むさ苦しい男を十人運ぶための準備
良いサブタイトルが思いつかないのだ
「でも、連れて歩くのは大変ですよ?」
「うーん……そうだな……ポーレット」
「なんでしょうか」
「村まであとどのくらい?」
「そうですね……歩いて三時間程かと」
それならこれでどうだという方法を説明し、ポーレットは渋々応じた。そんなことが出来るとは思えない、と主張したのだが二人が「大丈夫」と押し切っただけである。
「じゃ、行ってくる」
「ハイ、気をつけて」
「二人も気をつけてね」
地面に穴を掘り、縛り上げた十人を放り込んでおいたから逃げ出すことはない。そして、戦闘の苦手なポーレットはここに残し、周囲の警戒のためにエリスも残す。そしてリョータが村を目指して歩き始める。やや早足で行けば夜中には着けるか?
と言っても、街道に戻りしばらく行ったところで少しそれて脇に入り、転移魔法陣を設置しておく。
「さて、頑張るか」
パシッと両頬を叩いて気合いを入れると村へ急ぐ。夜道は危険。いつ襲撃されてもおかしくないと改めて気を引き締める。
「すっかり暗くなった……」
ランタン片手に歩いていくが、これが結構重い。
「明かりの魔法が欲しい」
リョータの知識では火を使わない明かりが作れない。白熱電球やら蛍光灯の原理を再現してみようとしたが、魔力消費の割に暗く、おまけに熱くて実用にならなかった。LEDの発光原理を勉強しておけば魔法で再現できただろか?後悔先に立たずとはこの事だ。まあ、LEDがどうして発光しているのかなんて大半の日本人は知らないだろうからリョータが特別というわけではないが。
一方その頃、エリスとポーレットは……微妙な空気で黙ったままだった。
接点らしい接点と言えば、巨大トカゲくらいでそれほど話題が有るわけでも無いから何を話せばいいのか互いによくわからない。
「ポーレットさん……ポーレット……でいいですか?」
「ええ、まあ……お好きなように」
「見張りは私がしておくので休んでください」
「見張りは交替では?」
「私の方が見張りの能力が高いので」
「それはそうですが」
「それにさっきリョータが話したでしょ?このあとのこととか」
「う……まあ、そうです……ね。わかりました」
渋々ながらもポーレットは毛布にくるまって目を閉じる。
ポーターという役割をこなす関係で、この二人の人となりは何となく情報収集しており、先日の巨大トカゲのときの件も含めて、信用しても大丈夫だろうと思っている。
「やっと見えてきたな」
星の位置がだいぶ変わり、そろそろ三時間くらいかという頃、遠くに明かりが見えてきた。
夜、村の周囲を見回るのはどこも同じようで、見張りらしい二人がいるのだが、リョータが近づいていくとさすがに驚いて駆けよってきた。
で、質問攻めだ。「どこから来た」だの「一人で大丈夫だったのか」だのと。
とりあえず落ち着いてもらい、自分がCランク冒険者であることと、面倒なトラブルが起きていること、そしてこの村に来た目的を告げると、「それじゃ村長に」という流れになった。どうやらこの村は、既に村長まで決まっていて、あと数ヶ月もすれば税金を払い始める段階だったようだ。そこだけはナイジェフの情報は正しかったと言うことか。
夜中にたたき起こされた村長は最初こそ機嫌が悪かったが、リョータの説明で顔が青くなる。ナイジェフたちの目的がどこまでの物だったかはわからないが、それなりに戦闘に長けた賞金首が近くをうろついていたわけだから当然だろう。
「と言うことで……」
こちらの要求を伝える。要求と言っても、別に無理矢理奪っていくつもりはなく、きちんと対価を支払うことも告げると、「その程度なら」と快く了承してもらえた。
「本当に大丈夫か?」
「まあ、多分……」
夜中だというのに、村人たちが起き出してワイワイガヤガヤとなってしまった中、提供された荷車をチェックする。
リョータは村から荷車を一台提供してくれないかと持ちかけた。もちろんタダとは言わず、きちんとお金を払っている。かなり頑丈に作られた荷車は、馬が引くように作られているのでかなり重く、リョータが一人で引っ張るのは難しい……が、その場しのぎの改良を施し、魔力で動くようにする。インクの質が今ひとつだが、村の近くに設置した転移魔法陣まで運べれば充分。そのあとは……一応考えてあるし。
