追っ手を蒔きたい
「リョータ」
「ん?」
二時間ほど走ったところで、エリスが尻尾をパタン、とさせた。
「……スマン、トイレか?」
「違います」
多分。
「マリカ、前後それぞれ十人程。俺たちが出るから馬を頼む」
「了解」
馬車が止まり、御者台から二人が降りていった音が聞こえた。
「マリカさん?」
「安心しろ。大丈夫だ」
そう言いながら扉に手をかける。
「馬が興奮すると危ないから、私は外に出る。だが、お前たちは出るなよ?」
そう言い残して出ていったが……余計に気になるじゃないか。
そしてすぐに外でもめているような怒鳴り声が聞こえ、剣で打ち合っているような音が聞こえたと思ったら、野太い悲鳴がいくつも聞こえ……すぐに静かになり、窓からマリカがこちらに向けて聞こえるように言った。
「片付いた」
「早っ!」
「だが、散らかしたとも言える」
「そうですか……」
「リョータ、魔法で穴は掘れるか?」
「掘らないとマズいって事ですね」
「手間をかけてスマン」
「いいえ」
前方十二人、後方十一人という大所帯で襲ってきていたのをそれぞれ一人で撃退か。アドムとサンスム、侮り難し。馬も一緒に殺してしまったと言うことでかなり大きな穴を掘り、死体を放り込んだ後に穴を塞ぐ。
「そろそろ休憩してもいいが……こんな場所でメシというのもな」
「もう少し行ったところに休憩所があったはず。そこまで行こう」
「そうだな」
進み方は土地勘のある三人に任せよう。
つか、こんなところで俺たちもメシを食いたいとは思わないし。
「今までに何人来たんだ?」
「えーと……最初に十人か。で、城で四人、街で三人、さっきのが二十三人……合計四十人くらいか」
「相手は相当頭が悪いのか、理解出来ないほど執念深いのか……ストムの貴族事情はよくわからんが、領主の私兵って何人くらいいるんだ?四十人って、ほぼ全部じゃないか?」
「そうですね……」
シーサーペント討伐時にザッと見た人数がそのくらいだったか?わからん、数えてる暇も無かったし。
「しかし、こんなのがずっと続くのはキツいな」
「兄貴もそう思うか」
「うむ」
サンスムとマリカがうーむ、と考え込んでしまったところにアドムがササッと肉と野菜を炒めた物を皿に盛ってやって来た。
「ま、考えても仕方ないさ。メシにしよう」
「すっげえうまそう」
「うまそうじゃ無い。うまいんだ」
自信ありげなアドムに促されるまま一口。
「うおっ!うまいっ!」
「はっはっは!おかわりもあるぞ!」
もちろん街で探せばこのレベルの料理はいくらでも見つかる。だが、街の外で材料や道具にもそれなりの制限があり、作るのに手間も時間もあまり掛けられない中でこのレベルは素直にすごいと思う。つか、出発前にあまり時間が無かったはずだが、どうやって用意していたんだ?
食事を終えると再び馬車で走り出す。
「このまま行くと、夕方頃に村に着く。だが、村には泊まらない」
「夜襲われたら、村も大変ですよね」
「わかっているじゃないか。で、とりあえずその村を越えて二時間ほど行ったところに野営にちょうどいい場所があるからそこで一泊だ」
「わかりました」
馬車旅も五日も経てばケツの痛さも感じなくなってくる。初日の襲撃以来、何ごとも無く、旅は順調そのものだった。
「国境まで順調にいけるといいですね」
「何、そろそろ状況がわかるはずだ」
「?」
状況がわかる……ハズ?
