに人気。だけどその店で食べるのは素人。紅茶が絶望的な店(・・・・・・・・)だから」

「ナタリーは常連だからね」


 どこかで聞いたぞ、そんな店。てか、ナタリーさん、常連なんですか。

 ん、待てよ?


「と言うことはこのリンゴ、持って帰るとその店で買い取ってもらえる、と言うことですか?」

「残念ながらそれはない。専属契約している冒険者達がいてね、彼ら以外からは買い取らない。そして、街にある買い取り屋もこのリンゴは絶対に買い取らないから気をつけて」

「はい」

「それと、こうやって一個か二個食べるくらいなら良いけど、大量に持って帰ったりして、その様子を誰かに見られたら……」

「見られたら?」

「生まれてきてごめんなさい、と言いたくなるくらいの目に遭って街を追い出される」

「気をつけます」

「それと、ここに来ると三回に二回は……あれに遭遇する」


 そう言ってリナの指さす先には、肩までの高さが三メートル近くありそうな熊がのっしのっしとこちらに歩いてきていた。


「フォレストベア。魔の森でこのリンゴが生えているところを縄張りにしている魔獣」

「魔の森でもこんなに浅いところにリンゴが生えているのはヘルメスくらいだからね、あんな厄介なのもこんな浅いところに出るんだ」

「つまり、リョータ。ここに一人で来ちゃダメって事」

「わかりました……」


 ゴクリ……さて、どうすれば……


「リョータ、下がって」


 ナタリーに袖を引かれる。


「ここは私たちに任せて」

「って言うか、私に任せて」


 ステラが矢筒から矢を抜きながら前に出る。ただしそのもっと前にリナが立っている。そしてそのリナは熊から視線を外すことなく、腕を組んで仁王立ちだ。


 こちらに向かってきていた熊が一度立ち止まり、こちらの様子をうかがう。だが、それもわずかの間。すぐにこちらを敵、もしくは獲物と見なしたのかグッと力を込めた後、こちらに向けて猛然と駆け出した。


「こっちも行くよ」


 ステラが弓に矢を二本つがえて解き放つ。放たれた矢はそのままリナの背後に向かい、わずかに軌道を変えてリナの髪を揺らし、クマの両目に突き刺さる。刺さった深さからすると脳まで達していそうだ。


 ドザザザザザザッという派手な音を立てながら熊が倒れる。勢いのまま滑り込んだ熊はリナのつま先数センチで停止した。


「ほい、いっちょ上がりっと」


 ステラがにかっと笑みを浮かべながらサムズアップ。二本同時に撃ち、真正面のリナを避けて向こう側の熊の両目を射抜くなど、並大抵の腕ではない。


「……すごい」

「でしょでしょ?もっと褒めても良いのよ?」


 ステラはご機嫌だ。


 が、


「いででででっ」


 リナがガシッと、ステラの頭をつかみ、引き寄せる。


(ジョーダンじゃないわよ!ちょっとかすったんだけど?!)

(そんな事無いって、ビビってリナが動いたんじゃないの?)

(動くわけ無いでしょ!ステラの腕が鈍ったんじゃないの?)

(よく言うわよ!両足震えて、冷や汗もすごいじゃない!)


 無言の応酬をただただ見守るだけのリョータとナタリー。


「リョータ」

「はい?」

「私たちを基準にしてはダメ。そしてああいう大人になってはダメ」

「わかりま「ああいう大人って」「どういう意味!?!」


 それにしても、とリョータは倒れている熊を見る。あんな変則的な動きをする矢なんて聞いたことが無いし、おそらく脳にまで達するほどの威力とか、非常識と言っていいレベルだ。


「さて、解体するか」

「はい」


 この巨体、どうやって(さば)くのだろうか。きちんと覚えておきたい。


「じゃ、シエラ。頼むわ」

「はいよ」

「え?」


 シエラって……さっき街へ戻っていたのでは?と振り返ると、シエラがごそごそと解体用のナイフを取り出すところだった。


 おかしい。


 街からあの分かれ道の所まで歩いて二時間弱。そこからここまで一時間程。平坦(へいたん)な道ではないから簡単には言えないが、街に戻ってここに来るまでとなると十五、六キロはあるはずだ。それを一時間程度で?しかもギルドにあのトカゲの状況を報告して?


「よし、いいぞリナ。持ち上げてくれ」

「ほい」

「んーと、ここだな」


 リナが熊の首根っこをつかんで少し持ち上げ、ステラとナタリーが下に布を敷く。そして熊の首筋をシエラが指でなぞる。そしてナイフを振り上げて、スッと振り下ろす。


 ドサドサドサッと音がして肉塊が布の上に落ちる。

 リナがよいしょ、と毛皮を持ち上げて横に広げ、たたんでいく。ナタリーは肉塊を一つずつ丁寧に紙にくるんでいく。ステラはナタリーの包んだ肉を一つずつ袋に詰めていく。シエラは内臓を穴の中に放り込んでいく。


