「城代の忠義」
戸石城の戦いから二月余り。
砥石城を落とし小県を抑えた武田方、いよいよ村上の本拠地へと進軍を開始、また防衛拠点を失った村上方はその力を大きく削がれ防戦に徹する構えであった。
砥石城にて。
村上義清の本拠地、葛尾城への攻撃を明日へと控え各々が備えを終え、ふと、見上げた夕空はやけに赤く染まって見える。
秋の空模様にしては異様に映る、空模様に不気味さを覚える者もいた。
「(不吉な、、)」
そう心に呟く真田幸隆の元へ、山本勘助が同調する。
「真田様、何とも不吉な空模様。まるで武田の連勝を怨むが如く、、」
「勘助、縁起ない事を申すな!村上義清を後一歩まで追い詰めたのだ!ここで武田隊が臆したと為れば、御館様に顔向けできぬではないか!」
幸隆は士気が下がる事を恐れ、勘助に内心を見せずにいた。
「真田様、これは御無礼を。某も明日に控え失礼致します。」
幸隆の元を後にする勘助、しばらくして緊張と興奮、続く連戦、野営ではなく落ち着いて過ごせる居室、激しい睡魔が幸隆を襲う。
とうに日は沈み、辺りは不気味な静かさ、虫の鳴き声すら聞こえぬ無音の闇、何処から怨みの声が木霊する。
『た、たけ、た〜け〜だ〜!城代我が怨み!晴らすべからず!』
すでに皆、寝静まるがその声は武田方の耳へ鮮明に届いた。
「突撃!!!」
武田方総攻めの大将、武田信繁の合図を皮切りに村上義清の拠点への攻撃が開始された。
葛尾城の支城を攻略により、残すは本拠地のみである。
先陣を切る武田兵は、無心に本拠を目指した。
各隊の大将として、幸隆、勘助も突撃を見守りつつ、村上義清の登場を今かと警戒する。
もはや、北信濃の猛将と言えど此処まできては反撃も難しいであろう。
幸隆はそう内心で感じ、武田がいよいよ村上義清を敗る時が来たのだ、激しい心の高揚が猛将の反撃を薄れさせた。
その場にいる武田隊誰もが村上義清の本拠地攻略へ向け前進に集中、後方本陣の警戒を怠る。
いや後方に目を配る必要など微塵もないはず、、、
その時ー
『武田方、大将が首、頂戴致す!!』
激しい叫び声と共に信繁の首が宙を舞った。
後方より戦場の怒号に身を潜め、千は雄に超える軍勢を率いて先頭の武将が武田本陣を強襲。
村上義清、越後の軍勢を率いて武田隊と激突。
後方に控える本陣の慌ただしさに勘助が動いた。
「の、信、信繁様ー!!」
急ぎ本陣へと戻る、山本勘助を躊躇いなく猛将が討ち取る。
「信繁様、、馬鹿な、、勘助ーーー!」
猛将は、既に幸隆の目の前に迫っていた。
『真田弾正!其方の卑怯な策に砥石城は落ちた!我は真っ向からこの怨み晴らさずおくべきか!』
為す術も無く、幸隆は村上義清に致命の傷を負わされた。
まもなく途切れる意識、霞む目を必死に見開き村上義清を見つめる幸隆、「あっ、あぁ、、む、ら、かぁ、、」呼吸が苦しくもう声も出ない。
僅かに光る刃を尻目に、鈍い痛みを感じた途端、流血で視界が染まり意識が途絶える。
猛将に喉元を切り裂かれ、幸隆は絶命した。
「おわぉーーーーー!」
目覚めた幸隆の白い着物は大量の汗で、覆われている。
喉元に手を当て、生きている感覚、夢幻であった。
まだ夜も明けぬ頃、辺りは酷くひんやりとした空気が漂う中、勘助が急ぎ幸隆の元へやってきた。
「真田様!某、不吉な幻を!信繁様が討ち取られたのです!」
恐ろしく偶然、武田の者も同じくまた信繁も自身が村上義清に討ち取られる幻を見ていた。
たがさらに、諏訪の上原城にて控える武田晴信もまたこの恐ろしい幻を見ていたのである。
日が明け、まだ夢幻か体が震える中での出陣を控え、諏訪より早馬の報せが届く。
ー 此度の村上攻めは取り止めと致す。全軍撤退 ー
村上攻めの大将、信繁を筆頭に誰もそれに意見する者は現れず。
さらに物見の報せ、村上の本拠地より見渡す所に越後の軍勢と思わしき旗が見てとれたと言う。
今ここで退けば、攻略した支城が奪還されかねない。
しかし幻か現実か、晴信の決断と悪夢が現実とならぬよう信繁は進軍を取りやめ撤退を決断するに至る。
村上義清の本拠地並び支城攻略を残し、不本意ながら武田隊は撤退した。
『砥石城を守れず、散った我が無念を御許し下され!我が無念を晴らすべく武田を退ける務め、果たしまする!』
砥石城の城代を任され、城を守り抜く役目を果たせず討死した山田国政の怨念が義清の忠義として武田に再び恐怖を植え付けた。
その後、国政の怨念を知った武田晴信は砥石城に眠る国政の怨念を手厚く葬る事を命じる。
武田軍による信濃侵攻、村上義清の本拠地攻略は一時取りやめ、しばし信濃に平穏が訪れた。
これは村上義清にとっても体制を整える時間となる。
この約一年半の後、再び武田軍は北信濃へ進軍、村上義清との三度目の決戦、葛尾城の戦いが巻き起こる。




