巨大トカゲ
ダンジョンの入り口を通り過ぎて三十分ほどで、植生が変わり、大きな木が目立つようになってきた。と言うことは、
「アレだ。あの木の実が常設依頼の対象」
頭痛、発熱と言った軽めの風邪に効く薬になるので需要が高いらしい。実はソフトボールより少し大きいほどで、一個で二十回分の薬が作れるとか。
「ざっと……二十個くらいありそうだね」
「んー、あ、あっちにもっとあるよ!」
「おお!でかしたエリス!」
一本の木に五個前後残すような感じで採取し、持ってきた袋にそれぞれ二十個ほど入れたところで帰ることにする。大きさもさることながら重さもなかなか。これ以上は不意にホーンラビットが飛び出してきたりしたら対処が遅れてしまうから、このくらいが限界。
ギルドに持ち込んでみると、ホーンラビットよりも高く買い取られていった。三倍くらいの金額には驚いたが、薬に加工してしまえば日持ちもするし、需要は常にあるのでいくらでも買い取るらしい。
リョータたちとしても、路銀はいくらあっても困る物では無いから「それでは明日も採ってきます」なんて伝えておいた。ほとんど手つかずのようだったから一ヶ月くらいは採り放題になりそうだし、採取しているときに時折現れるホーンラビットがいいアクセントになるので飽きることはなさそうだ。
三日通って一日工房。そしてまた三日通って工房へ。ドラゴンの素材をそろそろ何かに使えないかと考えているのだが、どうにも材料が今ひとつ。ギルドの依頼票なんかを見るとどうやらもう少し東に行くといい感じの素材が手に入りそうだが、ここで良く採れる薬草がいくつか素材として有用なのでストックしておく。
そんな話をしながら十日目。いつもよりもいいペースで木の実を採取出来たのでちょっと早めに切り上げ、ダンジョン入り口まで戻ってきたらそこにいたパーティはベテランのひと組だけ。ちょうど昼どきで、彼らは三日間の探索を終えて出てきたところだった。日帰り組が出てくるのはもう少し先だ。
何となく顔なじみになった彼らと軽く挨拶をしながら少し離れた位置で昼食にする。常に日帰りで、食事も安全な場所で摂れる二人は、街で人気の高い店で買ってきたサンドイッチや串焼き肉をちょっと炙って済ませることが多い。この日はサンドイッチ。しかも運のいいことにエスディンとかいう人気店が出している、月に一度のスペシャルサンドイッチが買えたので二人とも楽しみにしていた。
「お、うまそう……って、それ、アレか!エスディンの月一スペシャルか!」
「え……あ、はいそうです」
「っかー!今日だったのか!」
いきなり話しかけられたが、べつに「それをよこせ」とは言われない。その辺はきちんとわきまえているあたりが、ベテランなんだろう。
「まあまあ、来月、な?」
「くっそ……うまそうだ」
「ほらほら、あんまり見てると食べづらそうだよ?」
「あ、スマン。気にせず食べてくれ……うん」
食いづらいわ!
心の中で突っ込みながらパクつくと、じわりとしみ出すエスディン自慢のソースと野菜、そしてしっかりした味の付いた肉が口の中で絶妙なハーモニーを奏で出す。スペシャルと言うだけあってうまい。
だが、半分ほど食べたところで、エリスが尻尾でパタン!と二回叩いてきた。
「どした?!」
「何か来るよ」
「どこから?」
「ダンジョンの中」
「え?」
エリスが警戒心を露わにしていると言うことは、ただ単に冒険者が引き上げてきていると言うことでは無いのだろう。慌てて残りにかぶりついて水と共に飲み込む。
「ぷはっ……何かって……もう少し詳しく」
「んーと、多分人間が五人か六人。その後ろから大きな足音。四本足だと思うけど」
「大きな?」
「うん」
イヤな予感しかしないと思ったら、向こうのパーティもこちらの会話に反応した。
「でかい足音?」
「何かわかるか?」
と詰め寄ってくるが、
「俺たち、このダンジョンでどんな魔物が出るか知らないんですけどね」
「あ、そうか」
だが、エリスが警戒するほどの大きさと言うことは……
「警戒しておこう。エリス、荷物をそっちへ」
「はいっ」
荷物を移動させてから剣に手をかけて待つ。
「ん……?」
確かに中からドドドドという地響きが聞こえてきた。
「マズい!ヒュージだ!」
「ヒュージ?」
「巨大トカゲだ!気をつけろ!総員戦闘態勢!」
「おう!」
向こうは臨戦態勢になっているが、どういうことだ?
