「武田の軍師」
「武田の軍師」
出陣の下知より二月程前、葛尾城に一人の山伏らしき男が現れる。
この頃、村上義清は同じく北信濃を有する豪族・高梨氏と争っていたが、武田の信濃侵攻を受け、一旦和議を結び、高梨氏や須田氏といった豪族国人と手を組み、武田に対抗する勢力を築く。
清野信秀、石川長昌[義清の父、顕国の家臣で、義清の傅役]、石川長高[長昌の子]、屋代正国、雨宮正利[清野信秀の子、雨宮家に養子に出される]、赤池修理亮ら義清の家臣が集まり、義清を筆頭に軍義が開かれていた。
先程述べた高梨氏などの敵対する国人と和議を結び手を組む事を進め、武田と戦う策を練る軍義である。
「御館様!高梨殿、須田殿も和議に同意してございます。」
屋代越中守正国が凛と述べ、
「御苦労、儂はどうも調略というのが好かん。相手を寝返らせば、家臣からも裏切りが出よう。敵は敵!然れど、北信濃国人にとって武田は最早共通の敵に他ならん。ならばここは手を結び、共に戦うが上作!」
義清はこれに応えた。
清和源氏の流れを汲む義清にとって調略という策は卑怯であり好む事ができないのだろう。
だが、一旦和議を結び、敵は敵と割り切るも信濃を脅かす共通の武田と戦う事を目的に手を組むのは必要だと考えていた。
「御館様の申し付けに相違ござらん。高梨殿、須田殿方が御味方くだされば勝ち戦となるは必然。」
雨宮刑部正利の言葉に皆が頷く。
(「倅は立派になった。雨宮家と争いを避ける為、養子に送り出したが良き侍となってくれたわ。」)
清野伊勢守信秀は心の中でそっと呟いた。
「御館様!・・・」
軍義も終わりに近づこうとした時、なにやら伝達があるのかその場にはやってきた伝令の姿が。
「如何した!?」
義清は特に気にとめず、伝達を聞こうとする。
「申し上げます。先程、城下に見慣れぬ男が現れ、御館様に御目通りを願っております。追い払ったのですが、しつこく、何やら村上家臣へ仕官したいと・・・。」
見知らぬ者を仕官させるなど義清には有り得ず、義清が暫く黙っていたのを伝令は気まずく思い、
「御無礼致しました。やはり追い払って参ります。」
と、その場を立ち去ろうとした伝令に、
「待て、その男どのような身なりか?」
義清は呼び止めた。
慌てて伝令はその場に戻り、膝をついて応える。
「はっ。山伏の姿格好に、その姿は何とも汚れ、落武者の様、片方の目が見えぬと申しその方に布を巻いておりまする。然れどもう片方の見える眼からは燃えるような闘志を感じ、その男曰く、『己は諸国を渡り歩き見聞を広げ、また戦場を渡り歩き、兵法にも通じている』と申しております。」
義清はまた少し考えていた。
「兵法に通じた山伏、それでいて落武者の様、片方の目が見えず布を巻いている、もう片方の眼は燃えるような闘志、ハッハ!奇天烈な男よ。あいわかった!目通り許す!」
「!?」
その場にいた家臣達は驚きを隠せない様子である。
「誠、よろしいのですか?」
一番驚いたのは伝令であろう、まさか義清が許可するとは思っていなかったからだ。
「よい!連れて参れ!」
義清は高らか声で伝令に命じる。
「承知致したました。早速。」
伝令は急ぎ、その場を後にした。
「恐れながら御館様、何故そのような得体の知れぬ者に目通り許すのでございます?」
清野伊勢守は大老の一人であり、義清の性格を熟知している。
だからこそ義清が許可した事に合点がいかない様子だった。
「恐れながら、伊勢守殿の申す通り。山伏の姿格好とは偽りにすぎませぬ!」
屋代越中守の言葉に皆が賛同、義清の本意を探ろうとする。
「伊勢守、越中守、その者を仕官させると言えば、さらに驚くか?」
義清の一言は皆をさらに混乱させた、ただ一人、雨宮刑部を除いて。
「恐れながら御館様、片目の見えぬ山伏、落武者の様、兵法に通ずる・・・、その男、危のうございます。もしや・・・。」
雨宮刑部は言葉を詰まらせた。
「もしや・・・、何か?続けよ刑部。」
義清の問いに、雨宮刑部は躊躇い、
「もしや、間者・・・、それも武田の・・・。」
「左様、『武田に隻眼の武者有り』、その男、武田晴信が軍師・山本勘助であろう!」
義清が言い終えると同時に、伝令がその男を連れてきた。
「御目通り叶い、恐悦至極に存じます。我が名は山本勘助!」
村上義清と武田軍師・山本勘助の対面である。