「義清の決断」 其の参
「義清の決断」 其の参
小笠原氏の館·林城に向かう前、義清は正室·玉乃と言葉を交わしていた。
【村上義清の正室、小笠原長時の父·小笠原長棟の娘。長時とは姉弟とさせて頂き、名は空想です。玉の様に美しい姫君から玉そのまま(乃)と。】
葛尾城·一室にて、
「玉乃、其方には話しておかねばならん事がある。故に其方を呼んだ。」
述べる義清の顔は、家臣を前に見せる城主の顔でなく奥方と夫婦の会話を交わす一人の武将の表情である。
「義清様、小笠原長時殿の元へ参られるのですね。何卒、長時殿を宜しく御願い申し上げます。」
美しい声で話す義清の奥方であるが、決して華やかではなく質素な着物を愛用している。
奥方は民の心を想い贅を避け質素な身形を望み、しかし、名家の家柄故の気品と誇りは損なわず、それが華やかな身形に劣らない、義清の正室としての務めを果たしていた。
「守護殿は其方の弟、無我には致さぬ。義清は婚儀を交わし信濃守護·小笠原家を支えるが、其方の小笠原長棟殿との約束。然れど武田との戦···、避けられよと申したが聞き入れられなんだ。己が立場をわきまえておられば、斯様な決断を下さぬものを。」
「長時殿は家臣、領民の声が聞けぬ困った御人。然れど、守護として信濃を護る御心は語り尽くせず誠に強う御座います。今は武田に破れし長時殿を、どうぞ義清様、御救い下され。」
「よい!玉乃、其方の頼みに非ず。守護殿には信濃を護って頂くが務め、義清が御力になるより他にあるまい。」
「忝のう存じます。」
次に少し間を置き、深い息をはいて義清が言葉を発した。
「ふぅー、して玉乃、其方に話すべきが他にある。心して聞かれよ。」
義清は本題を切り出した。
「高梨家との和睦に御座いましょう。」
玉乃は義清が言うより先に、核心をつく。
「知っておったか!?左様、一時の和議に非ず。義清は高梨政頼と誠の和睦を結ぶ。」
「家中の者が話、村上家と高梨家は争いの仲、義清様はその争いに終止符をうたれると。」
「為れば短刀に申す。高梨家と縁組を交わすが本題。我が子·源吾(後の村上国清)はまだ幼い、何れ元服を待って高梨家より姫を迎える。然れどその前に和睦の証、義清の娘を高梨政頼の嫡男に嫁がせようと思うておる。母として、辛きものもあろう。其方には話しておくべきと思うてな。」
「······御承知致しましたと申すは、母としてできません。子を嫁がせるは親の決める事。私も小笠原家より村上家に嫁いだ身、両家を仲立つ為の婚姻。言わば戦国の習わし。然れど、私は争いに身を委ね敵方に嫁ぐでなく、小笠原家と良縁の村上家に嫁ぐ事ができました。子の意は聞きとげられぬもの。高梨家とは争いの仲、娘を敵方に嫁がせるなど····。」
「玉乃の申すは最もよ。高梨政頼、義清とは争いの仲。義清が申して其方に響かぬであろう、戦を構えて思うたがあの武将、義清との和議は反故に致さぬ、信ずる所有り。此度、守護殿に御力添え頂き誠の和睦が為せる相手か見極める。何れにせよ、覚悟を持ってもらいたい。義清の申したき事は以上である。」
「····義清様。」
夫婦の会話を終え義清は再び城主の顔へと戻る。
「守護殿の元へ参る。玉乃、義清の留守を頼むぞ!」
言い終えて立ち上がり、葛尾城を発つ義清、小笠原の館·林城を目指す。