「では、夜分にお騒がせしました」
挨拶をして、荷車の魔法陣に魔力を流し、恐る恐る引っ張ると……かなり重いが何とか動き、周囲から「おお……」という感嘆の声が上がる。
「すごいな」
「鍛えてますから」
適当にごまかしながら村を出て、転移魔法陣へ向かう。歩いて五分かからない距離だが、荷車がなかなか重く、たっぷり三十分かかってしまった。
どうにか転移魔法陣に引っ張り込んで荷車ごと工房前に転移。荷車を残して戻り、魔法陣を壊すと、南へ歩き始める。
歩き続けること三時間、ようやくエリスたちのいる野営地近くまで来ると転移魔法陣で工房へ。倉庫から何かに使えないかと買い込んでおいた針金を持ち出し、荷車を引っ張りながら戻って魔法陣を破壊し……どうにか野営地に荷車を運び込んだ。
「ただいま、エリス」
「おかえりっ!」
飛びついてきたのを受け止めて支えるほどの体力が残っておらず、そのままゴロゴロと転がってしまい、エリスがアワアワとし出したので「大丈夫」と宥めておく。
「本当に運んでくるとは……ひょっとしてすごい怪力の持ち主?」
「そんなことはないよ」
起き出してきたポーレットの問いに曖昧に答えておく。
「ま、俺たちの秘密って奴かな」
「ふーん」
冒険者の秘密を探るのはちょっとしたタブー。「ま、いいわ」と興味なさそうにポーレットはたき火の近くにしゃがむ。それほど寒い季節ではないが、朝夕は結構冷え込む。穴の中に放り込んだ連中は生きてるだろうか?
やや早いが、パンにスープの朝食を済ませると荷車の改造に取りかかる。と言っても、引き手部分を取り外して束ねたロープに付け替えるのと、針金を這わせる程度。一時間ほどで改造は完了した。
準備が出来たところで、十人を放り込んだ穴を元通りの位置まで押し上げる。寒さとか色々垂れ流していたりで酷い状態だが、軽く湯を沸かしてぶっかけて洗い流し、パンと冷めたスープを与える。
「俺たちをどうするつもりだ?」
「街まで連れて行く」
「それであの荷車か。馬はどうした?」
「馬か……」
地球でも、自動車が普及する前、移動の足として馬は重宝していた。そのため、馬は財産だった。それはこの世界でも変わらず、馬は結構高い。これから発展していく途中にある村から馬を出してもらうのはさすがに気が引けるので荷車だけにしたのだ。
「馬の心配はいいから、メシを食え。食ったら出発だ」
たき火の始末をして荷物をまとめる。そしてポーレットの荷物を……
「これ、中身は何?」
「さあ?」
「さあって……」
「今回の契約では中身を詮索するなと言うのがあったので」
「……とりあえず開けてみるか」
大きなバッグの中にはいくつも袋が入っていて、一つ一つがずしりと重い。開けてみると……
「そこらの雑草で大きめの石を包んだ……タダの重しじゃねえか!」
「むう……私に対する挑戦?」
「違うな……お前を誘い出す口実だな……ナイジェフ、そうだろう?」
「フン……」
「リョータ?」
「うん、つまり……こいつら、荷物がすり替えられたとか言いがかりをつけて、弁償させがてら俺たちに無理矢理借金をさせる。そして借金奴隷に仕立て上げてどこかに売り払うとか、そう言うことを企んでいたんじゃないかと思う」
「違うな」
「何が違う?」
「借金奴隷なんぞチンケなものにするかって事さ」
「ほう……じゃ、どうするんだ?」
「お前らは知らないだろうが……種族奴隷って奴だ」
「「!」」
「その様子、知っているのか?」
「……名前だけなら」
「あの……」
ポーレットがおずおずと手を上げる。
「種族奴隷って何ですか?」
「あとで説明するよ」
「はあ……ま、いいですけど」
ライトリムにいる冒険者の中でここにいる三人は見た目だけなら駆け出し新人。見た目も悪くないので捕まえてから奴隷紋を刻んでどこかに売り飛ばすとかそういう目的にはちょうどいいと言うことか。だが、ポーレットが既に借金奴隷なんだよな。借金奴隷を種族奴隷にしたらどうなるんだろうか?