何のことだかわからずにいると、馬車がゆっくりと止まった。休憩にはまだ早いはずだがと訝しんでいたら御者台のサンスムが顔を覗かせて短く告げた。
「マリカ、来たぞ」
「うむ。ああ、心配しなくていい。大丈夫だ」
思わず身構えた二人にマリカが安心してていいと言い残し、外へ出ていく。しばらく何か話をしてすぐに戻ってきた。
「出してくれ」
「あいよ」
再び馬車が走り出すが、思わず何だったんだろうかと窓からそっと後ろを見ると、ローブのフードを目深に被った人物が一人、馬車を見送るように佇んでいた。
「信用出来る仲間だ」
「え?」
「ストムとの戦争の状況、追っ手を送り込んでいる領主の動き、ギルドで知ることが出来る範囲限定だが、最新の状況を伝えてもらったんだ」
「そうですか。で、どんな感じですか?」
「えーっとだな……」
手にした封筒から紙を出してフンフンと読み、
「戦争は……始まった。だが、まだ武力衝突には至っていない。あくまでもストムから宣戦布告されたとして、こちらもそれなりの覚悟がありますよと伝えたら、そう言うことならこっちにも考えがあると返された」
「どの口が言うんだって感じですね」
「全くだ。えーと、続き。今は軍の暗部を送り込んで、ストムの国民に噂を流し始めるところだな」
「暗部?噂?」
「潜入、情報操作、暗殺……そう言ったことが得意な部隊だよ。そいつらを使って国民に噂を流すんだ。「モンブールと戦争が始まる」「今なら軍に関与しない者は亡命可能だ」とね」
軍に関与しない、か。クロヴァンさん一家は無理かな。衛兵って、軍の一部だろうし。心配だ。
「グクローの衛兵隊は亡命可能だ。別ルートで話を進めていると書いてある」
「よかった」
「あと数日で魔物素材の流通を完全に止めることを通達済み、その後の国境の行き来は今のようなゆるゆるのザルではなくなる。ストムがどの程度の備蓄をしているかわからんが、半年もしないうちに在庫がなくなり、シーサーペントの討伐も難しくなるだろう」
「なるほど」
「それと、冒険者ギルドから正式にストムへの入国を禁止するという通達が出た。禁止と行っても強制力は無いからストムへ行っても罰則はないが、拘束されて死ぬまで働かされるという情報を公開している。それを聞いてもわざわざ行くのはバカの極みだな」
「はは」
冒険者は自己責任。行くなと言われたら行きたくなるのは人の性か……イヤ、日本人の性だな。
「と、ここまでは順調な話。あとは領主の私兵だが……」
「イマイチな話ですか」
「まあな。正体不明の武装した連中が二十名ほど、東へ向かっているのが目撃されている」
「状況的に間違いないでしょうね」
「ああ。全くしつこい連中だ」
「このままだとシュルトルまでの間にいる可能性が?」
「あるな。それを防ぐためというわけではないが、暗部の中の精鋭がウォルテに向かっているそうだ。目的はもちろん、領主の暗殺」
「わお」
「さすがに領主が死ねば追っ手を送るのもやめるだろうが、間に合うかどうか」
「暗殺しても、連絡が届かない、と」
「そう言うことだな」
こっちに来てからずいぶん経ってすっかり馴染んでしまったが、現代地球の情報伝達スピードってすごかったんだな。
「さてと……どうするかな」
「急いで進むか、時間をかけても別ルートにするか、ですか」
「察しがいいな。だが不正解だ」
「え……」
「別ルートなんて物があればとっくに選択するさ」
「無いんですね」
「そうだ」
マリカによるとシュルトルの手前当たりから海岸と山の間が狭くなっており、見通しの良い街道が延々続くところがあるという。
「待ち構えるならそこ……か」
「まず間違いない。見通しの良い平原と言っても、多少は木立がある。私ならそこで待ち伏せする。そしておそらく……最後のチャンスと言うことで最精鋭を揃えているだろうな」
「と言うことは……」
「この前のような雑兵とはわけが違う。さすがに私たち三人にリョータを加えても簡単にはいくまい」
「本当に面倒くさい連中だ!」
さてどうしようか……あ、こう言うのはどうだろうか。
「マリカさん、こう言うのはアリですか?」
「うん?」
リョータが面倒くさい連中を回避する方法の案を述べる。
「ぷっ……はっはっはっは!いい!いいぞそれ!よし、それで行こう!」
マリカは、少しの調整は必要だが、マリカとリョータ達に彼女の兄二人がいればその方法で行ける、と太鼓判を押した。
何と連載百話です
だからと言って何があるわけでもありませんが




