国境はこうして越える
「明日頃でしょうかね」
「おそらくな。遅くとも明後日には来るはずだ。今夜はメシをしっかり食っておけ」
ウォルテ領主の私兵隊長、リーメルトは部下に指示しながら、自身の装備の点検に余念が無い。ここまでかなりの強行軍で進んできているため、兵の疲労も蓄積している。私兵団の中で精鋭を集めてきているが、リョータとエリスとか言う冒険者たちはたった二人でシーサーペントを討伐するほどの腕前で侮れない上、Sランクの冒険者も同行していると言う情報まであるから油断出来ない。
翌朝、日の出と共に迎撃ポイントとして定めた周辺に展開。数キロ西へ斥候を走らせており、接近の報と共に街道全域を封鎖し、落とし穴を始めとした罠へ嵌めてから総攻撃を仕掛ける。全員が罠の位置を把握していることを確認しつつ、その時を待つ。最悪、斥候が相手に見つかってしまい、戻らないことも想定しているため、緊張を途切れさせずにひたすら待つ。
その日、リョータ達は現れなかった。戻ってきた斥候によると、かなり遠くまで確認したが姿はないとのこと。最後に確認出来た位置と、移動速度からの推測のため、ある程度の誤差はやむ無しとして、翌日に備える。
翌日も朝から万全の体制で待ち構えた。が、日が落ちる頃になってもリョータ達が来る気配すらない。
「おかしいですね」
「こちらの動きに気付いた可能性もあるが、あいつらは東へ逃げる以外に手が無い。必ずここを通るはずだ」
夜の闇に乗じて通過する可能性もあると、部下の気を引き締めつつ、夜営の準備にかからせる。
だが、その翌日も、そのまた翌日もリョータ達は現れなかった。
少し警戒を緩めて待ち構えたが、結局十日間、リョータ達はおろか、この街道を利用するであろう定期馬車や商人に冒険者なども通らない。
「隊長、これ以上は……」
「クソッ」
持ってきていた食料がそろそろ底を突く。これ以上ここで待ち構えるのは不可能だ。
「仕方ない。明日、引き上げる。だが、警戒は怠るな」
そして翌朝、西へ向けて動き始めて数時間で、街道を戻ってくることを見越して警戒していたモンブールの騎士団に囲まれ、抵抗むなしく捕縛された。
「クソッ!ここで待ち伏せはある程度予想していたが……リョータはどこだ?!」
「いいことを教えてやる。彼らは……既にシュルトルに到着しているぞ」
「は?」
「それ以上教えるつもりは無い。さて、こっちだ。色々吐いてもらうぞ」
リョータ達がどうやってシュルトルに入ったのかというと……
「大変だったが、なかなか出来ない貴重な経験だったな」
「うまく行って良かったです」
一本外れた街道から、主要街道へ戻り、シュルトルとの国境の街という位置づけのグラヴァレに到着すると、冒険者ギルドへ赴いてサンスムが馬車を返却しつつ、私兵が待ち伏せしているという情報を流して、街道の封鎖と騎士団の派遣を要請。残り四人が街で買い出しをして魔の森で合流。その後、魔の森をそのまま東へ歩き、シュルトル側の街ピエトンドへ。
魔の森を歩いて進んで街から街へ移動すること自体は禁止されていない。ただ、それをやろうとする者は皆無。街、すなわち魔の森の入り口から離れれば離れるほど魔物は凶悪になるというのがその理由。だが、逆に言うとストムの私兵が待ち伏せしている可能性はゼロ。そして、冒険者である五人は対魔物のスペシャリストたち。SランクのマリカにBランク相当の実力があるという兄二人、そしてドラゴンスレイヤーのリョータたち。少々の無理をすれば出来ないことは無いだろうというリョータの提案にマリカたち兄妹が何の異も唱えず賛成し、見事に成し遂げた。
なお、かなり無理な話であるため成功した暁には、三人にラビットソードを一振りずつ進呈すると言うボーナスも付けておいた。
「と言うことで、任務完了だ」
「は……はは……ははは……」
軽く報告を受けたギルドの受付嬢は引きつった笑いしか出来ない。私兵と戦うのがイヤだから魔の森を突っ切ってきましたとか、逆に頭おかしいレベルで、目の前にいる本人の報告を聞いても理解が追いついていない。
「と、とりあえず……その……し、支部長に話を通してきますので……しばらくお待ちください」
「依頼内容を確認しました。それと……まあ、ここに無事にいる時点で完了と言うことも」
「うむ。理解が早くて助かるな」
「はあ……色々と言いたいことは多いが、まあいいか、もう……」
マリカから一通りの報告を受けた支部長のサムエルは「あとのことはやっておくから」と疲れたように退室を促した。
「っと、そうそう。リョータとエリス」
「「はい?」」
何だろう?
「ようこそ、シュルトルへ」
「ど、どうも……」
言外に「頼むから問題起こさずに去って欲しい」と聞こえた。こっちは問題を起こす気は無いんですがねぇ。
「さて、名残惜しいが、ここまでだな」
「ハイ……その、色々ありがとうございました!」
「ありがとうございました」
「何、魔の森経由で移動なんて貴重な体験が出来たし、追加報酬もあったし、滅多に見られない無詠唱魔法なんてのも間近で見られた。むしろこちらが礼を言いたいくらいだ」
「はは……」
「元気でな」
「俺たちのことも忘れるなよ!」
「はい」
「皆さんもお元気で」
それでは、とギルドを出ようとしたところでマリカが振り返り、戻ってきた。
「えと……?」
「リョータ、エリス」
「な、なんでしょう……」
「子供が生まれたら連絡をくれ。会いに行くから」
「「なっ!」」
とんでもない爆弾を落として去って行きやがった……
マリカさんは、国境を越えたので多分安全だが、と前置きしつつも、できるだけ早くシュルトルも通過した方がいい、とアドバイスを残していった。
一応、領主の暗殺とか、私兵の捕縛とか、戦争開始に伴う国境封鎖とか色々と動き始めているが、遠くに行けば行くほど安全なはずだという。確かに、国境を越えたと言っても、例えばストムもモンブール同様に、軍に暗部を持っている可能性は高く、そんな連中ならば易々と国境を越えてくるはずだからな。
現在のピエトンドから隣の街イードまで定期馬車もあるにはあるが、余計な被害者が出ても困るので、徒歩で移動すると決めた。決めてしまえばあとは所要日数の目安を聞いて、旅の準備。色々と落ち着かないが仕方ない。エリスと共に買い物を済ませ、翌日にはピエトンドを出る。
隣のイードまでは徒歩で八日。ちょっと長いが頑張って歩く。到着するとすぐに買い出しをして翌朝には出る。こんなことを繰り返すこと二ヶ月。ようやくシュルトルの東端の街ヴァプトを抜け、隣の国ルトナークの街ライトリムへ入る。
さすがにずっと移動でせわしなかったので、少し街に滞在することに決めた。やっと逃亡生活が終わった。そんな感じだ。