「って、巨大トカゲって深い層にいるって聞いてたぞ!なんで地上に出てくるんだよ?!」
「知るか!」
思わず出た疑問に律儀に答えが返ってきた瞬間、ダンジョンから六人、転がり出てきた。
そしてそのすぐ後ろから巨大な影が追いかけてきた。
「食い止めろ!」
「「おお!」」
向こうのパーティで体格の良い二人が盾を構えて突進し、ドスンと重い音をさせる。ちょうど踏ん張れる体勢ではなかったのか、そのまま巨大トカゲはズズッと横に流れる。リョータたちの方向へ。
「ちょ!」
だが、向こうも必死だから仕方ないし、こちらはこちらで、このくらいなら対応はできる。
「おりゃああ!」
「とおおっ!」
押しつぶされない程度に後ろに飛び退いてから、左側の足を二本、それぞれが切り裂く。足が太く、切断までは至らなかったが、骨は完全に断ち、わずかな皮と肉で繋がっているのみ。切り落としたも同然だ。
「スマン!」
という声を聞きながら、すぐに二人がかりで首を切り落として、討伐完了。見ると、向こう側から柔らかい腹に武器が突き立てられており、こちらも致命傷となっていた。
「ふう」
「びっくりしました」
リョータたちはあまり緊張感のない感想だが、あちらは大変だ。
「スマン、慌ててそっちへ吹っ飛ばしちまった!」
「大丈……夫そうだな」
「何とか……無事でした」
「お前らって、意外に凄いな」
「それほどでも」
さすがに首を落とせば安心だが、「少し中の様子を見てくる」と身軽そうな一人がダンジョンへ入っていった。あちらのパーティの斥候らしく、偵察能力は優秀らしいので任せておこう。
そして、転がり出てきた六人は、二人がどう見ても重傷。身につけている物が血で赤黒く染まり、腕が曲がってはいけない方向に曲がっていたりしている。
「その二人、こっちへ。応急手当をする」
そちらもとりあえずベテラン勢に任せておこう。
それよりもリョータたちが気になるのは……
「この間のポーターだよな」
「はい……」
本人の体よりも大きいバッグを背負った少女。ダンジョンから出て早々に転んでいたが、柔らかい草地のおかげか大きな怪我もなく、運良くトカゲに踏み潰されることもなく、ヨタヨタと起き上がって、荷物の確認をしていた。
重症者二人が布の上に寝かされ、応急処置が始まった。応急処置と言っても、防具を外し、服を切って傷口を確認。軽く水で流して薬草の絞り汁をかけて包帯を巻き、止血のためにきつく縛る程度。
あとは骨が折れている部分は無理矢理引っ張ってまともな形にしてから添え木をするくらい。ちなみに街に戻っても、できることは似たようなもの。今まで大きな怪我をせずにすんでいるのは幸運だなと思いつつ、あんな怪我をしたらどうしようかと不安になる。その一方でリョータたちは応急処置をしたという経験がないので、どういう物かを見るのも経験だ。
だいたいの処置を終えたところでダンジョンの様子を見てきた斥候が戻ってきた。特に異常はないらしく、とりあえずの危機は去ったとひと安心だ。




