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「武田の反撃」 離反の意

 「武田の反撃」 離反の意


 七月十六日 夜半 塩尻峠 小笠原陣営


 「ハハハ!酒じゃ!宴じゃ!武田を潰す前祝いぞ!」


 盛大な宴に盛り上がる小笠原陣営、皆が戦を忘れる様であった。

 

 そして宴に舞を披露する女子(おなご)、菖蒲。


 「ハハハ!女子(おなご)、見事な舞じゃ!百姓には勿体無いわい!我等に付き従え!」


 暑さ和らぐ夜時、酒に上機嫌の小笠原家臣が叫ぶ。


 「お侍様方、あの娘は幸兵衛の一人娘なんでさぁ。幸兵衛は、それはそれは大事に育てた娘と口癖で言っとります。娘は返してやってくだせぇ。代わりにワシの秘伝踊りをお見せいたしゃす!」


 酒を注ぎながら百姓の身形の相木市兵衛、幸隆の言われた通り宴の席を盛り上げる。


 「市兵衛、男の舞など誰が見たいか!」


 酔った家臣の一人が叫ぶが、相木市兵衛構わず皆の前に出て馬鹿踊り、あちこちで笑いが止まらぬ様子であった。


 「ワハハハ!!!!市兵衛、中々の芸者ではないか!愉快じゃ!」


 その頃、幸兵衛こと幸隆は仁科盛能に近づいていた。


 「お侍様、先程はご無礼致しやした。お許しくだせぇ。」


 「百姓、まだおったのか!早く失せい!」


 「へい、お侍様にお詫びせずには帰れませんで。どうぞこの酒でも飲んでくだせぇ。中々の上物でさぁ。」


 「幸兵衛と申したか。詫びも酒もいらん!切られる覚悟で近づいたか!盛能(わし)に近づけば、その首無いと思え!」


 酒を払いのけ、幸隆を睨みつける仁科盛能。


 「ひゃー。申し訳御座ぇません。ワシは武田の話が聞きとう御座ぇます。近々戦があるとか。村が巻き込まれねぇよう、武田からワシ等を守ってくだせぇ。」


 「くどい!盛能(わし)の前から失せぃ!」

 

 刀を抜き、威圧する盛能。


 「ご無礼致しましたぁ。お侍様、守護様のお許し頂き暫し陣営(ここ)に止まります故、何かご用でしたらワシを呼んでくだせぇ。」


 言い終えると幸隆、相木市兵衛等の元へ向かう。


 「百姓が何を申すか。武田との戦·····、小笠原勢(われら)は寄せ集め、勝てるはずあるまい。」


 刀を戻した仁科盛能、自分の陣に戻る。


 皆が寝静まった頃、幸隆は相木市兵衛等の元に現れた。


 (「真田殿!御主の申した通りに致したぞ。見よ、この様、皆酒に酔い潰れておるわい。」)


 (「相木殿、見事じゃ!これよりも頼む!」)


 (「!?、真田殿、誠を申すか!これでは市兵衛(わし)の身が持たん!」)


 (「相木殿、もう暫しの辛抱じゃ。方々、菖蒲、何卒頼む。」)


 (「真田殿、御主の方はどうなんじゃい!仁科盛能、離反できたのか!」)


 (「中々の頑固者じゃ。然れど、離反されねばならん!引き続き、幸隆(わし)は仁科盛能に近づく。皆、ここは任せた!」)


 (「はぁー真田殿、御主も頑固者じゃ。御主は知将か愚将か、やはり市兵衛(わし)にはわからん·····。)」


 溜め息つく相木市兵衛を後目に、幸隆は再び小笠原陣営を見てまわる。


 兵数、及び小笠原勢にどれ程の結束があるか聞き出す為に。



 七月十七日  


 陣営を見てまわりおおよその兵数を調べどれ程が小笠原長時の元に戦う意志があるのかそして再び仁科盛能に近づく幸隆であったが、仁科盛能に対し中々本心をつけずにいた。


 (「兵数は凡そ五千。その殆どが寄せ集めじゃ。小笠原に雇われたものばかりぞ。戦となれば逃げ出す者も多かろう。命懸け戦う者は少ない。然れど仁科盛能、中々本心がつけぬ。やむおえん。素性明かし、腹を割って話すしかあるまい·····。」)