 何が起きたのかさっぱりわからない。


「リョータ」


 ナタリーが(ほう)けているリョータに気付く。


「理解してはダメ。そう言う物だと受け入れて」

「そだね。シエラの解体技術はマネできないからね」


 マネとかそう言う次元を超えている。


 五分程で荷物がまとまった。手頃な大きさにあっという間に切り分けられたからこそ、解体から五分で片付くのであって、普通は一時間でも終わらない。


「リョータ、これを」


 リナが荷物を一つ渡してくる。皆で手分けして持って帰るのだ。ホーンラビットとは全く違う、ずしりとした重さに満足しながら帰路につく。


「そうだ、シエラ。報告はどうだった?」

「ああ、支部長にすぐに報告が必要だという事になって……二度も同じ話をする羽目になった。ああ、違う。『スマン、もう一度言ってくれるか』とか言うから三度か」

「……ご苦労様」

「とりあえず数日中にAランク冒険者十名程度でトカゲの殲滅(せんめつ)と調査を行うことになるらしい」

「そうか……ま、結果待ちだな」


 現時点でリナ達はCランク。Aランクが指定されていると言うことは、支部長には何か危険な予感がしたと言うことなのだろう。


 街に戻ると買い取りをしている店に向かう。


「ここは皮と肉の買い取りがメインの店」


 そう言ってリナはリョータの背を押しながら店に入る。


 店の中は数名の冒険者が買い取り待ちの列を作っていた。何人かギルドで見かけた顔がある。


「お、リョータじゃん」

「頑張ってるみたいだな」


 そんなやりとりをしている内にリョータ達の番になった。カウンターにいるのはリナと同じくらいの背丈のがっしりとした老人。分厚い革のエプロンを揺らし、メガネをクイッと上げてリョータを見る。


「……お前が噂の新人か」

「は、はい」

「サイモンだ。この店を取り仕切ってる」

「リョータです。よろしくお願いします」

「今日はなんだ?」

「フォレストベアだ。初心者研修中に遭遇してね。私たちが狩った。解体はシエラだ」


 代わりにリナが答え、それぞれが持ってきた包みを見せる。


「見よう」


 カウンターの上に包みが並べられていく。リョータも背負ってきた物を乗せる。サイモンが包みを一つずつ確認していく。


「相変わらず見事だな。これなら……」


「結構良い値がついたな」

「そりゃ、シエラの解体だからね」


 熊が大きかったこともあり、予想よりも高く買い取ってもらえた。

 そして


「リョータ、これを」


 リナがリョータに渡したのは大銀貨一枚。十万ギルだ。


「え?でも、俺何もしてないです」

「ここまで運んだ荷運び賃」

「いわゆるポーターだな」


 歩きながら、ポーターについて説明される。

 ダンジョンの奥深くに潜るとき、一番問題となるのは、水や食料と言った消耗品や、予備の武器、矢などの『持って行く物』と、仕留めた魔物から得た素材などの『持って帰る物』をどう運ぶかだ。

 そこである程度の期間をかけてダンジョンに潜るときには荷物運び専門の荷運び屋(ポーター)を連れて行くのが普通である。彼らはちょっとした戦闘――ダンジョンまでの間に遭遇するホーンラビットなど――はこなすが、基本的に戦うことはなく、武器のメンテや食事の支度、魔物の解体などを行う。そして、向かうダンジョンの危険度や期間にもよるが、だいたい一日に大銀貨数枚の報酬を得る。その代わり、魔物の買い取りの分配は受けない。


「ポーター自体は冒険者のランクはDランクもあれば良い方。何しろ自分ではギルドの任務をこなしていないから、実績がつかなくてランクが上がる機会が少ない。だが、下手なAランクよりも経験を積んでいるから、その知識はすごい物があるぞ。あと、ベテランと呼ばれる者は、Aランクパーティと専属契約をしていることもあるし、魔法の袋持ちも珍しくない」

「魔法の袋?」

「見た目よりもたくさんの荷物が入る袋さ。たまにダンジョンで発見されるんだが、小さい袋でも中金貨五枚くらいの値がつく高級品」


 魔法の袋。異世界の定番アイテムだな。主人公だけが持つ事が多いアイテムのはずなんだが。


 ギルドに戻ると、今日の成果を報告。買い取りしてもらう品はないが、研修が順調だという報告は必要だ。


「では、そろそろですね」

「明日からで良いと思うが、どう思う?」

「よいと思います」

「じゃ、決まりだな」


 ケイトと話をつけたらしいリナがリョータに向き直る。


「リョータ、初心者研修で教えることは無くなった」

「はい」

「そこで、この依頼をこなしてもらう」


 そう言って一枚の紙を渡す。


「依頼……?」


 渡された紙、依頼票にはこう書かれていた。


 ホーンラビットを二十羽納品。


「これの完了で研修はおしまい。研修の内容によってはEランクへの昇格もあるんだが、これはそういう依頼だ」

「わかりました」


 ランクアップイベントが来たかと、ちょっと気分が高揚してきたところにステラとシエラが声をかけてくる。


「今までのことを思い出して、やれば簡単さ」

「まあ、シエラ並みの解体は無理だけど、普通の冒険者程度には出来てるから大丈夫」

「はい」


 二十羽か……そうだな……


「これ、色々準備してからやっても良いんですよね?」

「ん?構わないぞ」

「わかりました。頑張ります」


 いくつか思いついたことを試してみよう。

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