 七月十八日 夜半

 

 「幸兵衛、懲りずにまた盛能(わし)の元に!御主、誠の百姓ではあるまい!」


 「へい、ただの百姓でありません。武田に通ずる者でさぁ。」


 「御主!武田の間者か!」


 「仁科殿、某は貴殿と話す為、小笠原陣営(ここ)に参った。某は武田家臣、真田弾正忠幸隆と申す。これが証、海野家より引き継いだ六連銭、六連銭は三途の川の私賃、悔いなく生きよとの覚悟と教え。某はこれを軍旗に加え、武田晴信(おやかた)様の元に忠節誓い申した。」


 「さ、真田弾正忠幸隆。確か滋野一族、先刻の海野平合戦で破れ上野国に逃れたと聞いておったが、武田にくだっておったか。まさか百姓に化け、小笠原に潜こむとは····。真田幸隆が首、頂く!」


 「待たれよ!仁科殿!今、某を切る事は容易い!然れど、御館様は兵を進め既に信濃へ進行しておる!明日の朝駆けにも攻め寄せる手はず!辺りを見回せ!酔い潰れておる者ばかり、小笠原勢は所詮寄せ集めではないか!斯様に乱れた軍勢、統率とれぬ小笠原長時に武田が破れると御思いか!」


 「き、貴様!はじめから小笠原勢(われら)を謀るつもりで近づいたか!許せぬ!」


 「謀り事もまた戦!小笠原長時、余りに油断の姿!貴殿はそんな主に命を懸けるか!離反致せ!某が貴殿を武田に推挙致す!」


 「何を愚かな!武田にくだれと申すか!儂は信濃守護·小笠原長時様の家臣ぞ!」


 「小笠原家は代々の名家!守護の家臣と誇りを持つは結構!然れど、貴殿は主の思慮深さに欠けた器に嫌気がさしておろう!小笠原長時、あの武将(おとこ)、馬術には優れていよう。大将に非ず、戦をわかっておらん。己の情のみで動く大将に、貴殿は付き従うか!武田に破れし小笠原長時の姿、貴殿には見えていよう!」


 「真田幸隆!それ以上の語りは無用!他の百姓を連れここより立ち去れ!」


 「仁科殿····。」


 この時、仁科盛能が真田幸隆を切らず逃がそうとした。


 それは幸隆の言う通り、小笠原長時が武田晴信に破れる姿が見えていたからかもしれない。


 「仁科殿、直ぐにとは申さぬ。武田にくだる覚悟あれば、甲斐に来られよ!此度、小笠原勢より離反致せ!」


 「くどい、ここより立ち去れ!」


 「御免!」


 素性明かした真田幸隆、急ぎ相木市兵衛等引き連れに戻る。


 (「真田殿、何事じゃ!」)


 (「相木殿、素性を明かした!最早無用!夜の闇に紛れ、ここを離れるぞ!」)


 (「さ、真田殿!離反は成せたのか!」)


 酔い潰れた小笠原勢、脱出を試みる真田幸隆等。

 

 「おい、百姓共!どこへいく!」


 「へい、ワシ等そろそろ村へ戻りますでぇ。お世話になりやしたぁ。」


 「辺りは夜の闇、明るくなってからでよかろう!付き合え飲み直しじゃ!」


 「明日の朝にゃ、どうしても村にもどらねえといけねぇです。御侍様········御免!」


 しつこく付きまとう一人を、幸隆は切り殺す。


 「真田殿、斯様な事。小笠原家臣を切って良いのか!」


 問いかける相木市兵衛に、


 「相木殿、離反は成した!既に昨日、菖蒲を上原城に使わしておる!明朝ここを攻めるぞ!御館様は上原城を出陣致したに違いない!御館様を御迎え致す!百姓に化けるのは仕舞いじゃ!」


 応える真田幸隆、相木市兵衛等と武具を隠した小屋に向かい夜の闇を足早に急ぐ。


 そしてもう一つ、小笠原陣営を退く集団の姿。


 仁科盛能、兵を連れ自身の信濃国安曇群森城(しなのこくあずみぐんもりじょう)へ引き上げてゆく。





 


 


 





 


 

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